小規模ジャーナリズムを実践するイタリアのドキュメンタリー制作集団「Next New Media」
4月末から、読売新聞オンラインのITサイトで連載「欧州メディアウオッチ」を書かせてもらっている。欧州のメディアのニュースはなかなか発信する機会がなかったので、少しずつ拾っていきたいと思っている(欧州に住んでいらっしゃる方で、これは面白いというものがあれば、ご教示ください)。
第1回から3回までは、イタリア・ペルージャで開催された国際ジャーナリズムフェスティバル(4月24日―28日)での模様を紹介した。
7日に掲載された(3)の中に出てくる、イタリアのジャーナリズム集団「Next New Media(ネクスト・ニュー・メディア)」について、原稿に入りきれなかった分を補足してみる。
Next New Mediaは、紙媒体、放送媒体、ウェブサイトで経験を積んだプロのジャーナリストや写真家、ウェブ・デザイナーたちの集団だ。新聞社や放送局などが提供するウェブ上のコンテンツを代わりに制作する、メディアコンテンツのアウトソーシング組織。
この組織を立ち上げた二人のジャーナリスト、ティツィアナ・グエリージ氏と、アンドレア・バティストゥツィ氏にフェスティバル会場の一角で話を聞いた。
―いつどのように始まったのか?
アンドレア・バティストゥツィ氏:2-3年前に起業した。その前にニューヨークで働いていて、イタリアに戻ってきてから、何人かと一緒に、プロのジャーナリストのネットワークを作ろうと呼びかけた。
全員がウェブ、紙媒体などいろいろなメディアで働いてきた。私は英国のフィナンシャル・タイムズに匹敵する経済紙「Il Sole 24 Ore」で働いていた。ジャーナリスト、写真家、映像作家、ウェブデザイナーたちの集団だ。
あらゆる種類のコンテンツをニュースウェブサイトに提供しようと思った。ビデオ、写真、記事、ソーシャルメディアの編集-何でもだ。とても面白い。
新聞界は不景気のために苦しんでいるので、最も必要としているウェブ上のコンテンツを自分たちでは充分には作れない状況にいる。誰もがネット上で情報を利用したいこの時に、だ。
そこで、完全なニュースルームをアウトソーシングのサービスとして提供しようと思った。
例えば、「占拠」運動をライブブロギング(ネット上の現場中継)で欲しいといわれたら、ジャーナリストを調達できる。ニューヨーク、ローマ、ミラノ、どこでもニュースがあるところならコンテンツを作って、提供できる。
イタリア国内でも、シシリーからミラノまで、各地にジャーナリストがいる。欧州ではブリュッセルやモスクワにも。
―ウェブ上でドキュメンタリーを作り、人気を博したと聞いたが、イタリアではこういう手法はよくあるのだろうか?
バティストゥツィ氏:ドキュメンタリーをウェブで提供していくこと自体は珍しくないかもしれないが、イタリアではなかった。米国、英国、それにフランスでもあったかもしれない。
―どうやって起業したのか?
自分たちで資金を出してあって立ち上げた。そのあと、二ヶ月ほどイタリアを回って、お互いに自由な時間を使いながら、取材した。お金も投資したが、全員が時間もたくさん投資した。
―どんな作品を作ったのか。
話題になったのは、刑務所のドキュメンタリーだ。5-6人を1つのチームとして、国内の22の刑務所を訪ねた。
普通は中に入れないが、刑務所の現状をそのまま出すたために、人権団体「Antigone(アンティゴネ)」と協力した。アンティゴネが中を視察する中で、撮影隊がドキュメンタリーを作ってゆき、ウェブドキュメンタリー「Inside Carceri(刑務所の中)」を制作した。
―なぜ、刑務所か?
バティストゥツィ氏:イタリアでは最も熱く語られているトピックの1つだ。
過去10年間、刑務所改革をしようとしてきたが、うまくいっていない。過密化している。公式には、最大限度は4万4000人。現在、6万6000人が収容されている。生活環境は醜悪で、非人間的とも言える。欧州連合が視察に何度も訪れ、非人間的だと報告している。
政府はもっと刑務所を建てたがっているが、お金がない状態だ。
ティツィアナ・グエリージ氏:本当に、大きな問題だ。解決が困難だ。
―いつごろから、過密化したのか?
バティストゥツィ氏:急に増えたのは1990年代。移民法に変更があり、アフリカ大陸からやっていくる移民申請者が急増した。1980年代末、収容人口は2万2000人ぐらいだったが、今はその3倍だ。刑務所のスペースは変わらない。ナポリなど、各地で問題になっている。
ー具体的には、どんな感じか?
バティストゥツィ氏:私たちが見たのは、4人が普通の1つの部屋に11人、時には18人がいた。全員がベッドに一度に横になることができない。誰かが横になると、ほかの誰かが立っている。健康が悪化する。伝染病も広がる。
例えばミラノ中心部には、ある歴史的建造物があるが、これが刑務所となっている。制約があって、簡単には改築できないようになっている。
ある部屋の中では、あまりにもベッド数が多いので、窓を開けることができないようになっていた。空気が換えられない。そこで、6月に、窓のガラスをとった。窓ガラスが新しくついたのは9月だ。ガラスが入っていない3ヶ月ぐらい、刑務所内はまるで外にいるのと同じだった。雨が降れば、ベッドの上に雨が降った。
―どうやってこの作品を公開したのか?
このプロジェクト専用のサイトを作り、公開した。多数のテレビ局やほかの大手ウェブサイトがその一部を放送した。
様々な制限をはずしたかったので、今回のビデオは無料で見れるようにした。昨年11月にサイトで公開してから最初の5日間で、4万回ダウンロードされた。
私たちの組織そのものは営利が目的だ。コンテンツを販売して生計を立てている。今準備しているほかのプロジェクトでは、放送権を売りたいと思っている。そして、人権にかかわる調査報道に関心がある市民団体から資金を出してもらって作りたい。
―刑務所運営者側の反応は?中に入るのを拒否されなかったか?
先ほどの団体が公式な人権監視組織なので、政府の許可を得て中で撮影できた。ある刑務所の運営者は環境が劣悪でも「自分たちの責任ではない」「改築しない中央政府が悪い」と言っていた。
刑務所の環境問題は、受刑者のみの問題ではない。その家族、弁護士、支援者、医師、看護関係者などを含めると、100万人ほどに影響を及ぼす。
次のプロジェクトは都市開発と環境を予定している。
**「刑務所の中」の予告編は以下のウェブサイトで視聴できます。
http://vimeo.com/53736965