和酒を飲むことは「地域のストーリー」を飲むこと 球磨焼酎メーカートップが語る業界再興のカギ
熊本県南部を中心に大きな被害をもたらした豪雨災害から、9月4日で2カ月。人吉・球磨地方でおよそ500年続く球磨焼酎業界でも今回の災害で大きな被害を受けた。「白岳」「白岳しろ」などのブランドで知られる業界最大手・高橋酒造の高橋光宏社長に、被害状況や業界再興のヒントを聞いた。
「地元の文化が失われないように」と義援金7000万円
高橋酒造では、人吉市内の倉庫が浸水。焼酎3万本を廃棄することになった。所有する温泉施設も水につかるなど、同社の被害は小さくない。それでも同社では7月22日、豪雨災害の義援金として、県に7000万円を贈っている。高橋社長は「災害で地元の文化が失われないように」と、義援金に込めた思いを説明する。
「焼酎」「日本酒」といった「和酒」の文化をいかにして盛り上げていくかという点は、高橋社長が頭を悩ませている点だ。新型コロナウイルス感染症により、今も居酒屋をはじめとする外食産業は厳しい環境が続いている。海外からのインバウンド観光客が見込めず、和酒の素晴らしさをアピールする機会も極端に減っている。「これまでは海外の方が日本を訪れて文化を味わい、それを自国に帰ってPRしてくれていた部分がある。これがなくなったのは、和酒業界全体として非常に厳しい」と吐露する。そこに襲ったのが今回の豪雨災害だった。
ストーリー中心のPRを
高橋社長は「和酒は地域とのつながりが極めて強いお酒だ。地元の人が飲めば、『愛郷心』が育まれる。地域以外の人が飲めば、地域のことを知ったり、地域と関りを持ったりすることにもつながる。和酒を飲むことは『地域のストーリー』を飲むことと私は考えている」と和酒の楽しみ方を説明する。このことを念頭に、特に球磨焼酎業界について「PRのやり方をストーリー中心のものに変えていく必要がある。それぞれの蔵元に、興味深いストーリーが眠っている。新型コロナウイルス感染症と豪雨災害で厳しい環境に置かれているが、伝え方を変えることに業界を盛り上げるヒントがあるのではないか」と提言する。
また高橋社長は、「球磨焼酎は地域外の“外貨”を稼げるという意味でも、地元にとって重要な産業。球磨川が育んだ貴重な文化でもあり、持続させていかなければならない」と強調。その上で、「高橋酒造としては地域への継続的な復興支援に取り組んでいきたい」としている。
「豪雨災害が来年起こらない保証はない」
高橋社長は、焼酎かすのリサイクルを目的とする第三セクター「球磨焼酎リサイクリーン」(人吉市)の社長としての顔を持つ。
リサイクリーンは、球磨焼酎の蔵元26社と人吉・球磨地方の7市町村が共同出資して2003年に設立された。焼酎造りに伴う産業廃棄物である「焼酎かす」から、肥料原料やエタノールを生み出している。
かつては大量の焼酎かすが海洋投棄されていた。しかし、リサイクリーンの誕生により、エコシステムが完成。環境への負担は大きく軽減されている。肥料原料は農家にわたり、その農家が焼酎原料の米を生産。そして焼酎メーカーが米焼酎を生産し、焼酎かすをリサイクリーンで処理するという流れだ。経営状態は良好で、黒字を維持。昨年借入金をすべて返済し終えたばかりだった。
同社によると、今回の災害で工場が水につかった。水の高さは2メートルに達したという。モーターの駆動部分などが使用できなくなり、復旧には2億円ほどかかるとみられる。
高橋社長は、「球磨焼酎文化を維持させるためにも、地元で焼酎かすの処理までを完結させる仕組みは不可欠。補助金も活用しつつ必ず再建させたい」と強調。一方で、近年は「50年に1度」という表現をニュースで毎年のように耳にするとした上で、「今回のような豪雨災害が来年起こらない保証はない。駆動部分を工場の高い位置に設置するなどの対策が必要になってくるだろう」と説明する。また、「リサイクリーンとしては工場を一刻も早く復旧させ、エコシステムを再び機能させられるよう全力を尽くす」と決意を語った。