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参院の正当性を取り戻せ~「選挙は違憲無効」と全選挙区で提訴

江川紹子ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

7月21日に実施された参院選は、住んでいる場所によって投票価値に最高4.77倍の格差があり、憲法違反であり最高裁判決に反する、として升永英俊弁護士らのグループが47選挙区全ての選挙区選挙の無効を求める裁判を14の高裁・同支部に起こした。升永弁護士らは、「国会での多数決が正当性を持つのは、各議員が同じ数の有権者を背負っているから。今回の選挙結果には正当性がない。正当性のない者が国家権力を担うことがあってはならない」と厳しく指摘している。

記者会見する久保利、升永、伊藤弁護士(左から)
記者会見する久保利、升永、伊藤弁護士(左から)

「4増4減」で解決済み、ではない

このグループは、2009年の第45回総選挙(いわゆる政権交代)以降、2010年の第22回参院選挙、昨年12月の衆院選挙と、いわゆる「一票の格差」を巡って裁判を起こしてきた。そのうち、前回参院選については、昨年10月17日に最高裁が次の2点を判示している。

1)参院選挙は衆院選より一票の格差が開いてよい、という理由はない。

2)都道府県を参院選挙の選挙区の単位とすべきとの憲法上の要請はない。

それまでは、参院選挙は衆院より格差が大きい状態を認めてきた最高裁が、判断を変えたことになる。

ところが国会は、この判決後の昨年11月に、都道府県を選挙区の単位としたまま、「4増4減」の公職選挙法改選をしただけ。自民党は今回の参院選公約集の中で、「『4増4減法案』を可決させ、一票の格差問題を解消しました」と言い切り、問題がすでに解決済みとの対応だ。

その結果行われた今回の選挙では、最高5.00倍だった前回に比べてやや改善したものの、鳥取県と北海道では、一票の価値に4.77倍がついた。これは、昨年12月の総選挙での一票の格差2.43倍よりはるかに大きい。この状況は、最高裁が示した2点に明らかに反する、と升永弁護士らは指摘する。

全選挙区で提訴したワケ

今回の裁判の特徴は、全選挙区で提訴したこと。それは、升永弁護士らが起こした昨年12月の総選挙についての裁判で、14の高裁・支部が格差を違憲・違憲状態としながら、選挙を「無効」としたのは、広島高裁岡山支部の判決1つに留まり(※注)、他の13の判決は「事情判決の法理」なる理屈を持ち出して、選挙の有効性を認めたためだ。それはこういう理屈だ。

憲法の最高法規性について説明する升永弁護士
憲法の最高法規性について説明する升永弁護士

裁判では、訴えられた選挙区についてのみ、違憲か合憲かを判断する。たとえば東京高裁では、東京1区の選挙の違憲性が問う裁判となった。この裁判で、選挙「無効」の判決が出れば、東京1区の議員は失職する。そうすると、裁判の対象にならなかった選挙区の議員だけで新たな区割りを決めることになり、東京1区の代表者は加われなくなるという「不都合」が生じる、と裁判所は言う。行政訴訟では、行政処分や裁決が違法であってもそれを取り消すと著しく公益を害する「事情」がある場合には取り消さなくてもよい規定があり、一票の格差訴訟にもそれを準用。かなり無理筋の理屈だが、そうやって区割りは「違憲」だが選挙は「有効」との結論をひねくり出した。

今回は、全選挙区の裁判を起こすことで、裁判所が再びこの理屈を持ち出すのを封印。そのために、一票の価値が最も高い鳥取県選挙区についても、裁判を起こした。

これにより、「詰め将棋で言えば、もう詰んでいる状態」と升永弁護士は自信を見せる。

憲法は最高法規

そもそも「事情判決の法理」は、憲法98条に反する、と升永弁護士らは指摘する。同条には、こう書かれている。

〈憲法98条 この憲法は、国の最高法規であつて、その条規に反する法律、命令、詔勅及び国務に関するその他の行為の全部又は一部は、その効力を有しない。〉

にも関わらず、憲法違反の国務行為(=選挙)を「有効」とすれば、憲法より高い判断基準を認めることになってしまい、憲法が最高法規でなくなってしまうという事態になる(下図参照)。この矛盾を、弁護士らは突く。

憲法が最高法規でなくなる?!
憲法が最高法規でなくなる?!

「本来、無効とされるべき選挙で議員になった人が、6年間、法律を作り、予算を執行する。資格のない人が、6年間国家権力を行使する。こんな事態はとんでもない」と升永弁護士。

裁判官には憲法を尊重し擁護する義務がある

提訴後の記者会見で、同グループの久保利英明弁護士は、「憲法99条も忘れてはいけない」と述べた。

〈第99条 天皇又は摂政及び国務大臣、国会議員、裁判官その他の公務員は、この憲法を尊重し擁護する義務を負ふ。〉

「裁判官は憲法を擁護しなければならない。憲法に縛られている裁判官が、『事情判決の法理』を使って憲法を縛ろうとしている。これは、憲法99条違反だ。それをはっきりさせるために、全選挙区で裁判を起こした。憲法を守るのは、裁判官の義務だ」

同じく伊藤真弁護士は、「昨日行われたのは、民意を反映していない選挙であり、茶番だ」と断罪。

「有権者の35%未満が選挙区の過半数を選んでしまっている。民主的正当性がない全くない代表者が選ばれた。すべての活動に民主的正当性がない。4増4減は、憲法の要請に応えていない。最高裁の判決にも応えていない。憲法改正を言う前に、今の憲法を守れ、と言いたい」

定数削減よりまずは格差解消を

今回の参院選の有権者の一票の価値が低い10選挙区を挙げてみると…(数字は鳥取県の有権者が持っている投票価値を1した時の各選挙区の一票の価値と格差)

価値    格差

北海道 0.21 4.770

兵庫  0.21 4.730

東京  0.22 4.490

福岡  0.23 4.290

愛知  0.25 4.080

埼玉  0.25 4.080

神奈川 0.26 3.830

大阪  0.27 3.700

千葉  0.28 3.510

岐阜  0.29 3.490

これを見れば分かるように、一票の価値が低いのは、都市部だけではない。なぜ北海道の人たちが鳥取の人々に比べて0.21票分の価値しか持てないのか、どうして岐阜の人たちが0.29票分なのか、合理的な説明ができる人はいないだろう。

参院選に関しては、かつて西岡武夫議長(故人)が全国を9ブロックに分ける区割りの叩き台を発表した。これによると、一票の価値は1:0.94、格差は最大でも1.066倍。これだけの改革案が出されたのに、西岡氏が亡くなって以降、まったく議論が進んでいない。

政治改革は、定数削減より、まずは一票の価値を限りなく等しくし、住所によって差別されている状態を改善することだ。そのうえで、県単位で選挙区を決めているために地方が軒並み1人区となっている状況など、議論すべき点は多い。そのためにも、参院選挙については、お蔵入りにされている西岡案をもう一度取り出し、ここを始点にして速やかに議論を始めるべきではないだろうか。

(※注) 昨年暮れの衆院選挙を巡っては、他に、山口邦明弁護士のグループが起こした裁判で、広島高裁が「違憲無効」の判決を出している。同弁護士のグループでは、今回の参院選についても、広島県選挙区の選挙無効を求める裁判を、広島高裁に提起した。

ジャーナリスト・神奈川大学特任教授

神奈川新聞記者を経てフリーランス。司法、政治、災害、教育、カルト、音楽など関心分野は様々です。2020年4月から神奈川大学国際日本学部の特任教授を務め、カルト問題やメディア論を教えています。

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