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違法の指摘にたいし「報復」か? シェーン英会話学校が講師を解雇

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

 今年7月、「シェーン英会話」(株式会社シェーン・コーポレーション、以下シェーン)に勤める英会話講師らが、コロナ禍の休業手当を会社に「返還」する義務を課せられ、事実上、違法な「前借金」を負わされていることを紹介した。

参考:休業手当は「借金」だった? シェーン英会話講師が怒りのストライキ

 その後も、シェーンの英会話講師らが所属する労働組合・東ゼン労組は、シェーンに対し、団体交渉やストライキ・抗議行動などを積極的に実施してきた。

 こうした動きをうけて、経営側もついに重い腰を上げ、休業手当の「返還」を求めないと従業員に通知したという。これは労使交渉の前向きな成果だと思われた。

 ところが、シェーンは、同時に、休業補償等の問題で活発に交渉・行動を組織していたリーダー格の組合員らを解雇・雇い止めにしてしまったのだ。

 労組側はこれを権利行使への「報復」だと主張しているが、これはシェーンという個別企業の問題にとどまらない重大な問題だ。もし「報復」が真実であるなら、勇気を出して声を上げた労働者が、解雇・雇い止めされたことになる。

 このようなことがまかり通ってしまえば、日本の労働社会は、会社の違法行為に誰も声を上げられなくなってしまう。

 本稿では、シェーンの事件を通じて、権利を行使した労働者に対する「報復」の問題とそうした労働者の「保護」の課題を考えていきたい。

休業補償の「返還」要請の撤回までの経緯

 まず、シェーンでの休業補償問題の経緯について見ていこう。シェーンでは約800名の常勤講師とカウンセラー・事務員が働いているが、基本的にみな、1年毎の有期雇用契約で雇われており、不安定な弱い立場に置かれている。

 東ゼン労組によれば、コロナ禍でも、シェーンは、そうした不安定な立場につけこんで、実質的に休業手当を支払わないという対応をした。

 具体的に見ていこう。シェーンは緊急事態宣言が発令された4月8日から5月末まで休校した際、これまでと同額(常勤講師の場合は25万円程度)を従業員に支払った。そのため休業手当は全額支払われたように思われた。

 だが、業務再開後の6月になって、会社は従業員に対し、4月・5月分として振り込んだ金額を返済するために、無給の残業をしなければならないと言い出した。つまり、従業員に支払われたお金は、休業手当ではなく、業務再開後に支給されるべき賃金の「前借り」だったというのだ。だが、それでは、休業補償を支払う法的義務に反するし、労基法が禁止する「前借金」に当たる可能性も大いにある。

 そこで、シェーンの従業員が加盟する東ゼン労組は、こうした方針を撤回するよう求めて団体交渉を行ったが、交渉は平行線となった。そのため、6月末以降、東ゼン労組は、労働組合法に権利として定められた団体行動権を行使して、連日ストライキを実施してきた。

 なかでも、7月21日は41人もの組合員がストライキを行い、会社側の業務にも大きな影響が出たという。さらに、その間の労使関係をみて、シェーンの従業員の多くが東ゼン労組の活動を支持するようになり、6月半ばの時点で20人程度であった組合員数(シェーンに勤める東ゼン労組の組合員数)が、秋口には80人近くまで増えたという。

 こうして東ゼン労組の活動が勢いを増すなか、会社も譲歩せざるを得なくなった。11月6日、ついにシェーンは、従業員全員に対して、休業手当の「返還」を一切求めないことを通知したのだ。

声を上げた労働者を狙い撃ちにした雇い止め

 ここまでであれば、紆余曲折あったにせよ、休業手当が全額支払われて問題は解決したかのように思われるだろう。実際、東ゼン労組の組合員も当初はそのように受け止めていた。

 ところが、その約2週間後、シェーンは、東ゼン労組のリーダー格の組合員Aさんを雇い止めにすると通告したのだ。さらに、同時期に、他にも3名の組合員が解雇や退職強要の末、退職に追い込まれた。

 そもそもシェーンは恒常的に人手不足に悩まされており、人員整理が必要な状況にはないという。実際、Aさんの雇い止め通告時に会社側が伝えた理由は、(1)3月に早退した際に診断書を提出しなかったことと、(2)Aさんの勤務する教室でコロナ感染者が出た際に上司に説明をしつこく求めたことの2点であったそうだ。

 だが、3月はすでにコロナが流行しており、自宅で数日間様子をみるという対応は、国のガイドラインにも沿う合理的な対応であり、また職場でコロナ感染者が出た際に納得のいくまで説明を求めることは当然のことであろう。

 なお、会社側は有期雇用契約の期間満了での雇い止めであるため法的にまったく問題がないと主張しているが、事実上、声を上げた労働者に対する報復という意図があれば、権利の濫用と評価され、雇い止めは無効である。

典型的な統治戦略としての「アメとムチ」

 休業手当の全額支払いとそれを求めて立ち上がった労働者の雇い止め通告は、一見すると会社の従業員対応としてちぐはぐな印象を持たれるかもしれない。

 だが、この二つの対応は、実はまったく矛盾しておらず、論理的に一貫した戦略であるように見える。

 その戦略とは「アメとムチ」と呼ばれるものだ。「アメとムチ」とは、19世紀末のドイツの為政者であるビスマルクの統治の手法に由来する言葉だ。ビスマルクは人民大衆を懐柔するために社会保障制度(アメ)を創設する一方で、政権に批判的な勢力を徹底的に弾圧(ムチ)した。多数派を懐柔することにより、声を上げる人たちを孤立させて、徹底的な弾圧に成功すれば、誰も抵抗できなくなる恐怖支配が完成する。

 「アメとムチ」の戦略は、企業の統治のために経営者によって用いられることもある。労働者の声に素直に耳を傾ける経営者ばかりではない。声を上げた労働者を異端者・反逆者とみなして、その動きを潰すために、他の従業員には甘い言葉をかけたり、買収を図ったりすることは、労使紛争においては決して珍しいことではないのだ。

 話を戻せば、シェーンの対応は、多くの従業員の不満を解消し手懐けながら、最も果敢に声を上げた労働者を孤立させたうえで雇い止めにする「アメとムチ」の戦略としてみると、何らの矛盾もない合理的なものとことができるだろう。

権利行使への「報復」への対処法

 もちろん、経営側の統治の観点から見ればある種の合理性があるとしても、「アメとムチ」の統治が貫徹することは労働者にとって望ましい状態ではない。権利行使への「報復」が許容されてしまえば、誰も声を上げられない息苦しい職場となってしまうからだ。

 それでは、こうした「報復」に労働者側がどのように対抗できるのだろうか。以下では、労働者側の「武器」となる法的根拠や対抗手段について見ていきたい。

 第一に、公益通報者保護法がある。休業補償の不払いや労働することを条件とする「前借金」の問題は労働基準法に抵触する可能性が高く、これを労働組合に相談したり会社側に改善を求めたりしたことは、同法の保護対象となる。こうした「告発」を理由とした雇い止め・無効と解され、退職強要などの不利益取り扱いについても禁止されている。

 第二に、労働組合法第7条1項において「労働者が労働組合の組合員であること、労働組合に加入し、若しくはこれを結成しようとしたこと若しくは労働組合の正当な行為をしたことの故をもって、その労働者を解雇し、その他これに対して不利益な取扱いをすること」は禁止されている。

 実際に、正当な権利行使への「報復」をシェーンから受けたと主張する東ゼン労組は、以上のような根拠から、団体交渉においてAさんらの雇い止め・解雇の無効を訴えているという。

 また、Aさんらの雇い止めが団結権を侵害する行為(不当労働行為)であるとして、年内に東京都労働委員会への救済申し立てを予定している。労働委員会は、不当労働行為に当たるかどうかを審査し、労組法違反が認められた際には使用者に改善を「命令」することのできる行政機関である。

ストライキは最も効果的な「武器」

 最後に、労働者には労働組合を通じて行使できるストライキ権という強力な「武器」について解説しておこう。ストライキとは、使用者側の行動や考えに反対し、労働者が集団で仕事を放棄して抗議することだ。もちろん、正当な権利を行使した労働者に対して使用者側が「報復」として解雇や不利益取り扱いをした際に、その撤回・取り止めを求めてストライキを行うこともできる。

 実際、東ゼン労組は、12月18日から、Aさんの雇い止めの撤回を求めて、連日ストライキを実施している。また、ストライキに際し、シェーン本社前で抗議行動も実施しているという。

 労働組合によるこうした集団的な行動は、上述した「アメとムチ」による支配への最も有効な抵抗手段でもある。「アメとムチ」による支配は、多数派を懐柔して、声を上げる人たちを弾圧することへの同意(黙認)を取り付けることで可能になる。裏を返せば、声を上げて「報復」された人以外も、権利行使への弾圧に抗議すれば、こうした支配は成り立たなくなるのだ。

 労働組合では団結の重要性が強調されるが、それはこのような意味においてである。声を上げた人が潰されるようでは、誰も声を上げられない。だから、声を上げた人が潰されないよう、労働者は団結する必要があるのだ。

コロナ禍で労働問題に直面している人たちへ

 私が代表を務めるNPO法人POSSEには、コロナ禍で既に3千件を超える労働相談が寄せられている。解雇・雇い止め、休業補償の問題など収入・生活に直結する深刻な相談ばかりだ。そして、その多くは使用者側の法違反を伴っており、労働組合で交渉したり行政・司法を活用したりすれば改善できる問題である。

 権利を行使するうえでハードルとなっているのは、使用者から「報復」されることへの恐れである。使用者に睨まれたらどうしようもないという諦念が広がっているのだ。

 だが、本稿で述べてきた通り、正当な権利行使への「報復」は違法である。そして、労働組合に加入して声を上げた場合には、行政(労働委員会)から使用者へ不当労働行為を改善するよう命令を出してもらうことができるし、ストライキによって反撃することもできる。

 万が一、使用者が権利行使を嫌悪して「報復」に出たとしても、労働者側が採れる対抗手段は多数ある。諦めずに是非相談、そして権利行使をしてみてほしい。

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NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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