イン強襲で皐月賞を勝ったゴールドシップ。当時の各騎手の心境とは?
馬場状態を考えた各騎手の心境は?
今週末の18日、中山競馬場では皐月賞(GⅠ、芝2000メートル)が行われる。先週の桜花賞に続くクラシックレース第2弾。その桜花賞を勝ったのは白毛のソダシだったが、同じ須貝尚介調教師が管理し、厩務員も同じだったゴールドシップが皐月賞を制したのはもう9年も前になる。道悪で皆が外に進路を取る中、ただ1頭、インを突いての戴冠。最終的に6つのGⅠを制す芦毛のクセ馬にとって、これが最初の大仕事となった。
2012年4月15日に行われた第72回皐月賞。馬場状態は稍重だったが、前日の雨が残り、2つ前の第9レースは重馬場で行われていた。レース直後に各ジョッキーから聞いた話を元に当時を振り返ろう。
ゲートが開くと、4番枠からハナを奪ったのは大方の予想通り藤岡康太騎乗のメイショウカドマツ。1~2コーナーは馬場の最内こそ避けたものの、それほど外を回ったわけではなかった。藤岡は次のように語った。
「好きなコースを選べる立場でした。最初のコーナーは意外と綺麗だったのでそれほど外には出さなかったけど、3~4コーナーはかなり荒れていたから外へ行こうと考えていました」
3コーナー手前でこのメイショウカドマツをかわしてゼロスがハナに立つと、後続を離して4コーナーを回った。そのため2番手のメイショウカドマツが実質的には逃げているような隊列で、後続を引っ張った。
「自分で選べる形だったので少しでも良いコースを回ったつもりだったけど、本当ならもう3頭分くらい内へ行けたかもしれません。やっぱり内へ行くのは少し怖かったです」
そう語ったのは4番手あたりでディープブリランテをいざなった岩田康誠。メイショウカドマツから更に外へ持ち出していた。
そのまた外にいたのがコスモオオゾラだ。鞍上の柴田大知は唇を噛みながら手綱を取っていた。
「自分の馬は重馬場巧者でした。だから皆が外へ行くなら『思い切って内を突いてやろうか?!』とも考えていたのですが、外枠(15番)で、内にいた馬が皆、外へ外へと出てきたので更に外を回らされてしまいました」
「どんな競馬場でもどんな馬場状態でもインコースがほしい」とよく口にするのは世界的名手のライアン・ムーアだが、この時も皆「内へ行きたいが行き辛い」「行けない」という心境だったのがよく分かる。
徐々に回復していた馬場状態
しかし、そんな中、少し違う考えだったのがワールドエースのパートナー・福永祐一だった。「飛びの綺麗な馬なので、こんな馬場になってしまったら外しかないと考えていました」と言い、更に続けた。
「一瞬で反応出来る脚のある馬でもないので、内へ入れればバテた馬を捌けなくなる可能性もありました」
だからこれで負けたら仕方ないという思いで外へいざなった。そして、その外へ行く時、彼の目に果敢に内を突く馬の姿も見えていた。
「内田さんがインへ行ったのは分かりました」
“内田さん”とは内田博幸の事。前年の11年5月に彼は落馬。大怪我を負い、8ケ月以上、ターフを離れた。戦列に復帰したのは年が明けた1月の終わり。その直後に初めてコンビを組み、共同通信杯を勝利したゴールドシップで、この皐月賞に挑んでいた。
好位にいて、内からゴールドシップに、外からはワールドエースやコスモオオゾラにかわされたのがトリップ。乗っていた田辺裕信は、皆のコース取りに関して次のように言った。
「祐一さんは人気馬だったので冒険し辛かったと思います。もし内へ行って負ければ『なぜあんな馬場の悪いところへ行った?!』と言われてしまいますからね。一方、内田さんは『ワールドエースの更に外を回していては届かない?!』と考えてインを突いたのではないでしょうか……」
序盤は最後方にいたゴールドシップだが、皆が外へ進路を取った3~4コーナーで思い切ってインを突くと、まるでワープしたようにいきなり先団に進出した。内田の思い切ったコース取りだが、これは前々から考えていた作戦ではない事が、次の発言から分かる。
「午前中に芝をチェックした時は、とてもじゃないけど内は通れないと思いました」
しかし、そこで決めつけなかったのがベテランの思考力。先述した通り第9レースで重発表だった馬場が皐月賞の時には稍重に変わったように、徐々にではあるが馬場状態は回復の兆しを見せていたのを見逃さなかった。
「ぬかるんではいたけど、少しずつ水分が飛んでいるのは分かりました」
咄嗟の判断ではなかったイン強襲
そこで神経を研ぎ澄まして返し馬を行った。
「返し馬でのフットワークの感じから少々荒れていても大丈夫だと感じました」
レースでも、3~4コーナーでいきなりインへ入れたわけではなかった。
「序盤であえて内の悪いところへ一度入れたら、全然気にしないで走っていました」
一見、奇襲と思えたイン急襲だが、苦し紛れでも突然の思い付きでもなかった事が分かる。充分な撒き餌をした上で、釣り上げたのがこの皐月賞だったのである。内田は言った。
「須貝先生は何の指示もせずに任せてくれました。だから躊躇なく思い切った策を決断出来ました。直線抜けた時には早々に勝てると確信しました。他が来たらまた伸びる根性のある馬ですから……」
こうして前年のオルフェーヴルに続き2年連続でステイゴールド産駒が優勝。ゴールドシップは後に菊花賞や有馬記念、天皇賞といったGⅠを次々と制すと同時に、稀代のクセ馬ぶりが話題となり、現役を引退した今でも人気を誇るアイドルホースへと成長して行くのだった。
さて、今年の皐月賞にはゴールドシップと同じ須貝厩舎のステラヴェローチェが先週のソダシ同様、吉田隼人を背に出走する。また、ゴールドシップ産駒のルーパステソーロ(美浦・加藤士津八厩舎)も父子制覇を目指しエントリーしている。更に同じ須貝厩舎でゴールドシップと共に凱旋門賞に挑戦したのがジャスタウェイで、その仔のダノンザキッド(栗東・安田隆行厩舎)やオルフェーヴル産駒のラーゴム(栗東・齋藤崇史厩舎)など、ゆかりのある馬も出走を予定している。ゴールドシップの時のように鞍上の策やコース取りが勝負の分かれ目になるかもしれない。注目しよう。
(文中敬称略、写真撮影=平松さとし)