「グルメと差別」をノンフィクション作家・上原善広さんに聞きにいく・下
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■内臓や肉を供する方法の違い
■ホルモン食文化が韓国へ輸出されている
■50歳になる前にノンフィクションから引退する
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■内臓や肉を供する方法の違い■
藤井:
『被差別のグルメ』で在日コリアン系と路地系の焼肉店の「違い」がおもしろかった。でも、いまはあらゆる人たちが焼き肉屋をやっているから、なかなかそういった差異をメニューで見分けるのも難しいというか、わりにと似通ってきていますものね。
上原:
たとえば、それでもテールスープが白濁しているか、透明かどうかでわかると思うんです。在日コリアン系は丁寧に骨を潰しているので白濁しています。路地系は透明です。メニュー見るとだいたいわかりますよ。
路地系は意外に内臓が少ないんです。あと、やたら赤肉の部位の分け方が細かい。それもミスジとかカイノミとかじゃなくて、A5ランクのロースとか、A4ランクのヒレとか、肉質にやたらうるさい傾向があります。そこまで細かい店はそんなにないでしょう?部位より肉質(笑)。カイノミとか、部位に細かいのは軟派です。硬派の路地系は肉質にこまかくて、うるさい(笑)。大阪での話ですけれどね。
藤井:
ホルモンを「ミックス」というふうに表記して、いろいろな部位をひとまとめにして、甘辛い味噌でもんで出すのは、ぼくの取材経験だと在日コリアンの経営している老舗が多いですね。昔はそうやって供していたそうです。いちいち脾臓だの腎臓だのと分けなかった。
上原:
なるほど。
藤井:
ぼくが名古屋でたまに行く串カツ屋があるんだけど、フリッターみたいなころもをつけるのですが、名古屋なのに阪神が勝つとビールが半額になる。(笑)大阪から進出してきた串カツ屋なんです。そこはキムチの種類も豊富だし、ナムルをごま油たっぷりのご飯に入れて握るおにぎりがあって、じつに美味い。今はハイブリッド化というか、被差別のグルメや、大衆グルメのいいとこ取りの店が増えてきたから、わからないなあ。
上原:
大阪ではわりと見分けがつくけど、他の都市で難しいかもしれないですね。それぐらい大阪では食肉が路地の産業としてあったということです。逆にいうと路地で食肉を商っていた人間は舌がこえていて、ある意味で贅沢だったと思いますよ。「被差別のグルメ」というと貧相な料理をイメージするかもしれないけど、違うんです。同和対策事業として多額のおカネがつぎこまれて、生活も向上してきて、だんだんホルモンは喰わなくなって、赤身だけでいいやということになったという面もありますが。
藤井:
ある種の逆転現象が起きているとも言えるのかな。
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■ホルモン食文化が韓国へ輸出されている■
上原:
ぼくは韓国の被差別民の「白庁」(ペクチョン)を取材しましたが、韓国は豚のロースや三枚肉ぐらいしか食べない。内臓は食わないです。
藤井:
彼らも内臓は食べないのですか?
上原:
とくにいまは食べませんね。やはり貧困が改善されてくると、食べなくなり、赤肉しか食べないです。ですが、去年(2015)、韓国に行ったら、すこしは内臓を出す店が増えてました。韓国では基本的にはホルモンを食べない。捨てるか、ハムやソーセージの材料にするとか、肉屋が他の部位も食べてほしいって言ってました。やはり、これだけ日常的な内臓食は日本ならではの食文化で、在日コリアンの影響が大きい。
藤井:
それが韓国に輸出されているかたちですかね。留学や仕事で日本に滞在をして、そのうちに日本でホルモンの味を覚えて、韓国に帰り店を出して人も増えてきたみたいですね。逆に大久保に出したりもして、有名な店になっています。ホルモンは世界に誇るソウルフードです。
上原:
広がるのはいいのですが、「塩」で喰うというのはどうも…。(笑)「塩」は家で喰えるので、焼肉やホルモンはタレで喰うものです。タレで店を選ぶんです。塩で喰うのがツウみたいに言われているけど、大阪はタレの販売を規制するぐらいの肉屋があるぐらい、タレの地位が高い。時間も手間もかかっているんです。ですから、ぼくはタレ派ですね。
藤井:
ぼくは部位によって分けるけど、タレの美味い、不味いがあることはわかっているつもりなんです。赤肉はタレで食いたい。テッポウ(直腸)や脂の多いカシラなんかもタレかな。が、まずいタレだと肉が台無しになる。
上原:
ステーキ焼くのはぼくうまいですよ。店のレアはほんとうの生ですが、ぼくのレアは違うんです。コツは簡単で、表面をガッチリ焼いて肉汁を閉じ込めて、あったまったオーブンで15分寝かせます。そうすると中身は真っ赤なんですが、ローストビーフみたいにちゃんと火が通ります。美味いですよ。
藤井:
美味そうだなあ。
上原:
ところで、ホルモンは精がつくという言い方があるけど、どう思います?
藤井:
レバーを食べると鉄分がたくさん摂れるとか、たしかにそういう栄養面はあると思います。でも、ホルモン全体としてはあまり根拠がないような気がするなあ。医食同源みたいに、胃が悪いときは胃を食えというけど、それも関係ない気がしますし。たとえば薬味としてニンニクヤ唐がらしといっしょに食べるからスタミナがつくということなんじゃないかな。タンパク質を大量に取ると肝臓や腎臓に負担がかかってよくないと言われていますし、血液も酸性になるし、肉が今ほど流通していなかった頃のある種の都市伝説的なもんなんじゃないかな。
梁石日さんの小説の中で、戦後、大阪の兵器工場の跡地から鉄を掘り出す、当時「アパッチ族」と呼ばれた在日コリアンのことを描いた『夜を賭けて』という有名な小説がありますが、闇の中で金属を掘り返して川を渡って帰ってくるというすさまじい労働のあと、男たちがマッコリをがぶ飲みしながら、セッキフェ──豚の胎児を生のまま叩きのようにしてコチュジャン等で味付けしたもの──を喰って、英気を養うというシーンが出てくるのですが、そういった血のしたたるような臓器を酒といっしょにむさぼり喰うと全身に力が漲ってくるかんじは伝わってくる。ぼくもセッキフェは昔はたまに食べてましたが、滋養強壮食として出されていたと思います。
上原:
いつも肉を生で喰う相撲取りがいて、スタミナつくけど、一年に一回あたるらしい。旧日本兵の小野田さんはヤモリを食べて二日寝れないほどムラムラしたというけど、ほんとうかなと思った(笑)。普段からたんぱく質に飢えているとそうなるのかも。
藤井:
生食は雑菌類をそのまま体に入れることになるので、強い酒とかニンニクや唐がらしなどの滅菌効果のあるものといっしょに食べないと、美味いけど、それなりのリスクはあると思いますよ。
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■50歳になる前にノンフィクションから引退する■
藤井:
そういえば、50歳になる前の40代でノンフィクション作家引退宣言をされましたよね?
上原:
時事問題を扱う人はいいんですが、ぼくのように一つのテーマを突き詰めてやるタイプは、歳をとるとキビしいと思うんです。クオリティが維持できない。
藤井:
私ノンフィクションですものね。
上原:
ええ。外に取材対象を見つけていくタイプではないので、仕事がなくなったら消えてもいいんです。でも、どうせ消えるんだったら、他のジャンルに挑戦してから、消えたいんです。ずるずるとやめていくよりは。やりたいことをやりたい。ぼくは一回、鬱病が悪化してオーバードーズで死んだ人間ですから。
藤井:
闘病記のルポは拝読しましたが、すさまじかったみたいですね。たまたま電話をかけた女性が危機を察知してくれなかったら、ほんとに死んでましたもんね。
上原:
瞳孔開いてましたからね。ノンフィクョシンではやりたいことはやりつくしたし。映像もやりたい。『日本の路地を旅する』も映像化したい。このままずるずると食べられなくなるより、スパッとやめたい。アルバイトしながらでもやっていくつもりですよ。今の自由に書けないメディア状況の中で思い残すことはないんです。
藤井:
なるほど。ぼくは「私」を突き詰めていくタイプの書き手じゃないけど、モチベーションの維持というのはたいへんだと去年(2015年)50歳になって思います。若いころの勢いはとうぜんなくなりますし。まあ加齢のせいにはしたくない自分もいるわけですが。
上原:
有名なノンフィクョシンの大先達たちを見ていると、ノンフィクションから小説にうつった人を見ていると、うまくいってない。だから同じことをしたら、自分もダメだなと思う。ぼくは私小説に移ります。そのためには退路を断つ必要があります。ノンフィクションやりながら小説にいく人が誰もうまくいっていないのは退路を断ってないからじゃないでしょうか。退路をきちんとたってないと、完全にやめないと、ダメなんです。小説とノンフィクションは別もんだから。喰うためにノンフィクションやっているとダメなんです。自分の中を突き詰めていかないと、ぼくのようなタイプの書き手はどうしても歳とともにモチベーションが下がっていくから、それしか方法はないと思っています。
藤井:
長時間、ありがとうございました。今度、いっしょに「被差別のグルメ」を食いながら一献いきましょう。
(終わり)