Yahoo!ニュース

全米OP:自信と不安、悪夢との決別――種々の思い抱え、19歳大坂なおみが前年優勝者ケルバーを圧倒

内田暁フリーランスライター
(写真:Shutterstock/アフロ)

○大坂なおみ 63 61  A・ケルバー(ドイツ)

 ケルバーのショットが乾いた音を響かせネットを叩いた時、彼女はふわりと笑みを浮かべ、勝利はさも当然といった様子で、軽くガッツポーズを握りしめただけでした。

「勝ったらラケットを放り投げるなどして、もっと大喜びすると思ってたんだけれど……」

 子どもの頃から夢見た、全米オープンセンターコートでの勝利――。その瞬間が予想より控え目に終わったことを、彼女は「残念」だと小さく笑いました。

 本人曰く「顔の筋肉が動きにくい」がため感情が表に出にくい大坂は、その内に豪胆と小心、大胆さと繊細さなどの背反する気質を、絶妙なバランスで内包しているアスリートです。ケルバーとの対戦を控え「勝つチャンスが自分にも十分ある」と断言し、「大きなスタジアムが大好き」と公言していた大坂。ですが、いざ前年優勝者が待つセンターコートに向かう段になると、「物凄く緊張していた」ことを認めました。

 しかしコート上の彼女は、そんな内面での葛藤を一切周囲に見せません。「今日は積極的に使っていこう」と決めていたフォアを伸びやかに振り切り、ケルバーのバックを攻めていきます。

 第5ゲームではブレークポイントに面しますが、強打で押し込み最後はバックのスイングボレーで切り抜ける。そしてこの危機を脱した頃から、彼女のプレーは一層豪胆さを増しました。まずは第8ゲームを、相手のダブルフォールトに乗じブレーク。続くゲームでは再びブレークの危機を迎えますが、ケルバーが得意とするフォアの逆クロスをカウンターで打ち返し、2万人から大歓声を引き出すパッシングショットを叩き込む。この一撃で加速した大坂は、第1セットを奪い去ると、第2セットもブレークスタートの電車道。落胆と焦燥を隠せぬケルバー相手に、瞬く間にゲームカウント5-1とリードを広げました。

 しかしこの時、1年前の悪夢が、彼女の脳裏をよぎったと言います。

 それは昨年の3回戦――この日と同じくセンターコートで、世界9位のマディソン・キーズを最終セット5-1と追い込みながら、逆転負けを喫しコートで涙を流した記憶……。

「あの時と似た怯えが湧き上がってきた」。

 前年優勝者を圧倒していた人とは思えぬ虚心で、大坂が認めます。

 それでも、これまでも経験を糧としてきた19歳は、踏みとどまり、目の前の1ポイントずつに集中しながら、過去を置き去りにして前に進む。

「最後(マッチポイント)は、緊張していてやっとサービスを返したような状態だったし、長いラリーはしたくなかった。

だから、最後に彼女(ケルバー)がミスしてくれた時は、ホッとした」

 派手な喜びが飛び出さなかったのは、自信からではなく、安堵のため。その安堵と共に手にしたのは、悪夢への決別と、未来への足掛かりとなる掛け替えのない勝利。

 自分の弱さをも認める強さを手に、19歳が快進撃への一歩を大きく踏み出しました。

※テニス専門誌『スマッシュ』のfacebookから転載

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

内田暁の最近の記事