Yahoo!ニュース

なぜラツィオは監督も辞任した? 鎌田大地の退団以上に大きな理由、クラブが犯した「失敗」とは

中村大晃カルチョ・ライター
3月30日、セリエAユヴェントス戦でのラツィオのトゥードル監督(写真:Maurizio Borsari/アフロ)

迷走している感は否めない。

2024-25シーズンは、ラツィオにとって新時代の幕開けとなる。近年は、チーロ・インモービレやルイス・アルベルト、フェリペ・アンデルソンらが中心だった。だが、今後のチームの核となるのは、彼らではなくなると見られている。

そのなかで、新たな主力となることが期待された鎌田大地が去っていった。彼を中心とする構想が崩れ、イゴール・トゥドール監督にも別れを告げることになった。未来は決して明るくない。

しかし、クラウディオ・ロティート会長からすれば、トゥードルとの別離はやむを得ないものだったのかもしれない。なぜ、ラツィオは指揮官と別々の道を選んだのか。

■鎌田の退団に監督は理解も示した?

トゥードル辞任は鎌田退団から1週間も経たないうちに現実となった。

鎌田残留は、監督が来季も指揮をとるうえで一丁目一番地だった。それだけに、交渉決裂が大きく影響したのは想像にかたくない。ただ、トゥードル辞任の理由は、鎌田の退団だけではなさそうだ。

『La Gazzetta dello Sport』紙は、トゥードルが鎌田の退団でクラブに一定の理解を示したと報じている。交渉決裂が明らかになった当初は、指揮官が選手陣営の対応に「失望」したとも伝えていた。

5月19日、セリエAインテル戦での鎌田大地。ラツィオでのラストゴールに
5月19日、セリエAインテル戦での鎌田大地。ラツィオでのラストゴールに写真:ロイター/アフロ

では、何が問題になったのか。同紙は、鎌田退団で生じた「亀裂」が、チーム編成を巡る衝突で「溝」に広がり、最終的な辞任につながったと報じている。

6月3日から2日間にわたり、トゥードルとラツィオ上層部は協議を重ねた。そこで編成に関する見解の相違は解決できないという結論に達したという。指揮官は協議の場に代理人も帯同させていた。関係解消も見据えていたことがうかがえる。

辞任発表から一夜明けた6月6日には、ロティート会長が8選手の入れ替えを求められたと明かした。トゥードルの誠実さを強調しつつ、その要求は「あまりに多すぎ」としている。

■トゥードルと鎌田以外の関係

3月の就任時から、トゥードルはマテオ・ゲンドゥジとの関係を危惧されていた。マルセイユ時代にも衝突していたからだ。指揮官は就任会見時に問題ないと強調したが、次第に両者の溝を報じる声は増えていった。

ゲンドゥジだけではない。ダニーロ・カタルディやニコロ・ロヴェッラ、グスタフ・イサクセン、タティ・カステジャノスらの微妙な状況が指摘された。チームに対する厳格すぎる姿勢に、一部から不満があったとも伝えられている。トゥードルの下で台頭したのは鎌田だけとの見方もあるほどだ。

『La Gazzetta dello Sport』紙は、トゥードル政権になり、多くの選手がラツィオからの移籍を望んだと報じた。ゲンドゥジやロヴェッラ、イサクセン、カステジャノスは、昨夏加入の選手たちだ。彼らを手放せば、ラツィオは1年前の補強が完全に「失敗」となる。投じた資金の回収も難しい。

『Il Messaggero』紙によると、トゥードルはクラブとの協議の場で、彼らの残留を受け入れると話したという。だが一方で、自分の構想に必要な選手の獲得を求めたそうだ。当然、そのための資金が必要となる。ラツィオにとっては、受け入れられないコスト増だ。

監督が自分の考えを体現するための戦力を望むのは当然だ。クラブが実現に尽力すべきなのも言うまでもない。一方で、経営していかなければならない首脳陣には限度もある。

そのすり合わせをしていくうえで、トゥードルが妥協しないタイプなのは有名だ。指導者転身から約15年。トップチームでの指揮のほぼすべてが1シーズンや1年ほどで終わっている一因かもしれない。

その気難しい性質は、一部サポーターとの関係にも影響したと言われる。ラツィオの現状に対するサポーターの過剰な期待を指摘したことが、不和につながったというものだ。

実際、指揮官の進退が騒がれるなか、ウルトラスは横断幕でトゥードルを批判している。本拠地オリンピコの外に掲げられたバナーには、「監督としては評価されるべき、人としてはクソったれ」と書かれていた。

一部選手との問題、それに伴う編成への要望を満たすコスト、そして一部ファンとの不和。ラツィオにとって、トゥードル体制で来季に臨むリスクは小さくなかったかもしれない。倹約ぶりで知られるロティート会長が、シーズン中にめったに監督を解任しないことを踏まえればなおさらだ。

■トゥードルを選んだ是非

だがもちろん、トゥードルの主張もおかしなものではない。構想実現のための強化要望、チームを鍛えるための厳しい姿勢、現実を認識したうえでの具体的な目標設定は、いずれも不可欠だ。指揮官は7日にも辞任に言及する予定とのこと。その発言が注目される。

いずれにしても、問題は現状に至るのが想定可能だったことにある。マウリツィオ・サッリ前監督とトゥードルでは、哲学やシステムが大きく違う。当然、必要となる選手のタイプも異なる。トゥードルの補強要求も、編成における譲らない姿勢も、事前に分かっていたはずだ。

ラツィオ専門サイト『La Lazio Siamo Noi』によると、イバン・ザッザローニ記者も『Corriere dello Sport』紙で指摘している。

「会長の失敗は、自分なら変えられる、抑えられると考え、周知の性格の監督を選んだことだ。ポスト・サッリの理想的人材を見いだすのは容易でなかったが、トゥードルはギャンブルだった」

■不幸中の幸いとできるか?

結局、そのギャンブルは成功しなかった。ラツィオは新たな指揮官でやり直さなければならない。

さらに残念なことに、一部に対するイメージダウンにもなったようだ。クラブにとって正当な理由でも、鎌田ともトゥードルともけんか別れしたかたちは変わらない。そこに金銭的な理由も絡む。日本のサッカーファンからも、ラツィオ批判の声が上がっている。

それでも、不幸中の幸いなのは、トゥードルの下でヨーロッパリーグ出場権を獲得できたこと。そして、この段階で決断したことだ。夏の移籍市場での動きを踏まえたうえで、トゥードルが辞任していた場合、ラツィオはさらなる混乱に陥っていただろう。

『Sky Sport』などによると、ラツィオは新監督にマルコ・バローニを招へいする見込み。直近でレッチェやエラス・ヴェローナを残留に導いた指揮官だ。

サッリとトゥードルが相次いで辞任し、新体制を率いるのはバローニ…期待が大きくないことは否めない。ただ、カルチョの世界は結果がすべてだ。移籍市場での動きと来季の成績次第で、評価はまた覆るかもしれない。まずは、ラツィオがこの夏、どのようなチームをつくるか注目だ。

カルチョ・ライター

東京都出身。2004年に渡伊、翌年からミランとインテルの本拠地サン・シーロで全試合取材。06年のカルチョーポリ・W杯優勝などを経て、08年に帰国。約10年にわたり、『GOAL』の日本での礎を築く。『ワールドサッカーダイジェスト』などに寄稿。現在は大阪在住。

中村大晃の最近の記事