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「ジョナサン」店内で暴力事件 肋骨骨折も「勉強になったな」「また折られてえのか?」

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:イメージマート)

パワハラ防止法施行の一方で、業界最大手で横行していた暴力・暴言

 今年4月、職場のパワーハラスメントに関して「画期的」な法律が施行された。パワハラ防止法の適用対象が拡大され、2020年6月から大企業にのみ課されていたパワハラ防止措置の義務が、国内の全企業にまで広がったのだ。

 それにもかかわらず、筆者が代表を務めるNPO法人POSSEには、凄惨なパワハラの労働相談が続々と寄せられている。それらの相談の中でも、ファミリーレストラン業界最大手の「すかいらーくグループ」の事例は衝撃的だ。今年4月まで傷害行為をともなうパワハラが横行していたのだ。

 舞台となったのは、すかいらーくグループの中でも、首都圏を中心に展開され、「厳選素材や健康感にこだわり、多様なジャンルの質の高いメニュー」をコンセプトとする人気ブランド「ジョナサン」の東京都内の店舗である。加害者となったのは店長(当時)だ。

 パワハラ防止措置が義務化されていたはずの大企業、しかも有名大企業において、つい最近まで暴力や暴言などのパワハラが延々と繰り広げられていたことは衝撃的だ。残業も極めて長く、月190時間に及ぶときもあったという。

 しかも、問題は店舗のパワーハラスメントや長時間残業の事実だけにとどまらなかった。この店舗のパワハラを訴える「通報」が、すかいらーく本社に何通も届いていたのだが、上層部はまともな調査や処分を実施せず、被害をほとんど「放置」していたというのである。

 一体何が起きていたのだろうか。被害者である従業員のAさんが加盟する労働組合「総合サポートユニオン」と、同社への取材をもとに明らかにしていきたい。

殴って肋骨を折った被害者に、「勉強になったな」「また折られてえのか?」

 パワハラ被害を告発したのは、「アシスタント・マネージャー」(店長候補)として働く正社員のAさんである。Aさんは大学生の頃からアルバイトを通じて、大手飲食チェーンの職場に魅力を感じていた。小さな子どもを連れた家族であっても、気兼ねなく食事を楽しめる空間に惹きつけられたという。

 そんなAさんが、業界トップのすかいらーくグループに新卒で入社したのは自然な流れだった。ジョナサンの店舗数店で店長候補として経験を積み、念願の「マネージャー」(店長)への昇格のチャンスが近づいてきた矢先、Aさんは新たな異動先として、東京タワーの麓にある「ジョナサン芝公園店」への配属を命じられた。2020年9月のことだった。

 だが、芝公園店でAさんを待ち受けていたのは、店長(当時)のB氏による凄絶なパワハラであった。些細な「ミス」をするだけで、容赦ない罵声を浴びせられた。「死ね、殺されてえのか」「お前の目はビー玉か?」。日常的に頭をはたかれ、胸ぐらをつかまれた。足に蹴りを入れられることも複数回あり、転倒して身体中に打撲を負わされたこともあった。「土下座だな」と言い放たれ、土下座せざるを得なかったことすら何度かあったという。

 2021年8月には深刻な「事件」が発生した。当時、新型コロナウイルス感染拡大にともなう緊急事態宣言によって、東京都の飲食店では酒類の提供停止が「要請」されていた。ジョナサンでは酒類の注文を停止するために、テーブルに用意されている注文用のタブレットの設定を毎朝変更する必要があった。ところがこの日、その担当者だったアルバイト従業員が、この設定変更を忘れてしまった。そのまま運悪く、客が酒を注文したため、その取り下げをお詫びする時間を割き、伝票用紙を余計に発行するという「無駄」が発生してしまった。

 「どれだけ無駄なことをやっているか、わかってるのか」。店長はAさんに、アルバイトの管理がなっていないとして激怒した。ネクタイを引っ張って店舗の控え室に引きずりこむと、Aさんの右のあばらを拳で力強く殴りつけ、肋骨を折った。Aさんは恐怖のあまり涙が止まらなくなり、痛みすら感じられないまま、当日は22時まで働き続けたという。帰宅後に激しい痛みに気付き、翌日整形外科を受診したものの、2日間休んだだけで、Aさんは痛み止めの薬を服用しながら、サポーターを巻いて勤務を続けた。

 Aさんをみずから骨折させたことを知ってもなお、店長は態度を改めなかった。そればかりか、「お前は喉元すぎれば忘れるから、勉強になったな」と開き直り、新たなAさんのミスを発見すると「また、あばら折られてえのか?」と迫った。見るに見かねて、同僚がAさんに対する暴行に苦言を呈した際には、店長はこう吐き捨てた。

「こいつは動物だから、痛みを与えねえとわからねえから」。

月190時間の残業? 休憩すら許されず「おむつ穿いて働け」と罵倒

 もちろんB氏の行為の責任は、彼個人にもある。しかし、B氏がパワハラをこれだけ常態化させていた背景には、職場の過酷な労働環境があることが推察される。また、会社には従業員に対する安全配慮義務があり、問題の放置はこれに違反する可能性がある。

 そもそもジョナサン芝公園店は、Aさんがそれまで経験してきたどの店舗よりも繁忙店で、来店による利用客はもちろん、近隣住民からのテイクアウトや宅配も非常に多かったという。従業員は正社員が3人体制(店長と、Aさんら店長候補2人)で、正社員1人とアルバイトだけで回す店舗が多い中、重点的な配置がされていた。それでも業務量に比して人手が足りていないのが実情だった。

 当時、芝公園店の閉店時間が23時半と深夜であったことも、労働時間の長さに追い討ちをかけた。終電で帰宅すれば、閉店後の片付けや翌日の準備などの作業をこなすことはできない。仕事が終わっていないと、Aさんは店長から激怒された。週2〜3日は深夜1時過ぎまで作業を続け、そのまま店に宿泊することが、Aさんの日常になっていた。客席のソファで横になり、翌朝シフトが入っている場合は、早朝5時半には起床して、6時頃から勤務を始める生活が繰り返された。

 店長の暴力・暴言の恐怖によって、シフトが昼からの日に早朝に出勤することも、休日であるにもかかわらず、当日に急遽店長に呼び出されてそのまま働くことも珍しくなくなった。休憩時間を取ることすらままならず、営業時間中にトイレに行っただけで、「おむつ穿いて出勤すれば」と言い放たれることもあった。Aさんがのちに加入する総合サポートユニオンの計算によれば、ある月のAさんの残業は、190時間にも及んでいたという。

すかいらーく本社に「通報」が何度も届いたが、まともな調査や処分はなし

 こうしたパワハラの事実は、たとえジョナサン芝公園店の従業員以外に知られていなかったとしても、すかいらーく本社の責任は免れないだろう。ところが実際には、すかいらーく本社にまで、パワハラ「被害」の声は届いていた。

 2021年5月から2022年3月までの1年あまりの間に、ジョナサン芝公園店を利用した消費者から、パワハラを告発する「通報」が少なくとも4回にわたり、すかいらーくのカスタマーセンターに届いていたのだ。

 調理場から「おめー頭わりーから」などの怒鳴り声が聞こえ、食事が美味しく感じられなかった。従業員がかわいそう。「殺すぞテメー」「ゴミ野郎」「くそ野郎」という声が響いてきて気分が悪い――。

 寄せられたメールや電話の「クレーム」は、パワハラの実態を生々しく訴えていた。この苦情は、カスタマーセンターからの連絡により、ジョナサンの営業本部長(当時)、営業部長(当時)ら上層部、そして店舗のスタッフにも共有された。これらを受けて、当初から本社が迅速な対応をしていれば、前述の暴力行為は避けられた可能性は非常に高い。

 しかし、すかいらーく本社は、相次ぐ常軌を逸したクレームにもかかわらず、まったく調査を行おうとはしなかった。今年3月の4回目のクレームのあと、ようやく重い腰を上げ、ジョナサンの営業部長が店長にヒアリングを行った。

 このとき、店長は当然のようにパワハラを否定した。営業部長は芝公園店の従業員にも「ヒアリング」を行ったというのだが、ヒアリングの方法は極めてずさんで、パワハラ調査という趣旨もろくに説明しないうえに、営業中にほぼ立ち話で行われたようだ。そもそも、そばに加害者の店長がいるかもしれず、かつ忙しい中で、仕事を中断させて場所を移しもせずに、被害者が落ち着いて実態を打ち明けることは極めて困難だろう。

 こうして、複数の利用者による警鐘も虚しく、店長に対しては口頭で軽い「指導」がされただけで、パワハラの存在は確認されなかったとして、懲戒処分の手続きがとられることはなかった。

Aさんの通報後も、休ませようとしなかったジョナサン上層部

 その間にも、Aさんの長時間労働とパワハラには拍車がかかっていた。今年3月末にはAさんが頼りにしていた同僚の正社員が異動になり、残されたAさんに膨大な業務負担がのしかかったという。過労にあえぐ中、Aさんは4月初旬にも些細なきっかけで店長に胸ぐらをつかまれ、殴られる恐怖に襲われた。

 心身の限界に達したAさんは、わずかな希望を抱いて、会社から知らされていた「社外相談窓口」にパワハラ被害を通報した。すると、まもなく営業部長から電話がかかってきて、面談をする運びとなった。Aさんはパワハラ被害の苦痛から、少し休みを取らせてほしいと打ち明けた。しかし営業部長は、調整しないといけないから、とにべもなく答え、Aさんの切実な願いを棚上げにしてしまった。

 これだけ会社に貢献して、これだけ痛めつけられてもなお、すかいらーくでは休むことすら許されないのか――。Aさんは絶望し、会社に対する信用は崩れ去った。

 こうして、すかいらーくへの希望を失ったAさんは、わらをもすがる思いで筆者が代表を務めるNPO法人POSSEに電話した。POSSEのサポートを受けたAさんは、心療内科で「重度ストレス障害」と診断を受けて、すかいらーくに休職を通知して療養に入った。現在でも、夜などに店長の暴力が突然フラッシュバックするという。復職の目処は立っていない。

すかいらーくはパワハラを認定するも、長時間労働は「否定的」?

 AさんはPOSSEと連携する労働組合「総合サポートユニオン」に加入した。すかいらーく本社に対して、詳細な被害報告を提出し、パワハラ被害や長時間労働による補償、未払い賃金の支払い、そしてパワハラの再発防止策などを求めて交渉中だ。

 すかいらーく本社は、こうしたパワハラ被害について、おおむね事実を認めているという。また、ユニオンの要求を受けて、すかいらーくはB氏に懲戒解雇の処分をくだした。さらにはユニオンの提案どおり、全社的にパワハラ防止の研修を改めるなど、再発防止策を進めているという。ユニオン側は、今後はパワハラの労災申請や、B氏の刑事告発も視野に入れているとのことだ。

 一連のパワハラと「二次被害」に関する筆者からの取材に対して、すかいらーく側は次のように回答している。

「ご質問いただいた件につきましては、当該社員からの通報により初めて当社として認識し、 元社員1名によるハラスメント等の社内規定違反行為として社内調査を行い、同調査結果を踏まえ、厳正な処分を行いました」

「暴力、ハラスメントは、決して容認されるものではなく、当社では、従前よりハラスメント防止に取り組んでまいりましたが、 今回の事態を踏まえ、ハラスメント研修等の一層の強化と相談窓口の更なる周知を図り、再発防止の徹底に努めてまいります」

 一方で、Aさんが強いられた休日や休憩時間、深夜・早朝における未払い残業については、「労働基準監督署の指導も受けながら精査中です」(すかいらーく本社の回答)ということだ。しかし、総合サポートユニオンによれば、勤怠記録がないことなどから、その未払い残業時間の多くについて、すかいらーくは現時点では認めていないのが実情だという。

 日本社会で多発するパワハラの背景には、長時間の未払い残業によって人件費を抑えるために、現場レベルで圧力をかけて乗り切ろうとする体質が見受けられる。今回の事件を見ても、加害者の個人的資質だけではなく、過酷すぎる店舗経営の実態が問題の背景にある。したがって、長時間労働の実態把握を抜きにしたパワハラ再発防止策では説得力がない。

参考:「分配」の陰で激増する「いじめ自殺」 「使い潰し型」資本主義が日本を滅ぼす

 パワハラを抑止するには、パワハラ防止法による防止措置だけでは不十分であり、その土壌となる過酷な労働環境じたいに歯止めをかける必要がある。そうしなければ、元を絶たずに対症療法が繰り返されるだけだ。

 だが、大企業ですらパワハラ通報を「放置」してしまったことから明らかなように、労働環境に問題を抱える企業が、自ら問題の根本に向き合うことは容易ではない。

 だからこそ、実際に被害にあっている労働者たち自身が声をあげていくことが、極めて重要である。権利行使を諦めてしまっては、どれだけ凄惨な被害にあっていても、もみ消されてしまうのである。そうしたことが、今回の事件を通じて改めて教訓として示されているのではないだろうか。

 ぜひパワハラや長時間労働で困っている方は、専門機関に相談し、自ら会社の在り方を正してほしい。

(なお、Aさんが加盟する総合サポートユニオンでは、7月24日(日)に長時間労働・パワハラ相談ホットラインを予定しているという)。

長時間労働・パワハラ無料相談ホットライン

日時:2022年7月24日(日)13〜17時

電話番号:0120-333-774(通話無料・相談無料・秘密厳守)

主催:総合サポートユニオン

常設の無料労働相談窓口

NPO法人POSSE

03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

soudan@npoposse.jp

*筆者が代表を務めるNPO法人。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

総合サポートユニオン 

03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

*個別の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

仙台けやきユニオン

022-796-3894(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

sendai@sougou-u.jp

*仙台圏の労働問題に取り組んでいる個人加盟労働組合です。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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