全米オープン2日目現地リポート: 錦織、ケガの不安を吹き飛ばし初戦突破
「正直、まだ出場も決めてないので……試合ができるかどうかも、当日にならないと分からないです」
全米オープン開幕を控えた会見の席で、錦織が口ごもりながらそう告白したのは、わずか4日前のことでした。それだけに、コートに立つ錦織の姿を目にしながらも、ファンや観客の胸中にあったのは「果たして、一試合戦い切れるのだろうか?」との不安だったのではないでしょうか?
しかしそのような憂慮は、錦織が最初の打球を打った瞬間、半分は吹き飛んだことでしょう。錦織が右腕をしならせ鋭く振ると、スイートスポットで捕えたとき特有の心地良い打球音を残して、ボールは美しい弧を描き相手コート深くに刺さります。左右のコーナーギリギリに打ち分けられるこのボールを、対戦相手のオデセニクは返すことができません。いきなり相手サービスゲームをブレークし、次のゲームでは時速116マイル(約186キロ)のエースも決め、立ち上がりでたちまち2ゲーム連取。「不安しかない」と口にしていた試合勘も、まるで問題ないように見えました。
見る側にとって、もう半分の不安材料である「親指患部の傷口の痛み」の心配もほぼ払しょくされたのは、錦織3-1リードで迎えた、第5ゲームの攻防ではないでしょうか。最初のポイントから長いラリーが続きますが、錦織は、キュッキュッというシューズの摩擦音を快調に響かせながら、左右に走り速いタイミングでボールを捕えます。特に、錦織の好調のバロメータの一つである“走り込みながらのフォアのストレートショット”が、次々にコートに刺さりました。圧巻はデュースの場面で飛び出した、ポールを巻くように相手コートのライン際を抉る、フォアのスーパーショット。3度のデュースの末にこのゲームをブレークし、錦織がまずは試合の主導権を手にします。
第1セットを38分で快調に奪った錦織ですが、第2セット前半では、相手の反撃にあいました。第3ゲームで3本のブレークポイントを逃すと、次のゲームではサービスの入りが悪く、この試合初のブレークを献上。嫌な流れへの予感が、コートに漂い始めます。
もちろん人に言われるまでもなく、そんなことを誰より熟知しているのは、コートに立つ当人です。「第2セットは少し危なかったので、気合いを入れ直しました」と、試合後に述懐する錦織。ブレークされた直後のゲームで、フォアのリターンを豪快に叩きこみブレークすると、野太い叫びが自然と飛び出します。さらにここで畳みかけられるのが、トップ選手の経験と実力でしょう。錦織は瞬く間に4ゲームを奪い、相手に傾き掛けた潮流を手元へと引き戻しました。
第3セットに入っても、錦織は攻撃の手を緩めません。最初の相手サービスゲームを、40-15から4ポイント連取でブレーク。特に最後のポイントは、ドロップショットで相手をつり出し、ロブで頭上を抜く心憎いばかりのプレーで決めます。その後も左右から強打を打ち込み、試合を支配した第10シード。最後は、この日最速となる124マイル(198.5キロ)のサービスをセンターに叩きこみ、2時間5分で完勝を収めました。
外からは快勝に見えても、当人には不服が残る試合……あるいはその逆というのは良くあることですが、この日は、内外の視線が一致していたようです。
「一昨日くらいの練習で良い感触がつかめていたし、出られると思っていた。試合の中での緊張もなく、逆に、むしろ調子が良いくらいのプレーができたので、すごく満足しています」。
それが錦織の、試合後の第一声でした。一週間前に抜糸したばかりの傷口に関しては「最初は痛みもちょろちょろ出てきたので庇いながらではあったが、後半は怖さもなくなってきた」との弁。
「次の試合からは、大丈夫だと思います」。
ウソがつけない彼のことだけに、この言葉は、信じられると思います。
※テニス専門誌『スマッシュ』facebookより転載。
この他にも、西岡良仁、土居美咲の試合の模様を掲載。大会期間中は連日レポートをアップしています