トヨタの内部留保20兆円は賃上げに使えるか?
小池晃書記局長の講演
日本共産党の小池晃書記局長は、川崎市内の演説会で次のようにおっしゃったらしい。
日本共産党が、マルクス経済学を前提として共産主義革命を目指す政党であれば、経済政策について一般国民の常識とかけはなれた主張がなされるのも不思議はないかもしれない。
しかし、たとえそうであったとしても、トヨタ自動車という民間企業の連結財務諸表を取り上げて、誤った知識に基づいて誤った政策を主張している場合、誤りを指摘しておくことは重要だと考える。
内部留保を減らすのは損失か配当
ここで内部留保といわれているのは、利益剰余金のことである。利益剰余金は、企業が利益を上げることによって増え、企業が損失を計上したり配当したりすることによって減る。
だから、トヨタ自動車の内部留保約20兆円を取り崩して賃上げに回せというのは、トヨタ自動車に20兆円の損失を計上せよということに等しい。
国会議員が民間企業に約20兆円の損失を計上するように強制することは、自由主義社会では許されない。不当な介入になろう。(共産主義だったら「正当な介入」になるのかもしれない。)もちろん、講演で主張するだけなら言論の自由の範囲内である。
ここでは、一応、規範的判断が正しいかどうかはおいておこう。どういう社会が望ましいかは、有権者が選んだ政治家が判断することである。ただ、どんな社会を目指すとしても、事実認識が間違っていては困る。小池書記局長の事実認識は正しいのだろうか。
小池書記局長の「内部留保を賃上げに回す。正社員の雇用を増やす。そうすれば、トヨタの車はもっと売れるようになる。トヨタ自動車の未来を考えて、私は言っている」という部分は、何かきちんとした裏付けをもった発言という感じはしない。賃上げすると、本当に将来の利益が増えるのかどうか。
そして、賃上げするとトヨタ自動車の利益が増えることをトヨタ自動車の経営陣が気がついていないので、それに気がついている国会議員が「指導」しようというのだろうか。
国民に選ばれた国会議員は民間企業の経営者より企業経営に優れているので、経済活動を民間企業に任せず、すべて国が中央から指図する計画経済に移行しようというのが共産主義ではあろうが。
なお、小池書記局長のいうとおりに、賃上げに回した結果、本当にトヨタのクルマが売れてトヨタの利益が増えるとトヨタの内部留保はますます分厚くなってしまう。
そうしたら、小池書記局長は、さらに賃上げをすることを求めるのだろうか。
結局のところ、内部留保がちょうどゼロになるまで賃上げをするということは、トヨタ自動車に20兆円の損失を出させるということである。
右ではなくて左
内部留保を賃上げに振り向けるとか、内部留保に課税しようというのは、基本的に筋が悪い政策提言だが、企業が持っている余剰資金(あまりガネ)の利用を促したり、余剰資金に課税したりというのは、少なくとも原理的には考えられる方法である。
内部留保は連結貸借対照表(BS)の右にあるが、余剰資金はBSの左にある。右ばかり攻撃しないで、左にも目を向けるのが生産的かもしれない。
トヨタ自動車の2018年3月期の連結貸借対照表によると「利益剰余金」は19兆4734億6400万円、つまり約19兆円ある。小池書記局長の約20兆円というのはこれを指しているのだろう。
一方、BSの左を見ると、「現金及び現金同等物」が3.1兆円、「定期預金」が9000億円、「有価証券」が1.8兆なので、合計でざっくり5.7兆円になる。(丸めの誤差あり。)
また「投資及びその他の資産」のところに「有価証券及びその他の投資有価証券」が8.0兆円ある。このうち、どれくらいが営業に与える影響を考慮して保有しているもので、どれくらいが長期の余剰資金なのかはわからない。かりにすべて余剰資金と見ると流動資産のキャッシュと合わせて、合計13.7兆円となる。
決済にどれくらいのキャッシュが必要なのかは、業種・業態・規模などによって違ってくるので一概にはいえない。かりに売上げ27兆円の5パーセントと見るなら1.4兆円ほどになる。13.7兆円から1.4兆円を引けば、12.3兆円、ざっくり12兆円という計算になる。
トヨタ自動車の内部留保は19兆円だが、トヨタ自動車の余剰資金は多めにカウントしても12兆円程度。投資勘定分を除けば、4兆円程度である。小池書記局長のおっしゃる20兆円の5分の1程度となろう。
内部留保20兆円を賃上げに使うという前に、決算書の1ページ前を確認すれば、それだけのキャッシュがないことに気がついたかもしれない。