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ドラマ『100万回 言えばよかった』と、絵本『100万回生きたねこ』

碓井広義メディア文化評論家
『100万回 言えばよかった』左から直木、悠依、魚住の3人(番組サイトより)

金曜ドラマ『100万回 言えばよかった』(TBS系)の主人公・悠依(井上真央)は、美容室の店長。

家庭の事情から、里親に預けられた過去があります。

里親の家で一緒に暮らした直木(佐藤健)と2年前に偶然再会し、洋食屋のシェフである彼と恋人同士になりました。

ところが突然、直木が姿を消してしまう。

生死もわからないままでしたが、ある日、直木は幽霊となって現れます。

悠依には姿も見えず、声も聞こえませんが、霊媒の能力を持つ刑事・魚住(松山ケンイチ)を介して会話することが出来ます。

なぜ自分が死んだのか、なぜ幽霊になったのかが分からず、自ら探ろうとする直木。その死は、魚住が担当する殺人事件と関連性があるようです。

同じ里親の元で暮らしていた莉桜(香里奈)や、直木が働いていた洋食屋のオーナー・池澤(荒川良々)といった謎めいた人物たちがいますが、まだ真相は見えてきません。

井上真央さん、佐藤健さん、そして松山ケンイチさんという力のある俳優陣のおかげで、サスペンスとファンタジーの要素を持ったラブストーリーとして、見応えのあるドラマになっています。

絵本『100万回生きたねこ』

佐野洋子 作・絵『100万回生きたねこ』1977年刊(筆者撮影)
佐野洋子 作・絵『100万回生きたねこ』1977年刊(筆者撮影)

このドラマの中に、佐野洋子さんの絵本『100万回生きたねこ』(1977年刊)が登場します。

タイトルに「100万回」と入っていることからも、何かしら物語と深い関係がありそうです。

『100万回生きたねこ』の主人公は、何度も生まれかわる「ねこ」。

その都度、飼い主が変わります。王様だったり、船乗りだったり、泥棒だったり。

ねこは、そんな飼い主たちが嫌いでした。

死ぬこと、生まれかわること、つまり自分の「人生(猫生?)」に対して、どこか投げやりでした。

そんなねこが、一匹の「白い うつくしい ねこ」と出会って、変わります。

「そばに いても いいかい」と尋ね、許しを得るのです。

白いねこと一緒に、いつまでも生きていたいと思う、ねこ。

しかし、白いねこは年老い、死んでしまいます。

ねこは100万回も泣いて、やがて「しずかに うごかなく」なります。

そして、そのまま、もう、生き返ることはありませんでした。

生きること、死ぬこと、愛することを描いた寓話として、『100万回生きたねこ』は何度も読み返したくなる名作です。

ドラマの中の『100万回生きたねこ』

ドラマの第1話では、恋人時代の悠依と直木が、本屋さんでこの本を手に取り、互いに「好きな本」だったと言い、悠依が入手。子ども食堂で、朗読しました。

さらに幽霊となった直木は、自分の存在を悠依に信じてもらおうと、魚住を通じて「白いねこ」という言葉を伝えます。まるで2人の間の「秘密のキーワード」のように。

第2話には、2人が暮らした里親の家で、この絵本の結末をめぐって会話する場面が出てきました。直木が幽霊になる前のことです。

「私は嬉しくないなあ、こんなの。私が白いねこだったら、100万回泣いてくれるのは嬉しいけど、(ねこに)死んで欲しくない。100万回泣いたら、そのあとは元気に、ピンピン生きてって欲しい」

ここでの悠依は自分を「白いねこ」に、そして直木を「ねこ」に置き換えています。

そんな悠依に対して、直木は「すごく好きだって言えばよかった」と後から悔やみます。

まさに「100万回、言えばよかった」と思うわけです。

そして、3日に放送された第4話。

悠依の部屋で、脳神経内科の医師・宗(シム・ウンギョン)と向き合っている時、この絵本の話になりました。

「心から愛せる相手と出会えたら、生まれかわらなくなった、っていうお話ですよね。死が永遠の愛になる、美しいお話」と宗医師。

悠依が言います。

「確かに、ねこは白いねこと出会ったことで、愛情みたいなものを知ったんだと思うけど、でも大好きな相手が死んじゃったら、自分の人生もあきらめちゃう。それは、なんか違うって思う」

この「大好きな相手が死んじゃった」のは、現在の悠依も同じです。

今度は、ねこを自分に置き換えているのでしょうか。

ねことは違って、あきらめたりはしない、という決意表明のように聞こえました。

その後、直木の遺体が見つかります。

霊安室で冷たくなった直木と対面した悠依ですが、取り乱したりはしませんでした。

怒りと悲しみの中で、あらためて直木の死の真相を明らかにしようと思う悠依。

里親の家で、死んだときの直木が手にしていた花を見つけます。

しかしこの時、悠依には見えませんが、直木の体に異変が起こりました。

遺体の発見と関係があるのかどうか。このまま直木は、幽霊として「第2の死」を迎えてしまうのか。

「ねこ」というモチーフの行方

『100万回生きたねこ』の中で、飼い主たちの勝手な都合のために、戦場や海などへ連れ回された、ねこ。

親によって、病気の弟を支えることを余儀なくされた直木と、ねこのイメージが重なります。

白いねこに向って、「そばに いても いいかい」と言った時の、ねこの気持ち・・・。

今後の物語展開と共に、脚本の安達奈緒子さん(『透明なゆりかご』『おかえりモネ』など)が仕掛けた、『100万回生きたねこ』という奥深いモチーフの行方が気になります。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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