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ネットオリジナル制作を選ぶテレビマン

長谷川朋子テレビ業界ジャーナリスト
総務大臣賞にYouTubeYouTube配信作品の『甘いお話』が選ばれた。(写真:アフロ)

Netflix、Amazon、Huluオリジナル作品の受賞相次ぐ

先日発表された米国テレビ科学芸術アカデミー主催の第68回プライムタイム・エミー賞に今年もネットオリジナル作品が多くノミネートされた。Netflixは代表作の政治ドラマ『ハウス・オブ・カード 野望の階段』をはじめ、Netflixオリジナル作品で史上最多の54部門にノミネーション。昨年の34部門から増やした。Amazonも昨年の12部門から今年は16部門に増え、性同一性障害を扱ったハートウォーミングなファミリードラマ『トランスペアレント』などからノミネートされていた。

日本でも番組コンクールのひとつ、製作会社のプロデューサーやディレクターが作品を選ぶ「第32回ATP賞テレビグランプリ」で特別賞に『Huluオリジナル連続ドラマ フジコ』が受賞、総務大臣賞にYouTube配信作品の『甘いお話 Sweets Tales』が選ばれた。

50万部売れた小説「殺人鬼フジコの衝動」を映像化した『フジコ』はHulu初のオリジナル連続ドラマで、昨年末から配信開始され、今年4月からはTSUTAYAで2016年度の一押し作品として並べられている。地上波ではタブーな過激シーンに挑んだ女優・尾野真千子さんの凄みを感じる演技に圧倒される。「新しいメディアに向けて従来とは異なるドラマを作り上げようとする制作陣の強い意志がある野心作」などと評価され、受賞に至った。

総務大臣賞は海外での評価に耐え得る個性的な演出の番組に贈られるもので、筆者も審査員を務め、選ばせてもらった。受賞した『甘いお話』は1話2分45秒尺のショートサイズのドキュメンタリーだが、東京の和菓子を主役にしながら、それを取り巻く街の息づかいや職人の生き方などをさり気なくテンポよく伝えている作品だ。4K配信されている回もあり、映像の美しさも売りにしている。

2012年8月にYouTubeで配信開始して以来、3週間に1本のペースで話数が増え、現在は54本、視聴数はのべ210万人に上る。当初から海外を意識して英語とフランス語字幕にも対応した甲斐もあって、8割以上が海外から観られている。アメリカが最も多く、アジアやヨーロッパなど幅広い地域でも視聴されており、どの地域でもティーンや20代からのアクセスが多い。シンガポールと香港では放送実績も作っている。

制作プロダクションが手に入れたい著作権

月収100万円を稼ぎ出し、カンヌのレッドカーペットをユーチューバーが歩く時代になった。彼らが生み出すヒット番組は、これまで地上波テレビで培われてきたノウハウを覆すものが多いが、「動画配信元年」と言われた昨年あたりから、テレビ番組を作ってきた制作プロダクションもネットオリジナル作品に乗り出すケースが増えている。

吉本興業はグループ所属のお笑いコンビ「ピース」又吉直樹さんの小説『火花』を地上波ではなく、Netflixで展開している。先の『フジコ』は多くの地上波民放キー局のヒットドラマを手掛けている共同テレビが制作し、『甘いお話』も老舗の制作会社ドキュメンタリージャパンが仕掛けている。つい先日も現役のディレクターからAmazonに新たなドキュメンタリー企画を持ち込んだという話を聞いたところだ。

ではいったい、制作プロダクションがネットオリジナルを選ぶ理由とは何か。

制作費が高騰していることも乗り出すきっかけになっているだろう。うたい文句の世界発信も理由のひとつにあり、実際に海外からも視聴されることは大きな励みになる。しかし、真意はそう単純なものだけでもないようだ。制作プロダクションが手に入れたいのは番組の著作権だ。

『甘いお話』のプロデューサーであるドキュメンタリージャパン河口歳彦氏の言葉からそれがわかる。

「制作プロダクションが作りたい番組を実現したい場合、テレビ局に企画を持ち込み、その制作費をテレビ局の予算で賄ってもらうというかたちがこれまでのやり方でした。だからYouTubeは、自分たちが作りたい番組を自ら発信できることが最大の魅力です。一方で最小限の制作費で自分たちのリスクでやる必要がありますから、撮影はカメラマンとディレクターの基本2人だけ、交通費をかけないために企画そのものを都内限定にしました。」

コストをかけることはできないが、番組のクオリティは地上波の番組制作と変わらないどころか、採算度外視でこだわることもあるという。

「自身の作品になるからと、カメラマンは良いカメラを使いたがります。『甘いお話』がデビュー作となったあるカメラマンは、これを名刺代わりに、新たな長編の仕事をもらうことができたと聞いています。ディレクター9人、カメラマン10人が持ち回りで担当するなかで、撮影や演出のテクニックなど、映像のクオリティを互いに高め合っています。」

回収はまだできていないが、リスクを冒してまで100%著作権が持てるYouTubeの展開は可能性があるのだという。

実際、テレビ番組の場合は、持ち込み企画においても制作プロダクションが権利を主張することは難しい現状にある。イギリスではロビー活動などを続けた結果、制作プロダクションも番組権利を持つようになったと聞くが、日本は壁が厚いままだ。しかし、既存の概念やルールが崩れつつある今、壁を打ち破るタイミングにあるのかもしれない。気づいているところは探り始めている。

テレビ業界ジャーナリスト

1975年生まれ。放送ジャーナル社取締役。国内外のドラマ、バラエティー、ドキュメンタリー番組制作事情をテーマに、テレビビジネスの仕組みについて独自の視点で解説した執筆記事多数。得意分野は番組コンテンツの海外流通ビジネス。仏カンヌの番組見本市MIP取材を約10年続け、日本人ジャーナリストとしてはこの分野におけるオーソリティとして活動。業界で権威あるATP賞テレビグランプリの総務大臣賞審査員や、業界セミナー講師、行政支援プロジェクトのファシリテーターも務める。著書に「Netflix戦略と流儀」(中公新書ラクレ)、「放送コンテンツの海外展開―デジタル変革期におけるパラダイム」(共著、中央経済社)。

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