「食べ物をどうすればいいのか」国民の怒りにたじろぐ北朝鮮警察
国境を流れる鴨緑江を挟み、中国と向かい合う北朝鮮北部の両江道(リャンガンド)恵山(ヘサン)は、貿易で栄えた都市だ。中国から輸入または密輸入される様々な製品を、北朝鮮の全土に送り出す拠点となってきた。しかしコロナ禍で国境が閉鎖され、その後、何度も業務を再開するとの噂が流れた恵山税関も、今月1日の時点で、依然閉じられたままだ。
当局の市場に対する抑制策と取り締まりも、地域住民を苦しめている。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。
現地の情報筋の話によると、先月20日午後6時ごろ、恵山の駅前旅館の前で、1トンもの食用油を運んでいた女性2人が、近隣の工場と企業所の従業員で編成された糾察隊(取り締まり班)に呼び止められた。密輸された油だと見做し、没収しようとすると、女性2人は「国営商店に運んでいるだけ」だと強く反発した。
(参考記事:激しい拷問に耐え続けた北朝鮮「レザーの女王」の壮絶な姿)
すると、大声を聞きつけて集まってきた野次馬からも「個人の密輸品でもないのに、なぜ取り締まるのか」と一斉に抗議の声が上がった。あまりの勢いに押され、糾察隊は没収を諦め、無罪放免にした。
女性が運んでいた食用油は5リットルのペットボトルに入り、中国語のパッケージが貼られていた。平安北道(ピョンアンブクト)新義州(シニジュ)から国家貿易(国主導の貿易)で輸入されたもので、それを運んでいる最中に取り締まりに遭ったというのが情報筋の説明だ。
今回の取り締まりだが、社会安全省(警察庁)が先月出した「国家の統制圏の外で物資の取り引きをしたり、外貨を流通させる行為を徹底的に禁止することについて」という布告に基づくものだ。外貨の使用と、個人が卸売業を営む行為を禁止するというもので、業者が所有している商品は、すべて国営商店に納めなければならない。
国営商店に納品するより、市場に卸した方が儲かるが、それを強制的に国営商店に納めさせることで、国主導の流通システムを復活させるのが当局の狙いだろう。
先月5日未明、道内の白岩(ペガム)で、大量の食糧を20トンの大型トラックに積み込む作業をしていた3人が逮捕される事件が起きた。食糧はすべて没収された。
ところが、「国が解決できない食糧問題を、個人が解決しようとしているのに取り締まるのか」と商人と住民の強い抗議を受けた安全部(警察署)は、国営の糧穀販売所に納品することを条件に、100万北朝鮮ウォン(約1万7000円)の罰金だけで釈放し、食糧も返却した。
これについて情報筋は次のように説明した。
「最近、社会で最も敏感なテーマは食糧問題だ。至るところで餓死や残忍な殺人事件が起きているが、それらすべての根に食糧問題がある。司法当局も乱暴に扱えず、住民をなだめようとする空気だ」
金正恩総書記はコロナ前、市場に干渉せず、国民に比較的自由に商売をやらせていた。そのおかげで食糧の流通は安定した。その一方で貧富の差が拡大したり、すべての国民を何らかの機関に所属させてコントロールするシステムが働かなくなったりするなど、当局の立場から見て好ましからざる状況となった。
そのため、コロナをきっかけに市場を抑制する策を取るようになったが、それが市場での商売で生計を立てている大多数の国民の困窮を招いている。彼らは決してお上の言うことを大人しく聞いているだけの弱い存在ではない。だからこそ、取り締まる側も恐れているのだ。