英新聞界の盟主、退任へ 「殺人者たち」「国民の敵」など大胆な見出しを付けたデーカー編集長
(日本新聞協会が発行する「新聞協会報」6月19日号に掲載された、筆者の「英国発メディア動向」に、若干補足しました。)
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6月6日、英新聞界は大騒ぎとなった。世論形成に大きな影響力を持つ大衆紙デイリー・メールのポール・デーカー編集長が11月に退任すると報道されたからだ。
デーカー氏が26年にわたり采配を振るってきたメール紙は感情に強く訴えかけるキャンペーン運動、反移民報道、英国の欧州連合(EU)からの離脱(「ブレグジット」)支持で知られる。
メール紙を筆頭とした保守系メディアによる離脱支持がなかったら、ブレグジットは実現していなかったかもしれない。インターネットが登場する前、新聞が世論を独占的に牛耳った時代を体現したかのような デーカー氏の退任で、「一時代が終わった」とする声が強い。
デーカー氏を「フリート街(英新聞界の別称)で最も偉大な編集長」と評する人もいるが、左派リベラル系勢力には嫌われてきた。ブレア労働党政権(1997-2007年)で官邸戦略局長だったアラステア・キャンベル氏はデーカー氏を「真実を捻じ曲げる、偽善者」と呼ぶ。
保守的な政策を支持する人にとっては、かゆいところに手が届くような、痛快感を与える記事が満載だが、リベラル系知識人やライバル紙からは「同性愛者や女性蔑視、反外国人感情があって読むに堪えない」と言われる。
今年1月、鉄道運営会社ヴァージン・トレインズがデイリー・メールの車内販売を中止すると発表した。その理由は、「過激な表現や差別的な記事が多いから」であった。しかし、言論の自由への抑圧と受け取られることを懸念して、結局はこれを撤回することになった。
難民報道で批判の的
1948年生まれのデーカー氏はイングランド地方北部のリーズ大学を卒業後、父と同じ道を歩みデイリー・エキスプレス紙の記者となる。80年にライバルのデイリー・メールに転職した。
さらに同じアソシエ―テッド・ニューズペーパーズ(AP)社が発行する夕刊紙イブニング・スタンダードの編集長職(91~92年)を経てメールの編集長となった。年収は250万ポンド(約3億6800万円)で、英新聞界で最高額と言われる。
デイリー・メールは日刊大衆紙市場でサン紙とトップの座を争う。現在はサン紙に次ぐ約130万部を発行。電子版「メール・オンライン」は1日のユニーク・ブラウザーが1300万人に達し、大きな影響力を持つ。
しかし、反移民感情を刺激するような報道はしばしば批判の的になった。欧州が難民危機に見舞われていたさなかの2015年、時のキャメロン首相が使った言葉を拾い上げ、「通りが(移民の)群れで一杯になる」という見出しを大きく掲載した。同年12月に発表された国連報告書はメール紙が難民に対し「敵意」を表現したと書いた。
EU加盟継続か離脱かを問う国民投票(2016年6月)の直前には、「英国を信じるなら」離脱に投票するようにと国民の愛国心に訴えた。高等法院が同年11月、正式な離脱の手続きを始めるには議会の承認が必要との判断を下すと、デイリー・メールは裁判官らの顔を1面に並べ、「国民の敵」という強い口調の見出しをつけた。議員らは残留支持者が大半のため、離脱について議論をすれば、離脱交渉の開始が遅れるばかりか、ことによったら「つぶされる」可能性もある、だから裁判官らは離脱を選んだ国民の敵だ、というわけである。
キャンペーン運動にも熱心で、1986年に黒人男性スティーブン・ローレンスが白人青年らに殺害された1993年の事件を巡っては、なかなか有罪判決にまで至らないことに業を煮やしたデーカー氏が97年、容疑者となった青年たちの顔写真を1面に載せて「殺人者たち」と一言入れた。
新聞が裁判官の役目を果たすかのような行為は行き過ぎではあったが、被害者の母は「これで国民が事件に本当に耳を傾けるようになった」と述べている。白人青年2人が殺人罪で有罪となったのは2012年。事件発生から19年後だった。
自主規制を主張
デーカー氏は環境問題にも強い関心を寄せ、無料の使い捨て買い物袋の配布禁止を求める運動を08年に開始した。15年、イングランド地方で買い物袋は有料となり、運動は成果をもたらした。
報道の自由を重要視し、日曜大衆紙「ニューズ・オブ・ザ・ワールド」(11年廃刊)による著名人に対する電話盗聴事件をきっかけに規制監督組織の設置が叫ばれると、あくまでも新聞業界による自主規制を強く主張した。これは14年の「独立新聞基準組織」(通称「IPSO」)の発足につながっていく。
デーカー氏はAP社の会長兼編集長に就任予定だ。メールの次期編集長は姉妹紙である日曜紙メール・オン・サンデーの編集長ジョーディー・グレーグ氏。同氏は国民投票で残留派を支持し、日曜紙ではその方針を維持してきた。今後、メール紙がどちらの陣営に付くかが注目されている。
メール紙の論調に同意するかどうかにかかわらず、政治家にとってその影響力の大きさは見逃せない。この点は、今後も変わらないだろう。