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麻しんの患者が国内で増加 自身のワクチン接種歴を確認しよう

忽那賢志感染症専門医
麻しんと他の感染症との感染力の比較(ECDC infographicより筆者訳)

日本国内で麻しん(はしか)の感染者が増加しています。

麻しんはどのような感染症で、どうすれば防ぐことができるのかについてまとめました。

日本国内での麻しんの発生状況

2013〜2023年における日本国内の麻しん報告数(国立感染症研究所のデータに基づいて筆者作成. 2023年は5月20日時点のもの)
2013〜2023年における日本国内の麻しん報告数(国立感染症研究所のデータに基づいて筆者作成. 2023年は5月20日時点のもの)

2023年4月下旬にインド帰国後の30代男性が麻しんと診断されました。

その後、この男性と同じ新幹線に乗り合わせていた東京都の30代の女性と40代の男性が5月上旬に麻しんと診断されています。

さらに、神戸市からもそれぞれ3月、5月15日に麻しんの患者が報告されています。この症例については、海外で感染したのか、前述の症例と関連があるのかは不明です。

3月にも大阪府で麻しんの症例が1例報告されており、今年に入ってからは5例の麻しん患者が報告されていることになります。

日本は2015年から現在に至るまで「麻しん排除状態」にあると認定されています。

これは、日本国内に土着しているウイルスによる流行が起こっていない、ということです。

近年の麻しんの国内症例は、全て海外から持ち込まれたものということになりますが、もちろん持ち込まれた麻しんウイルスが国内で広がっていくことはあり、今はまさにそのような状況です。

新型コロナウイルス感染症が流行した2020年以降は、国際旅行が激減したため麻しんの症例も非常に少なくなっていましたが、現在は渡航制限もほぼなくなり海外と日本国内との人の移動が再び活発になってきていることから、麻しんの海外からの持ち込み事例も増加が懸念されます。

さらには、新型コロナの流行の影響もあり、日本国内における麻しんワクチン接種率が低下しており、これも流行に繋がる懸念材料の一つです。

麻しんってどんな病気?

麻しん患者の眼球結膜充血、眼視(左上)、コプリック斑(右上)、体幹および手のひらの皮疹(左下、右下)患者さんの同意を得た上で筆者撮影
麻しん患者の眼球結膜充血、眼視(左上)、コプリック斑(右上)、体幹および手のひらの皮疹(左下、右下)患者さんの同意を得た上で筆者撮影

麻しんは感染してから概ね2週間後に発症し、発熱、鼻水、咳やのどの痛み、結膜炎などの症状と、その数日後から出現する全身の皮疹を特徴とする感染症です。

頬粘膜(ほっぺたの内側)にコプリック斑と呼ばれる白いザラザラとした砂粒大の斑点がみられることがあります。

また、ワクチン接種や過去の感染による部分的な免疫を持つ人が麻しんウイルスに感染すると「修飾麻しん」と呼ばれる病型になることがあります。

修飾麻しんは、全体的に症状が軽く、潜伏期が長めになるのが特徴ですが、基本的には普通の麻しんとよく似た症状になります。

麻しんによる合併症の種類と頻度(ECDC infographicより筆者訳)
麻しんによる合併症の種類と頻度(ECDC infographicより筆者訳)

また、ときに麻しんに罹った人の中で、合併症がみられることがあります。

中耳炎、下痢、肺炎、脳炎などがみられることがあり、特に肺炎や脳炎は重篤な合併症です。

まれですが、SSPE(亜急性硬化性全脳炎)と呼ばれる、感染から数年以上経ってから起こる脳炎がみられることもあります。

麻しんは極めて感染力の強い感染症

麻しんと他の感染症との感染力の比較(ECDC infographicより筆者訳)
麻しんと他の感染症との感染力の比較(ECDC infographicより筆者訳)

麻しんは感染力が極めて強い感染症です。

免疫を持たない人が麻しん患者に接すると9割の人が麻しんを発症すると言われています。

空気感染によって広がり、感染者の呼吸器から排出された麻疹ウイルスは空気中に最大2時間は存在するとされます。麻しん患者と近くで接していなくても、同じ空間にいるだけで感染することもあります。

新型コロナで有名になった「基本再生産数」ですが、麻しんは12〜18と言われており、最も感染力の強い感染症の一つです。

麻しんを防ぐためにはワクチンが有効

母子手帳啓発ポスター 筆者作成
母子手帳啓発ポスター 筆者作成

このように極めて強い感染力を持つ麻しんですが、ワクチンによって感染を防ぐことができます。

生涯で2回麻疹ワクチンを接種していれば、基本的には麻疹に十分な免疫を持つことができます。

ご自身のワクチン接種歴を確認するためには、ご自身の母子手帳を見るのが一番です。

母子手帳には、ワクチンの定期接種の記録を記載する欄があります。「自分の母子手帳なんて持ってないよ」と思われるかもしれませんが、今持っていなくても、実家には残っているかもしれませんので確認してみましょう。

母子手帳にはときどき「○○歳のときに麻疹に罹りました」と書かれていることがあります。

あるいはご自身が家族から「あんた小さいとき麻疹になってるわよ」と言われているかもしれません。

しかし、この「罹った」という記録や記憶は不確かなことがあります。

一昔前は現在と違って抗体検査や遺伝子検査といった検査に頼らない「臨床診断」、つまり症状や所見だけに基づいて診断されていることが多く、実は風疹なのに麻疹と診断されていることもあるかもしれません(逆もまたしかりです)。

罹ったという記録がある方は確認のために抗体検査をすることをお勧めいたします。

もしご自身のワクチン接種状況が分からなかった場合、あるいはワクチン接種が不十分だった場合は合計2回となるようにワクチン接種をしましょう。

ワクチンは、もちろん自分のために打つものではありますが、それだけに留まらず、周りに暮らす人たちのためでもあるということです。

ワクチンは自分自身を守るためだけでなく、家族や周囲の人を守る「集団免疫 Herd Immunity」の効果もあります。

自分のためだけでなく、自分の家族や大事な人を守るためにもご自身の麻疹の免疫について今一度確認しましょう。

集団免疫の効果 Wikipediaの画像を筆者翻訳
集団免疫の効果 Wikipediaの画像を筆者翻訳

感染症専門医

感染症専門医。国立国際医療研究センターを経て、2021年7月より大阪大学医学部 感染制御学 教授。大阪大学医学部附属病院 感染制御部 部長。感染症全般を専門とするが、特に新興感染症や新型コロナウイルス感染症に関連した臨床・研究に携わっている。YouTubeチャンネル「くつ王サイダー」配信中。 ※記事は個人としての発信であり、組織の意見を代表するものではありません。本ブログに関する問い合わせ先:kutsuna@hp-infect.med.osaka-u.ac.jp

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