土地の持つポテンシャルを衛星データ解析で高める。S-Booster発の衛星データ解析企業「天地人」
「宇宙ビッグデータでおいしいお米を育てる」「アスパラガスがよく育つビニールハウス」そんな、土地の持つ力を最大限に引き出す活用の土台を築く衛星データ解析スタートアップがあります。宇宙ビジネスコンテストS-Boosterで特別審査員賞とANAホールディングス賞とJAL賞の3つを同時に受賞した「天地人」の代表、櫻庭康人さんに、地球観測衛星のデータを活かしたビジネスについてうかがいました。
――2018年のS-Boosterトリプル受賞をきっかけにJAXAのエンジニアも参加されて設立されたのが「天地人」ですね。
櫻庭:2017年のS-Booster募集より前に、JAXAの知り合いから「宇宙と地上のデータを組み合わせて面白いことができないかな?」と誘われたのがきっかけですね。私はもともと、農業向けのIoT地上センサーのプロダクト開発に従事していたので、農業と宇宙を組み合わせようと、アイディアを出しあいながらメンバーを募りました。2017年は、「海の上で農業」というテーマでファイナリストに残ったのですが受賞にはいたりませんでした。そこでアイディア出しを続けて、2年目の2018年に「宇宙から見つけるポテンシャル名産地」のテーマで、今度はトリプル受賞することができました。
――トリプル受賞ということでメンバーも大変盛り上がったのではないですか。
櫻庭:受賞によってメディアに名前が出たことがきっかけになり、初めての相手と話すときにも天地人を知ってもらえていました。これをきっかけに、2019年5月に5名のメンバーと衛星データと地上データ、人のノウハウをAIでつなぐ天地人を設立しました。衛星データとはどんなものなのか、まだあまり知られていない部分がありますが、温暖化が進む中で生まれる課題を、データ分析やモニタリングによって農業から建設、不動産までさまざまな課題を解決し、土地のポテンシャルをもっと活用できるよう支援することが目標です。現在はメンバーも33名まで増えています。
――天地人はJAXA発ベンチャーですが、JAXAと協働することによるメリットはどのようなものでしょうか?
櫻庭:JAXAとコラボするメリットは、日ごろから衛星データを提供し分析している人たちとの関係の中で知見を深められるという点があります。課題に対して一緒に解決方法をさぐり、これまでにないソリューションを開発していくことができます。
――開発された「天地人コンパス」とは具体的にどのようなものですか?
櫻庭:天地人コンパスは、高精度・高分解能な地球観測衛星データを活用し、土地のポテンシャルを最大限に活かすための分析・評価サービスです。農業生産においては、「ポテンシャル名産地の発掘」をスローガンとしており、既に持っている農地で従来の作物を作るのではなく、「この作物を作るならどこが最適か?ここの土地で作るならどの品種が最適か?」の問いに答えます。
作物には、それぞれ年間を通じて最適な雨量、温度、日射量、さらにはそれらの組み合わせによる病害虫のリスクが存在します。土地ポテンシャル・リスクを天地人コンパスで可視化することで、大規模事業者の経営支援や、休耕地・耕作放棄地の価値見直しを図る新たなソリューションとしてサービス提供しています。
水田の分析に利用する衛星データ一部を用いて作成した簡易グラフ(分析方法非公開)
地表面温度(昼・夜)の2018年1月から2019年12月の月平均と降水量
上記と同時期の月毎の1時間あたりの平均が記されている。
――当初、農業分野での事業を手がけられていましたが、どんな事例がありますか?
櫻庭:最近の例ですと、内閣府の「2020年度課題解決に向けた先進的な衛星リモートセンシングデータ利用モデル実証プロジェクト」事業に採択された、ビニールハウス内部の日照量を評価するプロジェクトがあります。農家がビニールハウスを建てて栽培を始めようという場合、まだまだ「土地が空いている」「トマト栽培で収益が見込める」ということからの導入が多く、気候条件やビニールハウスの建て方といったデータ分析の部分はあまり考慮されていないのです。
「ビニールハウス」という言葉から室内のイメージがあるので、衛星データの利用はあまり考えられていなかったのですが、実際は透過率や容積を理解することで作物への影響を測ることができます。データを分析し、モデルを確立して「ここにビニールハウスを建てるとこの程度の収量が見込める」というデータにつながるのです。これによりコスト感がわかりますし、台風など災害の情報なども加味すると、骨組みの強度の情報にも繋げられるわけです。現在、園芸設備開発の株式会社誠和さんと、明治大学農学部 元木悟准教授の研究室のみなさんと共にデータを応用したアスパラガスの栽培実証を進めています。
また起業のときから「宇宙米を作りたい」と言っていたのですが、実際に米穀販売起業の株式会社神明さん、農業ベンチャーの株式会社笑農和さんの賛同で「宇宙ビッグデータ米」を栽培するプロジェクトを始めています。
水稲というのは気候の影響が大きく、夏場に気温が40度を超えると高温障害が出てしまいます。衛星データで見ると地表面温度が45度以上になっていることもあります。ですが、実証地の富山県では高齢化で農家が引退したあとの広大な面積の農地を若手が引き継いでいて、それを1軒の農家さんで見ているため、とても回りきれないのですね。ところが、データを元に稲作の工程の中で一番時間と労力を使う「水管理」を効率的にすることで、温暖化の中でも収量を守っておいしいお米が栽培できるわけです。
――衛星データは、水田の水管理にどのようにつながってくるのでしょうか? IoT機器やドローン活用に比べて、衛星データを利用するメリットは?
櫻庭:農業にIoT機器を利用するケースも増えていますが、IoTセンサーは水温を見ているため情報がピンポイントになりやすいという制限がありますね。また植生の情報を調べるならば高解像度のドローンは強いのですが、免許を持った人が2人ついていないと飛ばせないという制約があります。また最近は、ドローン撮影をしていると近隣の農家さんに「勝手に撮っている」と叱られてしまうこともあって、課題になっています。衛星の良さはその課題をクリアできます。水田の面積が広い場合には、広域を一度に観測できるというメリットもあります。
現在力を入れているのは、高温障害対策となる水の管理の手法です。例えば2020年8月15日のお盆のころには、地表面温度が40度を越えており、夜も暑かったです。高温障害が起きるのはどのような条件なのか衛星データでパターンを出し、水の管理によって回避できないか開発を進めています。
栽培を担当する笑農和さんによると、「水は冷えていても、その下の水田の土は熱いまま」ということがあるそうです。そうした条件のときにどのタイミングで水を入れ替えると最も効率的なのか仮説を立てて検証し、データを分析した圃場(農産物を育てる場所)と、していない従来の栽培方法の圃場を分けることにより、データ分析がおいしいお米につなげられるのか、実際に収穫して食味や収量も検証したいと思っています。ちゃんと「おいしい」といえる米が作れるよう、自分たちでも厳しく検証したいと思っています。
今年、最初のお米を神明さんの直営店で販売する予定ですが、将来は宇宙ビッグデータ米という言葉をブランディングにも活用し、米農家が儲かるようにもしたい。まだ栽培は小規模ですが、パッケージデザイン等のブランディングを進めているところです。今年はデータ取りの年、来年は展開の年として、この圃場ではどういった栽培が適しているのか? を検証できる手法を確立して「おいしい」栽培方法を富山県以外にも展開していきたいですね。
――国内で「衛星データを利用したい」という機運は高まっていますか? そうした要望を持つ企業さんは多いのでしょうか?
櫻庭:実際には、さまざまな企業や現場では「衛星データといわれても?」ということがまだまだあります。多くの人が想像しているのはグーグルマップですから、「衛星データ=写真」というイメージです。そこで、衛星は温度を測ることもできますよ、というところから説明をする必要があり、1時間の打ち合わせがビジネスではなく基礎的なことを説明して終わったりすることもよくあります。衛星データを活用できれば世の中でできることが増えるわけですから、どうにかそこをこじ開けて理解を進めたいですね。
広域の土地を活用するための課題分析というのは、日本ではまだあまりされていないように思います。JAXAでも研究はされていたものの、ビジネス展開にはまだ至っていません。たとえば不動産の場合でも、土地によって日射量や温度など温暖化の影響があるわけですが、建物は声を出せないですから、データでしっかり分析して可視化していく必要があります。
ポテンシャルを活かせていない土地というと耕作放棄地がありますが、実際に日本にどの程度の面積の耕作放棄地があるのか誰もまだわかっていない。自治体ごとに300人といった人力を投入して、足で探しているような状況です。そこで、国土交通省の基礎的なデータを見て、「ここは水田」とわかっている土地を衛星で見てみると、草ぼうぼうで稲作はされていそうもない、となれば耕作放棄地の可能性が推定できますね。衛星と複数のデータを組み合わせて分析すれば、ある程度の確度で見つけられる。これが我々のビジネスの土台になっています。ちなみに空き家も同じロジックで探せます。最終的に人が確認する作業はありますが、格段に効率がよいです。
――衛星データの活用は日本国内だけでなく海外でも活用できるものだと思いますが、海外展開は考えていらっしゃるのでしょうか?
櫻庭:海外のスタートアップの中には、衛星を打ち上げたばかりでマーケットを意識しておらず、どこがどういった情報を欲しがっているのか知りたい、という企業があります。そうしたところと積極的にやり取りし、場合によっては「このようなデータがほしい」とリクエストを出すと、ハード開発側にフィードバックできてよい関係を築くことができます。
また、最近では宇宙技術やデータを利用して産業や社会、環境問題など地球規模の課題を解決するグローバルなプログラム「Gravity Challenge」にも挑戦しています。私たちは「土壌を保護し、荒廃した土地を再生したい」という課題でフェーズ2に進出したところです。エアバスやAWSなども参加していて、世界中の課題にどういった手法でどのようなアプローチができるか、ということを競い合うのはとても刺激になります。最終的には事業になるはずですが、今はまだチャレンジして生き残るのに必死ですね。
――今後の目標は?
櫻庭:今後3年をめどに衛星データサービスのマーケットシェアを獲得してくことです。海外にはライバルのスタートアップがたくさんいて、農業はオランダが強いなど課題に対してピンポイントでとがった、高い技術レベルを持っています。我々は色々なデータを扱えることに加え、特に農業、気象系が強いという特徴についても業界別に、はっきり打ち出していく必要があります。
今後、民間の衛星開発がもっともっと育って、データの利用頻度が進むとよいですし、自分たちが頑張るところでもあります。お客さんと話すと宇宙産業への理解度はまだまだ足りないと感じますが、市場には100兆円のポテンシャルがあります。日本国内で理解が広がると、マーケット利用ビジネスがぐっと大きくなっていくと思います。
※本記事は宇宙ビジネス情報ポータルサイトS-NET『土地の持つポテンシャルを衛星データ解析で高める。S-Booster発の衛星データ解析企業「天地人」 株式会社天地人 櫻庭 康人』」に掲載されたものです。