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英ニュース週刊誌「エコノミスト」とはどんな雑誌? (上)

小林恭子ジャーナリスト
英「エコノミスト」のウェブサイトより

デジタルメディアの動きを記録するブログ「メディアパブ」で、書き手の田中善一郎さんが英ニュース週刊誌「エコノミスト」のデジタル版が好調というエントリーを書いている。英エコノミスト誌のデジタル版、グローバル市場で順調に離陸

「先進国の伝統雑誌は、プリント版の読者離れと広告売上減が進み、苦戦を強いられている。その逆風の中にあって、英エコノミスト(The Economist)が善戦している」という。「多くの雑誌ではプリント版の落ち込みを補えていないのが現状」だが、エコノミストは、「プリント版の販売部数の落ち込み分以上に、デジタル版の販売部数を増やしてきている」。

以前にも何度か、エコノミストとはどんな雑誌か、何故人気があるのかについて書いてきたが、今回、改めてその背景をご参考のために記してみたい。以下は月刊雑誌「Journalism」2011年12月号掲載分の筆者記事に最新情報を補足したものである。

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英ニュース週刊誌「エコノミスト」とは

国際政治、経済、社会動向の最新情報を分析・解説する、英国のニュース週刊誌「エコノミスト」。世界で約160万部(デジタル版約10万部を含む)を販売する。

エコノミスト・グループの2013年3月末決算の報告書によると、営業利益は前年度0.3%増の6750万ポンド(約102億6100万円)、収入は4%減の約3億4600万ポンド。ちなみに、その内訳は約1億4000万ポンドが購読料金(紙版、及びデジタル版、全体の約50%)、約1億500万ポンド(約30%)が広告収入、スポンサーシップが約2600万ポンド(約7・5%)、そのほかが約4100万ポンド(約11%)だ。

デジタル収入は前年比で13%増だ。グループ全体の収入の39%がデジタルから由来する。

ウェブサイトに掲載されたマーケティング情報によれば、昨年上半期の紙媒体のエコノミストの平均発行部数は約146万部。前年同期比よりも1・5%の減少だ。

しかし、これを補うのがデジタル版からの収入だ。デジタル版の取締役スーザン・クラーク氏によれば(年次報告所内)、購読者を増やすために無料で読める記事の分量を減らしたことで、デジタル版のみの収入が前年比で53%増加したという。広告収入では、デジタル広告は67%増であった。

昨年11月時点での「Economist.com」(ウェブサイト)のユニークユーザー数は970万人。このうちの21%は携帯機器からのアクセスである。

今後も、デジタル版に力を入れる戦略が予想される。

米英の知識層の間で、読んでいるかあるいは少なくともその存在を知っていることが常識とされるのが英経済紙フィナンシャル・タイムズやエコノミスト。

一体、エコノミストとはどんな雑誌なのだろう?

―1843年創刊の穀物法反対運動の落し子

週刊誌「エコノミスト」の創刊は1843年である。帽子製造を営んでいたスコットランド人、ジェームズ・ウィルソンが38歳で立ち上げた。

ウィルソンは経済における自由放任主義「レッセフェール」を信奉し、1830年代後半、大きな政治問題になっていた「穀物法」廃止運動の主要論客の1人となった。

穀物法とは、国内の穀物価格がかなり高くなるまで、外国からの穀物輸入を禁止するもので、価格の高値維持を狙う法律だ。1815年、ナポレオン戦争が終了し、欧州大陸から安い穀物が流入することをおそれて導入された。

当時、国会議員の大部分は地主貴族で、生産する穀物の値段が高止まりするのは自分たちにとっては都合が良かった。しかし、穀物価格が上がれば賃金が上がると見た産業資本家層がこれに反対し、パンが安値で買えなくなると懸念した労働者層も反対に動いた。穀物法問題は階級間の争いという様相を呈し、議論が百出した。

ウィルソンはこのとき、統計や史実をふんだんに使って、何故穀物法が廃止されるべきかを論理的に説明した長文パンフレットを発行した。自分が所属する階級の利益にとらわれた主張をする人がほとんどの中で、事実を元にして書かかれたウィルソンのパンフレットは高い評価を受けた。

穀物法について一躍論客となったウィルソンは、その後、新聞各紙に論説記事を寄稿するようなるが、編集者の手によって記事が縮小されたり、掲載が延期されるという憂き目にあった。

そこで、自分の手で新聞を発行しようと思い立ち、1843年8月、「ザ・エコノミスト、または政治、商業、自由貿易のジャーナル」を1部6ペンスで創刊した。

当時、ウィルソンは「エコノミスト」という言葉に、「全ての議論、原理を事実に照らし合わせることによって問題を立ち向かう人」という意味を込めていたという(“The Pursuit of Reason: The Economist 1843-1993” by Ruth Dudley Edwards)。なお、穀物法が廃止されたのは、創刊から約3年後の1846年である。

「エコノミスト」の当初の平均部数は2000部弱(「エコノミスト」のウェブサイトより)であった。1870年代頃まで、発行部数は4000部から3000部を維持し、少数のエリート層による購読の時代が続いた。1万部に達したのは1938年である。このとき、購読者の半分は英国外にいた。

10万部の達成は1970年。『陽はまた上る』など、日本に関する数々の著作でも知られているビル・エモットが編集長となった90年代前半、部数は50万部に伸び、収入の80%が海外での販売によるものとなった。

2012年上半期、全世界で発行されている部数は約146万部(紙媒体)。そのうち、英国内の購読者は約14%(約21万部)。購読者の比率は北米が最も高い(約57%、約84万部)。次が英国を含む欧州(約30%、約44万5000部)。英国を除いた欧州では約16%、約23万4800部となる。

―何故週刊誌なのに「新聞」と呼ぶのか?

「エコノミスト」のウェブサイトから、自己定義や統治体系を見てみた。

「エコノミスト」とは「国際的なニュース、政治、ビジネス、金融、科学、テクノロジー」などについての、「信頼できる洞察や論説を提供する」出版物とある。

週に一回発行の雑誌だが、「ニューズペーパー」(新聞)と呼んでいる。それはその週の主なニュースを掲載し、毎週木曜日、世界の複数の場所で印刷され、翌日あるいは翌々日には読者の手元に届く発行物という点で、刊行頻度は日刊紙とは異なるものの、その役割や内容は新聞と同様の媒体と考えているからである。

―記事に書き手の署名が入らない

署名記事が原則の英国にあって、「エコノミスト」はその記事が全て匿名であることも特色の1つだ。これは「書いている内容のほうが、誰が書いたかよりも重要」という考えによるもの。活発な議論が交わされる編集会議には記者全員が出席でき、個々の記事の執筆には記者がお互いに協力し合い、「1つの声」として発信している。

エコノミスト・グループの従業員は約1300人だが、記者の数は約90人で、30余人が特派員として世界各地に駐在している。普段は表に出ない記者陣のプロフィールはウェブサイトの「メディア・ディレクトリー」に詳細が記されている。

「エコノミスト」の株式は創刊以来、ウィルソン家が保有してきたが、1928年からは全株の半分を、英メディア複合大手ピアソン社の子会社「フィナンシャル・タイムズ」が所有している。株式は上場しておらず、残りの株は従業員や投資家(キャドベリー、ロスチャイルド、シュローダーなど)が持つ。一部の株は4人の評議員(トラスティー)たちが保有し、特定の投資家や企業が株の過半数を所有しないよう工夫がされている。

編集権の独立を保障するのは評議員たちだ。エコノミスト・グループの会長職や「エコノミスト」の編集長を決める権利を持ち、株の譲渡も評議委員会の承認なしには決定できない仕組みとなっている。

―急進的保守派の論調、読者は年収1300万円、平均47歳

「エコノミスト」の創始者ウィルソンは、自由貿易、国際主義、政府の干渉を極力避ける、市場の力を信奉など、19世紀の典型的な自由主義的考えの持ち主だった。現在の「エコノミスト」もこの流れを汲んでいる。

政治的には「急進的保守派」(1950年代のある編集長の表現)で、過去を振り返ると、レーガン前米大統領(共和党)やサッチャー前英首相(保守党)を支持した。ベトナム戦争では米国を支持。その一方で、ウィルソン前英首相(労働党)やクリントン前米大統領(民主党)の政権取得を支持した。古くは刑法改正、非植民地化を提唱し、銃規制や同性愛者同士の結婚など、様々な自由化政策を支持した。

文章は「平易であること」をモットーとしている。名物編集長の1人ウオルター・バジョット(編集長在職1861-1877年)は、「日常的に人と会話をしているように」書くことを記者に勧めたという。しかし、ユーモアやウィットを随所に利かせた癖のある文章は、ストレートなニュース報道とは異なり、必ずしもわかりやすいわけではない。

こんな「エコノミスト」の読者は世界平均で87%が男性だ。平均年間所得は17万5000ドル(約1300万円)、年齢の中心は47歳という。

「エコノミスト」の読者といえば、エリート層、しかもやや高齢(例えば政治家や企業の経営陣など)というイメージがあるが、こうしたイメージをほぼ踏襲する結果となっている。

ネット版「エコノミスト」の読者層(全員が購読者とは限らない)はどうだろうか。

所得、年齢をみると、幅が広くなる。利用者の3割は日本円に換算すれば年収約370万円以下で、年収約800万円までの人を入れると、70%近くにもなる。また、34歳以下の若者層が6割を占め、45歳以上は2割ほど。つまり、ネットで同誌の記事を読んでいる人は、いわば「普通の人」だ。

将来の購読者を獲得し、言論の広がりを加速させるには、広範囲な読者が生息する場所、すなわちウェブサイト、あるいは携帯電話やそのほかの電子端末で提供するコンテンツの拡充が重要な鍵を握ることになる。(「下」につづく)

ジャーナリスト

英国を中心に欧州各国の社会・経済・政治事情を執筆。最新刊『なぜBBCだけが伝えられるのか 民意、戦争、王室からジャニーズまで』(光文社新書)、既刊中公新書ラクレ『英国公文書の世界史 -一次資料の宝石箱』。本連載「英国メディアを読み解く」(「英国ニュースダイジェスト」)、「欧州事情」(「メディア展望」)、「最新メディア事情」(「GALAC])ほか多数。著書『フィナンシャル・タイムズの実力』(洋泉社)、『英国メディア史』(中央公論新社)、『日本人が知らないウィキリークス』(洋泉社)、共訳書『チャーチル・ファクター』(プレジデント社)。

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