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原発問題の解決の前提は原発を「自分ごと化」すること~「自分ごと化会議in松江」

伊藤伸構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与
無作為に選ばれた参加者と事務局の集合写真(実行委員会撮影)

原発推進派も脱原発派も、自分たちの主張だけではみんなが納得する解決策を作れない

8年前に起きた東日本大震災は、地震や津波による甚大な被害とともに、原発事故によって多数の避難生活者を出し、何よりも原発への不安を一気に増長させ、原発の「安全神話」が崩壊することとなった。

あれから8年。原発についての議論は今でも続く。

政府は、2018年7月に「第5次エネルギー基本計画」を閣議決定し、そこには、2030年度に原子力発電の割合を22~20%程度とすることが盛り込まれている。他方、原発をなくすべきという意見も2011年以降、根強い。一般財団法人「原子力文化財団」が2017年に行った「原子力に関する世論調査」では、「今後日本は、原子力発電をどのように利用していけばよいと思いますか」の問いに、「徐々に廃止していくべきだ」と「即時廃止すべきだ」を合わせると6割を超えるなど、原発への不信・不安は低下していない(変わっていない)と言える。

この8年間、原発に関しての表立った議論は、原発推進派もしくは脱原発派によるものがほとんどだったと思う。すべての国民の考えがどちらかに選別されるわけではなく、その中間にある人や、判断のつかない人、そもそもあまり考えたことのない人など、原発推進派もしくは脱原発派以外の人の方が圧倒的に多いだろう。また、原発推進の人も脱原発の人も自分たちだけで集まり、自分たちの主張を繰り返すだけで、双方が交わることはほぼない。それで、解決策が導き出されるのであれば良いが、少なくともこの8年間は良い解決策が出されてはいない。逆に感情的な対立が際立っているとすら思える。

膠着状態にある原子力政策に対しての市民発の画期的な試み

そのような閉塞感を打破して、「みんなで」原発のことを建設的、前向きに考えようという試みが松江で行われた。「自分ごと化会議in松江」と題した会議だ。この会議は、選挙人名簿から無作為に選ばれた松江市民が「原発」をテーマに話し合うもので、私が所属する「構想日本」が行っている「住民協議会」※の手法を活用している。

チラシも住民グループの手作り
チラシも住民グループの手作り

「自分ごと化会議in松江」の大きな特徴は2つある。

一つは、主催が住民グループであること。

構想日本ではこれまで、類似の取組みを120回以上行ってきたが、それらの主催はすべて行政か議会(会派含む)だった。今回は、行政でも議会でもなく、全国で初めて住民グループが主催をした。これは、行政や政治に頼らずに「自分たち」でまちのことを考える場作りが可能になるという意味において、「住民自治」の最先端と言えるのではないだろうか。

住民が無作為の手法を活用するのは、実はかなり大変だ。今回は、選挙管理委員会へ行って選挙人名簿を閲覧し、約15万人の有権者名簿から手作業で75人おきに約2000人を「転記」し案内を送付(選挙人名簿はコピー禁止)。その中から応募のあった21名と、協力団体である島根大学の学生5名の計26名が「会議参加者」となった。

もう一つの特徴が、「原発」をテーマにしていること。

松江市は全国で唯一、県庁所在地に原子力発電所(島根原発)を持つ市である。ただし、この会議は島根原発の稼働(再稼働)の是非や原発自体の賛否を決めることが目的ではない。原発について何を考えなければならないのか、原発をどうすれば自分ごととして捉えられるかを考えることが目的だ。

この会議は全4回開催した。私はすべての回のコーディネーターを務めた。

初回はまず、リスクマネジメントが専門の谷口武俊さん(東京大学政策ビジョン研究センター教授)を招いて原発を考えるための必要な視点を話してもらい、その後、中国電力など賛成、反対の活動をしている人からの問題提起をしてもらった。

第1回活動報告

第1回の動画(講演等)

第2回は、自分の生活と原発やエネルギーを考えながら自分たちが考えなければいけない論点を出し合う。主に、「電力と地域経済」「核のゴミの最終処分、廃棄物の問題」「再生可能エネルギーのリスク」「40~50年後のビジョンを作る」という4つの論点が出された。

第2回活動報告

コーディネーターがホワイトボードに論点を書きながら議論を進める(実行委員会撮影)
コーディネーターがホワイトボードに論点を書きながら議論を進める(実行委員会撮影)

第3回は、第2回の議論も踏まえ、目線を少し上げて40年、50年先の自分たちのくらしを想像しながら、そのくらし方とエネルギーの関わりを考える。第3回の開催前には、中国電力の計らいで島根原発の内部、特に原子炉を特別に見学させてもらったりもした。

第3回活動報告

最終の第4回は、前3回の議論をもとに実行委員会事務局(構想日本もその一部)で作成した「自分ごと化会議in松江の9つの提案~原発を自分ごと化する~」と題した提案書について、集約に向けた議論。

第4回活動報告

シナリオなし! 無作為に選ばれた市民との本音の議論

各回終了後に、記者や傍聴者から「落としどころはどこですか?」「論点はどのように流れていくのですか?」と聞かれたが、この会議には、シナリオも落としどころも一切ない。すべて、参加する住民の発言から論点が生まれ議論が発展していく(これは他の住民協議会でもすべて同じ)。

シナリオのない議論だからこそ、率直で本質的な議論が出てくるのだと思う。

「松江市の江戸時代末期の一大産業は鯨の油を取る仕事だった。しかし、今の松江市には鯨の油を取る産業はないが、その影響で失業している人もいない。時代によって産業が変わっていくのは当たり前のことではないか。そうしたことも含めて、これからどう進むべきかを考えることが大事。」

「中国電力対市民(私たち)ではない。みんなで一緒に考えたい」

「50年前はよく停電していた。パッと急に電気が消えて、子どもの頃はそれが楽しかった。不自由だったけど不幸ではなかった。50年後も停電しても大丈夫ではないか。『電気が足りないから不幸だ』とはならないと思う。」

毎回、前向きな発言がどんどん飛び出す。そして、他を否定するような発言は一つとしてなかった。全員がまさに「自分ごと」として考え、悩み、心が揺れながらの発言だからこそ率直で本質なのだと思う。

毎回多数の傍聴。「ヤジ」は一切なかった(実行委員会撮影)
毎回多数の傍聴。「ヤジ」は一切なかった(実行委員会撮影)

これは、当事者である私の色眼鏡というわけではない。毎回、傍聴者が50~100人程度いた(類似の会議から比較すると群を抜いて多い)。原発に対して賛成、反対の明確な考えを持っている人も傍聴者の中には多かったと思うが、傍聴者アンケートでは、私が想像した以上に満足度が高く出ていた。

以下は傍聴者アンケートに書かれていたコメントを一部抜粋したもの。

●マスコミで聴く内容以外の話が聞けた。賛成、反対の二項対立でない会議の場がよかった。

●「市民がすごい!」この力を生かした社会づくりに繋がりますように。

●「安心して話せる場づくり」がとても大切ですね。このスタイルが色んな場で定着すると嬉しいです。

●このような場が現実に可能だとは、思わなかった。参加者がきちんと集まっただけで、驚きで、民主主義の可能性を感じた。

●自分ごと化は学びに向かう!対話の深まりに向かう、すごい!

●自分自身も会議に参加したような気持になり、自分のこととして考えられました。

●1人ひとりが大切にされている空間だった。

●自由な発想のもとになんでもありの会議は素晴らしいです。だれが正しいかではなくて、どうしたら幸せと感じる生活ができるかを考えるのは、まさに私自身の望むところです。

●多様な立場の人の意見が出る。声を出していないだけで、考えていることはたくさんあることが可視化されてすごい。

●隠れた光をどんどん見出してください。

「何をすべきか」ではなく「自分はどうありたいか」

私はコーディネーターを務めるにあたり、「何をすべきか」ではなく「自分はどうありたいか」の視点、生活実感から議論することを考えた。「何をすべきか」の議論をするのであれば、専門家が集まる方が答えは出るかもしれない。しかし、「どうありたいか」の議論は専門家ではできない。そこに暮らす人にしかできないのだ。

そして、原発は科学でも答えることのできない問題があることを、第1回で基調講演をしていただいた谷口武俊さんが教えてくれた。だからこそ、自分たちはどう生きたいか、どうありたいかの視点こそが大切なのではないだろうか。

「9つの提案」など第4回の配布資料一覧(実行委員会撮影)
「9つの提案」など第4回の配布資料一覧(実行委員会撮影)

近日中に、9つの提案がまとまる。まとめるプロセスは困難をきわめた。話す言葉には感情がとても表れていたとしても、紙に書くとそれが見えず丸くなってしまう人が多い。だから、参加者に書いてもらった「改善提案シート」のほかに、議事録や私自身の記憶から、書いた人の文字の背景に思いを巡らせて趣旨が変わらないように文字を付け加える。ただし、付け加えるけれども原文の「におい」を消さないことを心掛けた。いわゆる「有識者」ではない住民が生活目線で考えた言葉の「におい」には説得力があると感じている。

「自分ごと化会議」が進むにつれて参加者の皆さんの表情が明らかに変化していった。初回は皆さん硬く「とんでもないところに来てしまったかな」と思っていたかもしれない。しかし、回が進むにつれて、「自分でも原発のことを考えられるんだ」という意識になってきたように思う。現に、会議の開かれた4か月の間で、図書館に行って原発の本を読み漁るようになった人、大学の勉強会に出席した人、疑問に思ったことを電力会社に電話して確認した人など、意識に留まらず行動にも変化が数多く見られた。

さらに、第4回終了後には「これで終わるのが寂しくて帰りたくない」「『自分ごと化会議ロス』になりそう」など、運営側として、これほどうれしいことはないという言葉を次々と聞くことができた。

「大家族での話し合いのようで楽しかった」とのコメントも(実行委員会撮影)
「大家族での話し合いのようで楽しかった」とのコメントも(実行委員会撮影)

会議が終わった後に掛けられた傍聴者お二方の言葉が忘れられない。

一人は、原発推進の立場の方。

「これほど傍聴者が静かに、そしてしっかりと聞いてくれる原発関連の会議はほとんど見たことがない」

もう一人は脱原発の活動をされている方。

「賛成の人も含めたみんなの考えを聞くことの大切さを学びました。ありがとうございました」

福島第一原発事故以降、全国の原発立地地域で稼働や再稼働についての議論がされているが、うまく進んでいるところは多くないと聞く。この会議が終わっても原発について結論が出るわけではない。しかし、結論を出すための視点や心構え、何より原発に対して当事者意識を持つことができる。このような状態になった人たちならば、しっかりと情報がさらけ出されたうえでの結論であれば「納得感」を持つであろう。付け加えれば、このような人たちで議論して出た「答え」は、自ずと良い方向に行くというのが私の考えだ。

原発に限らずだが、あらゆる課題を「みんなで」考えるプロセスをこれから全国に広げていきたい。

※「住民協議会」とは、無作為に選ばれた住民と一緒に様々な行政テーマについて複数回にわたって議論し一定のとりまとめを行うもの。無作為抽出の手法を使うことによって、これまで行政とは関わりのなかった住民が参加し、行政への意識や理解度が格段に上がっていることがこれまでの調査でわかっている。

構想日本総括ディレクター/デジタル庁参与

1978年北海道生まれ。同志社大学法学部卒。国会議員秘書を経て、05年4月より構想日本政策スタッフ。08年7月より政策担当ディレクター。09年10月、内閣府行政刷新会議事務局参事官(任期付の常勤国家公務員)。行政刷新会議事務局のとりまとめや行政改革全般、事業仕分けのコーディネーター等を担当。13年2月、内閣府を退職し構想日本に帰任(総括ディレクター)。2020年10月から内閣府政策参与。2021年9月までは河野太郎大臣のサポート役として、ワクチン接種、規制改革、行政改革を担当。2022年10月からデジタル庁参与となり、再び河野太郎大臣のサポート役に就任。法政大学大学院非常勤講師兼務。

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