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ローマ大会、現地リポート:世界1位に敗れるもファンの心をつかんだ錦織 

内田暁フリーランスライター

●錦織圭 3-6,6-3,1-6 N・ジョコビッチ○

その時、ベンチに座り観客席を眺めるジョコビッチの表情は、困惑しているように見えました。

第1セットをジョコビッチが6-3で奪って迎えた第2セット、錦織が第6ゲームをブレークし5-2とリードした後のチェンジオーバー。スタジアムを埋める観客は、錦織が叩き込むフォアの一打一打に感嘆の声をもらし、ポイントが決まった瞬間には、空気が震えるほどの大歓声でそのプレーを称賛したのです。

ローマは、ジョコビッチにとって“ホーム”なはずでした。昨年の優勝者であり、イタリア語も流暢に操るセルビア人は、この大会では圧倒的な人気を誇ります。現にこの日の試合でも、トンネルをくぐりコートに入ってきた時は、錦織の倍ほどの声援で迎えられました。

ところが今、自分を愛しているはずの観客たちの声援は、錦織がウイナーを決めるたび剥ぎ取られるように、相手に奪われていくのです。その後も完全にスイッチの入った錦織は、コートを縦横に駆けポイントを重ねます。第2セットのセットポイント、叩き込んだサービスを打ち返す打球がラインを越えて行くと、錦織は「イヤー!!」とこの日最大の声をあげました。

流れを掌握していたのは、そしてファンの心をつかんでいたのも、錦織です。第3セット最初のジョコビッチのサービスゲームでも、デュースにまで持ち込みました。

しかし、それまでコートを吹き抜ける強風とミスの多い自身にも苛立ちを見せていた世界1位は、冷静に自分に言い聞かせたと言います。

「もっと攻撃的に行かなくてはダメだ。第2セットは、あまりに後ろに下がりすぎていた。リズムを変え、もっと高く弾むボールも使っていこう」

このゲームはジョコビッチがキープし、ゲームカウント2-1からの錦織のサービスゲーム。「ここが勝負どころだ」と踏んだ世界1位は、集中力のレベルを一段引き上げます。長いラリーの末に、ネット際に落とした絶妙なドロップショット。ラインを越えていくかと思いきや、急降下しライン際を捕らえるフォアのストローク。ブレークポイントで錦織のフォアがネットに掛かると、錦織はラケットを地面に叩きつけ、ジョコビッチは両手を振って観客の声援を呼びこみました。

そしてこのゲームが、この試合最後のターニングポイントとなります。ジョコビッチの動きは軽快さを増し、「攻め急いでしまった」錦織はミスが増えていきます。スコアが離れていくにつれ、錦織に向けられた期待の声は次第に、王者への賛辞へと移り変わっていきました。

「彼のミスが減ったのがプレッシャーになった。自分のアンフォーストエラーが増えたが、それは彼がレベルを上げたのも理由。2セット目のようなプレーが続けられれば良かったが、そう簡単にも行かない」

試合後、錦織はそう振り返ります。

現在の状態に関しては「バルセロナが終わってから、マドリードとローマでもイマイチまだしっくり来ていないところがあって…。連戦の疲れもあって、いつも100点の状況にはなかなか行けませんでした」と、悔しさをにじませます。

同時に、「サービスはかなり良くなっている。自分が主導権を握って攻めている時は、心地よく重いボールが打てて足も動き、良いプレーができているのは感じている」と、ポジティブな要素も持ちかえった様子です。

「今年は初めて良い形でフレンチに入れるので、まずは身体を休ませ、直さなくてはいけないところもたくさんあるので、しっかり準備していきたいです」

持ち帰った好材料は悔しさを糧として、初夏のパリで開花することでしょう。

※テニス専門誌『スマッシュ』facebookからの転載。連日レポートを掲載しています

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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