「もうガマンの限界」性上納と腐敗で北朝鮮軍内に危ない空気
先月開かれた朝鮮労働党第8回大会の結語で、金正恩総書記は次のように述べた。
「全党的、全国家的、全人民的に強力な教育と規律を先行させて、社会生活の各分野で現れているあらゆる反社会主義的・非社会主義的傾向、権力乱用と官僚主義、不正・腐敗、税金外の負担などあらゆる犯罪行為を断固阻止し、統制しなければなりません。」
1990年代の大飢饉「苦難の行軍」以降に深刻化した北朝鮮の不正腐敗。追放キャンペーンや厳しい検閲(監査)が繰り返し行われてきたが、負け戦の連続だ。
デイリーNKの複数の内部情報筋は、首都・平壌郊外の南浦(ナムポ)に駐屯する朝鮮人民軍(北朝鮮軍)の第3軍団と、平安北道(ピョンアンブクト)の塩州(ヨムジュ)に駐屯する第8軍団で、思想統制を担当する保衛、政治軍官(将校)を対象にした検閲が今月15日までの予定で行われていると伝えた。
保衛部や政治軍官が、自らの持つ権限を金儲けの手段として悪用するケースは枚挙にいとまがない。トンジュや幹部の子息が配属されれば、朝鮮労働党への入党推薦、大学への入学推薦、表彰、除隊、人事などに介入し、ワイロを要求する。女性兵士が性上納を強いられるケースもある。
(参考記事:北朝鮮女性を苦しめる「マダラス」と呼ばれる性上納行為)
第3軍団に今月1日、保衛部、政治部を対象とした検閲を行うとした中央党(朝鮮労働党中央委員会)の緊急指示文が下された。昨年12月に始まり今年3月まで続く冬季訓練の期間中に行われた、保衛、政治軍官による暴言、暴行、ワイロなどの行為について細かく調査するとのことだ。
また、第8軍団にも同様の指示が下され、中央党の検閲組が派遣された。国の政務と人事を一手に司る中央党組織指導部の軍事部が直接行っている。
なぜ、第3軍団と第8軍団だけが検閲の対象になったのか。情報筋は「最近、軍官たちの眼下無人(傍若無人の意)な行いが日が経つにつれひどくなり、兵士たちの間に『我慢の限界だ』との空気が漂っている。不満が危険水域に達した」だと説明する。不正行為を、党と国の統制力を弱体化させる一因と見ているということだ。
党大会が終わって間もない今月、第1次定期学校推薦(大学入学の推薦)と、除隊配置事業(兵役終了後の職場割り当て)において、ワイロの要求が横行、ワイロの額が少なかった兵士に対して、担当の軍官が暴言を吐いたりする状況だったという。
1月中旬には、第3軍団直属の警備中隊で勤務する20代の兵士が、軍団の保衛部の4部長にディーゼル油をかけ、火を付けて殺そうとした事件まで起きた。部長がトンジュ(金主、新興富裕層)の子息をえこひいきしていたのが、発端となったようだ。また、理不尽な扱いに耐えかねて、自ら命を絶つ兵士もいたという。
上官の理不尽な要求が引き起こす事件は、第3、第7軍団に限ったことではない。
庶民層の兵士たちの間では「戦争さえ起きれば、実弾で、悪徳軍官を全部撃ち殺してやる」などと不満が高まっていた。
ただ、問題の根絶は決して容易ではない。当局は今回も厳罰方針を示しているが、「どうせトカゲのしっぽ切りに終わるだろう」という見方が出ている。
「中央党組織指導部の検閲と言えども、幹部たちはすべて結託していて、人間関係が少なからず働く。カネと権力を持った者はすべて逃げおおせるだろう」(情報筋)
別の軍情報筋は「軍人たちは保衛、政治軍官の不正行為を下手に告発でもすれば、むしろ彼ら(党の検閲組)が去った後に、報復されるかもしれないと懸念している」「不正行為の具体的な告発をしづらい組織文化がすでに根付いている」と指摘した。
末端にいる者が払ったワイロが上へ上へと吸い上げられ、最終的に平壌にいる高官の手中に入るという利権構造が深く根付いていて、その一部を崩しても、構造そのものが崩れるわけではない。
また、北朝鮮に住むほとんどの人は、コネや上下関係がモノを言う社会構造にがんじがらめにされている。例えば、人事権限を持つ軍官が、幹部から「うちの息子をよろしく頼む」とワイロを渡されて、断りでもすれば、別のルートを介して直属の上官から圧力をかけられたりすると言った具合だ。
似たような話は世界中に存在するが、経済難が続く中で、少ないパイを奪い合わなければならない北朝鮮ではより深刻に現れるということだ。国内で繰り広げられる泥沼の負け戦で、北朝鮮が勝利するには、国の構造を大胆に改造し、庶民も幹部もワイロに頼らなくても生きていける社会を作るしかないだろう。