Yahoo!ニュース

北朝鮮の「有力メディア関係者」が手を染める重大犯罪

高英起デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト
北朝鮮の李春姫アナウンサー(朝鮮中央テレビ)

労働新聞といえば、北朝鮮の朝鮮労働党機関紙で、数ある北朝鮮メディアの中でも最も権威のある媒体だ。党員は毎朝の「読報時間」に読むことを義務付けられ、読み終わってもきちんと回収しなければならない。金正恩総書記の「ご尊顔」が掲載されている神聖なものだからだ。

もっとも、紙質の良さから壁紙やタバコの巻紙などとしても重宝されているのだが、当局にバレたらもちろんとんでもない目に遭わされる。

(参考記事:金正恩命令をほったらかし「愛の行為」にふけった北朝鮮カップルの運命

同紙の記者は、党中央委員会(中央党)が最高学府の金日成総合大学や金亨稷(キム・ヒョンジク)師範大学の社会科学部の成績優秀者の中から、文章力、思想などが優れていると認めた超エリートだ。

しかし、最近では記事を書くことよりも、金儲けに熱心だという。米政府系のラジオ・フリー・アジア(RFA)が報じた。

「党のラッパ手として位の高かった労働新聞の記者も、今や良い記事を書くことよりも、商売ができて食べる卵(オイシいところ)の多い取材対象を探し歩く」

そう伝えたのは平壌の情報筋だ。記者として入社して2年後に記者級数試験を受けて、5級記者となっても、月給はわずか3500北朝鮮ウォン。入社から数十年経って、思想教育に大きく寄与したと認められたら1級記者となって、中央党の宣伝扇動部や最高人民会議(国会)での承認を経て「功勲記者」や「人民記者」の称号を授与される。そこまで行ってやっと、高級マンションを与えられ、中には自家用車をプレゼントされる者もいる。

その代表例として、世界的に有名な朝鮮中央テレビの李春姫(リ・チュニ)責任アナウンサーがいるが、彼女に準じるほどの待遇を受ける記者はごく少数で、ほとんどが苦しい生活を続けている。

情報筋の知人である労働新聞編集局の工業部(工業経済部)の4級記者は、入社7年目だが、未だに北朝鮮の富の象徴である「肉の入ったスープに白米」をハレの日ですら家族に食べさせられないような状況だ。記者本人への食糧配給は行われているが、家族分はないため、1人分の食糧を家族で分けて食べなければならない。

(参考記事:北朝鮮「骨と皮だけの女性兵士」が走った禁断の行為

全国を飛び回って国営工場や企業所の取材を行っているが、資材不足で稼働がストップしているところばかりで、工場を紹介する記事を書いたところで、何の便宜も図ってもらえない。

編集局の党歴史教養部と革命教養部は、工業部以上に儲からない部署として知られている。党の大会や最高人民会議で決められた内容を徹底して貫徹しようという労働者の決起集会の記事を作成するが、何も得られない。工業部記者は、工場から食事に招待されるだけまだマシなのだが、本来は党歴史教養部、革命教養部の方が地位が上のはず。肩身が狭そうにしている工業部記者のことをバカにすることで、自らを慰めているという。

社内で最も人気のある部署は農業部だ。当然のことながら「食べる卵」が多いからだ。

「農業部の記者は、協同農場の取材に行くと、農場の管理委員長や作業班長から帰りにコメ20キロやトウガラシの粉を持たせてもらえる」(情報筋)

昨年にも、幹部部(幹部の人事担当部署)と「事業」をして、農業部に異動した記者がいたとのことだ。この「事業」とは、ワイロのやり取りを意味する。

もうひとつの人気部署が大衆事業部(生活部)だ。トンジュ(金主、ニューリッチ)を取材して記事を書くと、100ドル(約1万5000円)以上の謝礼がもらえる。トンジュにとって、労働新聞に取り上げられることは、党への忠誠心が厚いとの宣伝効果があり、ビジネスがやりやすくなる。

北朝鮮では、市や郡の境界線を超えるためには、国内用パスポートの旅行証が必要だ。労働新聞の記者なら四半期ごとに自動的に旅行証が更新され、安全部(警察署)や保衛部(秘密警察)でも足止めすることはできない。

平安南道(ピョンアンナムド)の情報筋によると、そんな特権を利用して、檜倉(フェチャン)の金鉱で産出された金塊を、新義州(シニジュ)を通じて中国に密輸出している記者もいるという。個人の金の所有は厳しく禁じられ、その密輸には死刑が適用されるが、労働新聞の記者なら、誰にも止められることなく運び屋を行い、大儲けができる。

儲からなくて人気がない部署の党歴史教養部、革命教養部だが、社内での地位が高いということになっている部署のほうが、金の密輸では有利だという。文章力があり、非常に忠誠心の高い記者が選ばれるため、誰からも疑われないからだ。また、農業部の記者でも、要領の良い者は、金の密輸に手を染めているとのことだ。

「数年前まで、記者たちは党の政策を宣伝するいい記事をより多く書いて記者の級を上げて、名誉ある地位を得たり、入党したりしていたが、今では級が上がれば宣伝扇動記事ばかり書かされると言って、記事を書くことよりも金儲けに熱心だ」(情報筋)

デイリーNKジャパン編集長/ジャーナリスト

北朝鮮情報専門サイト「デイリーNKジャパン」編集長。関西大学経済学部卒業。98年から99年まで中国吉林省延辺大学に留学し、北朝鮮難民「脱北者」の現状や、北朝鮮内部情報を発信するが、北朝鮮当局の逆鱗に触れ、二度の指名手配を受ける。雑誌、週刊誌への執筆、テレビやラジオのコメンテーターも務める。主な著作に『コチェビよ、脱北の河を渡れ―中朝国境滞在記―』(新潮社)『金正恩核を持つお坊ちゃまくん、その素顔』(宝島社)『北朝鮮ポップスの世界』(共著)(花伝社)など。YouTube「高英起チャンネル」でも独自情報を発信中。

高英起の最近の記事