Yahoo!ニュース

「話にならない」苦境の元10番・香川真司が日本代表のピッチに戻る日は訪れるのか?

元川悦子スポーツジャーナリスト
2019年3月から日本代表を離れている香川真司(写真:西村尚己/アフロスポーツ)

「今の状況じゃ話にならない」 

2020年10月にスペイン2部・サラゴサとの契約が打ち切りとなり、3か月の浪人を経て、今年1月にギリシャ1部の名門・PAOKに移籍した香川真司。その彼が初の自叙伝となる「心が震えるか、否か。」(幻冬舎)の発売開始に合わせ、4月中旬、日本メディアのオンライン取材に応じた。

 自身の長いサッカーキャリアやギリシャ移籍の経緯やレベル、現在の生活など複数の質問に答える中、本人の眼光が最も鋭くなったのが、日本代表復帰を問われた時だ。

「もちろん今の状況では厳しいのは分かってます。数字、結果がついてきていない。パフォーマンスも同様で、これじゃ話にならないのは自分でも理解しています。この1年、無所属の時間もあったし、自分はそれを受け入れて戦ってきたけど、結局、時間は進んでいっている。それが評価につながってくる世界だと思ってます」と元エースナンバー10は苦境にいることを認めていた。

 そのうえで「その中でどう自分の力を証明していけるかの自信は失っていません。僕たちの世界はグラウンドの上で見せていかないといけない」と復活への強い意欲を改めて口にしたのだ。

最後に10番を背負ったのは2019年3月のボリビア戦

 とはいえ、香川が日本代表に呼ばれたのは2019年6月シリーズが最後。森保一監督率いる現体制発足以降は、2019年3月のコロンビア(日産)・ボリビア(神戸)2連戦で初招集され、ボリビア戦ではキャプテンマークを巻くなど、指揮官からも期待を寄せられていた。そもそも森保監督と香川は2007年U-20ワールドカップ(W杯=カナダ)の頃から師弟関係があり、2018年ロシアW杯でもコーチとエースとして日々、意思疎通を図っていた。ここ一番での香川の底力を誰よりもよく知っているから、あえて2年前の段階で呼び戻してチームに融合させようとしたのだろう。

 だが、満を持してスタメン出場するはずだった6月のエルサルバドル戦(宮城)をケガで棒に振ると、その試合で初キャップを飾った久保建英(ヘタフェ)ら若手が台頭。2019年9月にスタートした2022年カタールW杯アジア2次予選突入後は、森保監督もクラブで活躍している南野拓実(サウサンプトン)、鎌田大地(フランクフルト)、伊東純也(ゲンク)らを重用するようになる。

 当初、香川の後の10番だった中島翔哉(アルアイン)も絶対的主軸だったが、彼もまた当時所属のポルトで出場機会を失うにつれて代表での序列が低下。堂安律(ビーレフェルト)も「三銃士」と証された2018年段階の勢いが薄れ、アタッカー争いは混とんとしつつあった。そのまま2020年になり、コロナ禍に突入。代表活動も長期休止状態に陥ってしまった。

4月中旬のオンライン取材では機嫌がよさそうだった(筆者撮影)
4月中旬のオンライン取材では機嫌がよさそうだった(筆者撮影)

波乱の連続だった直近の2年間

 その間、香川自身の動きも波乱の連続だった。2019年夏にトルコ1部・ベシクタシュから長年の夢だったスペイン行きを決断。2部・サラゴサで1部昇格請負人になる覚悟を固め、新たなスタートを切った。が、31試合出場4ゴールという数字は残したものの、大ブレイクには至らず、チームも1部昇格に失敗。これを機にクラブが新たな外国人選手獲得に乗り出し、登録メンバー外に追い込まれる事態に直面。フリーエージェントの道を選ぶことになった。

 本人はスペイン残留を希望し、サラゴサの練習場でトレーニングを続けたが、「30歳を超えた高年俸の外国人選手」には思うようにオファーが来ない。欧州ではコロナ禍で無観客試合が続き、どのクラブも経営面に大きなダメージを受け、大盤振る舞いできなくなったことも、香川の足かせになった。

 それでも1月にようやくギリシャに新天地を見出し、代表復帰への足がかりをつかんだかと思われたが、2月3日のギリシャ国王杯・AEL戦でのデビュー以降、なかなか出場時間が延びず、スタメンに抜擢されない状態が続いた。

 パブロ・ガルシア監督が現地メディアに対し「彼が長い間プレーしていなかった選手であることを忘れてはならない。彼はハードワークを続け、与えられるチャンスを待たなければならない」と語ったと報じられている通り、半年近く公式戦から離れていた影響は大きく、本人も本調子を取り戻せずに苦しんでいたのだろう。

 加えて、3月以降はケガを繰り返している。10代の頃からトップを走り続けてきた選手は年齢を重ねるとケガやコンディション不良を繰り返す例が少なくないが、平成生まれ初の日本代表選手だった香川も20歳前後の頃の勤続疲労が今に来ているのかもしれない。

 結局のところ、ギリシャでは目下、公式戦7試合出場ノーゴール(4月19日現在)。思うように物事が運ばない現状に本人も悔しさや焦燥感を覚えているはず。森保監督としても香川をリストに入れたくても入れられないのが本音ではないか。

コロナ禍で遅れた最終予選。修羅場に直面した時がチャンスか?

 ただ、幸いにして、カタールW杯本大会まで1年7カ月もの時間がある。コロナがなければ、すでに最終予選も終盤を迎え、チームがある程度、固まっていたが、まだ2次予選も終わっていないし、最終予選もこれからスタートするところだ。森保監督としては、今夏の東京五輪で金メダルを取り、そこで主力として活躍するであろう久保や堂安、三笘薫(川崎)らをA代表に引き上げて最終予選を戦い、本大会に向かっていくシナリオだろうが、彼らが思惑通りの成長曲線を辿るとは限らない。

 過去の最終予選を振り返っても、アルベルト・ザッケローニ監督時代の2012年秋には、本田圭佑(ネフチ・バクー)の負傷離脱で攻撃面が機能しない状態に陥った際、ベテランの中村憲剛(川崎FRO)がいぶし銀の働きを示したし、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督時代の2017年3月のUAE・タイ2連戦ではベテランの今野泰幸(磐田)と川島永嗣(ストラスブール)が復帰。ここ一番で大仕事を果たした。

 そういう局面は最終予選になれば必ずと言っていいほど起こる。今の森保ジャパンは川島や吉田麻也(サンプドリア)、長友佑都(マルセイユ)など守備陣にはベテラン勢が多いものの、アタッカー陣は20代の中堅世代が中心だ。しかしながら、南野も鎌田も伊東も最終予選の経験はない。それは堂安や久保にしても同じだ。原口元気(ハノーファー)だけは修羅場をくぐった経験があるものの、彼も今夏には移籍すると言われており、今秋以降の状況が読めない不安がある。

 予期せぬ苦境に陥った時、森保監督は最終予選やW杯経験のあるベテランを呼び戻そうと考えるのではないか。2011年アジアカップ(カタール)から8年間もエースナンバー10を背負い、国際Aマッチ97試合出場31得点という傑出した実績を誇る香川はやはりその筆頭候補と言っていい。現状だけを見れば「もはや香川は不要」と見る向きも多いだろうが、完全にそうと決まったわけではないのだ。

PAOKでの苦境脱出なしには代表復帰もあり得ない

 ただ、最終予選や本大会に向けた困難の渦中で再び「香川真司」の名前が挙がるためにも、彼はPAOKでの現状を変えないといけない。ケガによる離脱とスーパーサブの間を行き来していたら、絶対にチャンスは巡ってこない。短期間で状態を挙げ、ボルシア・ドルトムント時代のような異彩を放つことで、世の中の風向きは変わる。

 そんな華麗な復活劇を見せられるかどうかは本当に彼次第だ。筆者としても2年前からリアル香川真司を見ていないだけに、ぜひとも代表に戻ってきてほしいというのが切なる願いだ。セレッソ大阪の先輩・大久保嘉人を見習って、ベテランになっても輝けるところを実証してほしいものである。

スポーツジャーナリスト

1967年長野県松本市生まれ。千葉大学法経学部卒業後、業界紙、夕刊紙記者を経て、94年からフリーに。日本代表は非公開練習でもせっせと通って選手のコメントを取り、アウェー戦も全て現地取材している。ワールドカップは94年アメリカ大会から7回連続で現地へ赴いた。近年は他の競技や環境・インフラなどの取材も手掛ける。

元川悦子の最近の記事