嗅覚異常があれば新型コロナを疑い受診するべきか
新型コロナウイルス感染症に関連して嗅覚異常・味覚異常の症状に関する報道が散見されます。
阪神タイガースの藤浪選手ら3人も嗅覚異常・味覚異常の症状を訴え、新型コロナと診断されたと発表されました。
新型コロナの症状として嗅覚異常や味覚異常はどれくらい特徴的な症状と言えるのでしょうか?
新型コロナ患者からの嗅覚異常・味覚異常の報告
3月22日にアメリカ耳鼻咽喉科学会は新型コロナの臨床症状として「嗅覚異常・味覚異常」があることを発表しました。
特に無嗅覚症(臭いを全く感じなくなる症状)は、それ以外に全く症状がない新型コロナ患者でも見られることがあるとして、アメリカ耳鼻咽喉科学会は新型コロナを疑う際の症状の一つとしてこれらの症状を確認することを提案しています。
私も3月に入ってから、患者さんの一部が嗅覚異常を訴えられることになんとなく気づいていましたが、ウイルス性上気道炎などではときどき見られる症状であることから、新型コロナにどこまで特異的な症状なのか計りかねていました。
嗅覚異常や味覚異常という症状は、患者さん自らは自己申告しにくい症状であるため、私も実際のこれらの症状の頻度について把握していませんでしたが、このアメリカ耳鼻咽喉科学会の発表以降に新型コロナの患者さんに確認してみると、およそ3割の患者さんに嗅覚異常または味覚異常があります。
そして、中には無症候性感染者として入院した方もよくよく聞いてみると嗅覚異常だけあると言う方もいらっしゃいます。
確かに嗅覚異常・味覚異常は新型コロナの患者さんの中の一定の割合でみられる症状のようです。
感染症と嗅覚異常・味覚異常
ただし、嗅覚異常や味覚異常は感染症に関連してよくみられる症状であり「嗅覚異常・味覚異常=新型コロナ」ではないことに注意が必要です。
急性ウイルス性上気道炎によって一時的に嗅覚低下、無嗅覚症が起こることが知られており、感染症が良くなった後も6〜13%で嗅覚異常が持続することがあります(Rhinology. 2006 Jun;44(2):135-9.)。これは、ウイルス性上気道炎によって、末梢嗅覚受容体と中枢嗅覚経路が損傷されることで嗅覚異常が起こるためと考えられています。
また急性副鼻腔炎、慢性副鼻腔炎でも嗅覚異常を起こすことがあります。何を隠そう、私も慢性副鼻腔炎のため10年以上嗅覚がほとんどありませんが、それなりに元気に生きています。
感染症以外では、アレルギー性鼻炎、花粉症でも嗅覚異常が起こります。特に今の時期は花粉症が多いため嗅覚異常のある方は多いのではないでしょうか。
味覚異常については、歯肉炎、口腔カンジダ症、虫歯などの感染症が原因で起こることがあります。
新型コロナにおける嗅覚異常・味覚異常の頻度は?
英国耳鼻咽喉科学会は、韓国、中国、イタリアで新型コロナと診断された患者の多くが無嗅覚症/低嗅覚症を呈しており、特にドイツでは3分の2以上の症状が無嗅覚症を呈しているとしています。また、軽症例までPCR検査が行われている韓国では、30%の症例が嗅覚異常を主な症状としており他には軽い症状しかなかった、とのことです(このイギリス耳鼻咽喉科学会の声明では元文献の記載がありませんでした)。
イタリアからの報告によると新型コロナ患者59人のうち、20人(33.9%)で嗅覚異常または味覚異常がみられたとのことです。
やはり、新型コロナでは嗅覚異常・味覚異常は決して稀な症状ではないようです。
嗅覚異常や味覚異常のある人は病院を受診するべきか?
新型コロナでは藤浪選手のように嗅覚異常だけが唯一の症状であることも分かってきました。
では嗅覚異常や味覚異常だけしか症状がない方は病院を受診すべきでしょうか?
この問いに対する正しい答えは一つではありませんので、私個人の考えを以下に述べます。
確かに、藤浪選手のように嗅覚異常だけしか症状がない方が新型コロナに感染している可能性はあります。
特に、すでに新型コロナと診断されている人と濃厚接触のある方や、現在新型コロナが流行している地域に渡航歴のある方にこれらの症状がみられた場合は、渡航者・接触者相談センターに相談またはかかりつけ医に受診すべきと考えます。
また、厚生労働省は発熱・咳などの症状が4日以上(基礎疾患のある方は2日以上)続いている方に対して受診を勧めていますが、これに加えて嗅覚異常・味覚異常があれば新型コロナの可能性が高くなると言えるでしょう。
では嗅覚異常や味覚異常だけしか症状のない、接触歴や渡航歴のない人ではどうでしょうか。
今の国の基準では、PCR検査の対象にならない可能性が高いでしょう。
新型コロナのPCR検査が行われるべき対象患者には基準があり、嗅覚異常があるだけでは必ずしもPCR検査の対象にはなりません。
4日未満の発熱や咳などの症状がある上でさらに嗅覚異常・味覚異常がある場合には新型コロナの可能性が高くなるかもしれませんが、この場合も症状の持続期間や基礎疾患によってはPCR検査が行われない可能性があります。
厚生労働省の基準では「医師が総合的に判断した結果、新型コロナウイルス感染症を疑う」場合でも検査可能となっていますが、これは嗅覚異常・味覚異常以外の症状や周囲の流行状況など様々な要因を含めて判断されるものです。
すべての感染者を隔離し封じ込めを狙うフェーズはすでに過ぎており、今は中等症〜重症例の医療を必要とする患者を医療機関で診療すべき段階に移行していることから、軽症者を片っ端からPCR検査で診断する意義は大きくはありません。
一方で、嗅覚異常・味覚異常を訴える患者さんがたくさん医療機関に押しかけることによって、風邪の患者さんと新型コロナウイルス感染症の患者さんとが、同時に医療機関の中に集まることになります。
風邪や副鼻腔炎、花粉症が原因で嗅覚異常を起こしている患者さんが病院を受診することで新型コロナに感染してしまうかもしれません。
今の日本の検査体制を考慮すれば、嗅覚異常・味覚異常があるだけで病院を受診することはメリットよりもデメリットが上回る可能性があります。
ただし、非常に難しい問題として、こうした「嗅覚異常・味覚異常しかない」方々のうち一部の方は新型コロナウイルス感染症の可能性があり、特に東京都などの感染者が多い都市部ではその可能性が高くなります。
嗅覚異常しか症状のない新型コロナの患者さんであっても、無症状の方と同様に他の人に感染を広げうると考えられます(N Engl J Med, 382 (10), 970-971)。
新型コロナと診断されていない嗅覚異常しか症状のない方に自宅療養を強要することに無理があることは分かっていますが、少なくとも不要不急の外出は控え、3密空間に行くことは避けていただきたいと思います。
なんだか理不尽な感じがするかもしれませんが、今後の国内での患者数増加を食い止めるためには一人ひとりの努力が必要です。
日々大変な状況が続いていますが、この難局を乗り切るために皆さまのご協力をよろしくお願い致します。
※本投稿にあたっては友人の倉敷中央病院 感染症科 上山 伸也先生のご意見を大いに参考にしました。