ユーチューバーが独立リーグを救う?トクサンTVの挑戦
プロ野球独立リーグは、苦しい経営を迫られているところが多い。存続の危機に瀕した「福井」球団を存続させるべく立ち上がった人気ユーチューブチャンネルは、独立リーグにどんな化学反応を起こすのだろうか。
「球団消滅」の危機
ユニフォーム姿の若い選手たちが、小さな地方球場で懸命にバットを振り、白球を追いかけ、塁上を走っている。
彼らの名前を知っている野球ファンは多くないだろう。その大半は、スポットライトとは無縁の野球人生を歩んできた。いわゆる「プロ野球」、NPBの舞台を踏んだ者もいるにはいるが、彼らもその華やかな場所からここに「都落ち」している。
プロ野球独立リーグ、それはNPBの門をくぐれなかった若者が、それでも夢をあきらめず最後のチャレンジをする場である。「四国アイランドリーグplus」(4球団)と「ルートインBCリーグ」(12球団)では、選手たちは、薄給で恵まれない環境の中、秋のドラフト指名を夢見て、年間70試合ほどのリーグ戦で自らの力をアピールする。
昨シーズン終了後の10月、ルートインBCリーグの福井ミラクルエレファンツの運営会社が、経営を断念したことが発表された。
福井球団は、BCリーグ発足2年目の2008年に加入したものの、翌年には経営難が明るみなり、地元新聞社が救済に乗り出した。2010年には、初代運営会社は解散し、この新聞社を主要株主とする新運営会社が球団経営を引き継いだ。それでも観客動員は右肩下がりで、赤字決算を続け、ついに球団経営を断念した。
3年前にミラクルエレファンツの投手コーチとして入団、新球団ワイルドラプターズ発足に当たって監督に就任した元中日の福沢卓宏はこう振り返る。
「そりゃ、ショックでしたよ。もう1年夢に向かって頑張ろうって、契約更改も済ませ、みんな腹をくくったところだったんで」
福井の地にともした独立リーグの灯を消すわけにはいかない―― 。球団存続に向けてのリーグ側の動きは速かった。翌シーズンのスケジュール決定のリミットが迫る中、リーグ事務局長・小松原鉄平(35)が連絡を取ったのが、ユーチューブ番組を運営する「アニキ」 だった。
メジャーリーガーより人気の「草野球選手」
野球ユーチューブチャンネル、「トクサンTV」を知っている草野球愛好家は多いだろう。このチャンネルの主役、「トクサン」こと徳田正憲(35)は、元甲子園球児だ。帝京高校では控えに甘んじたものの、創価大学では主将としてチームを日本選手権ベスト4まで導き、ドラフト候補として名が挙がった。今やオフシーズンの野球イベントでは、現役メジャーリーガー以上の歓声を子どもたちから集めている人気ユーチューバーだ。
4年前に始まったこのチャンネルは、どうやったら野球が上手くなるのかを、トクサンが同じ草野球チームに所属するメンバーとともに、ときおりゲストを招き、実戦を交えながら語る番組だ。チャンネル登録数は、現在56万に達し、スピンオフでプレー指南書まで出版している。
このチャンネルの発起人が「アニキ」こと平山勝雄(41)だ。この3月までテレビ局のディレクターをしていた彼は、きっかけをこう話す。
「草野球の趣味が高じて始めたものです。ユーチューブの時代がやってきて、こんな面白いものがあるのだから、僕らがやっている野球というものをエンタテイメント化して世に発信したらどうなるのかなって、テレビマンとして興味があったんですね」
チャンネルのビュー数は右肩上がりで、収入を管理するため会社が設立された。平山は現在この会社の社長として「トクサンTV」を取り仕切っている。
新生球団の船出に集まった若き事業家たち
リーグの小松原から、福井球団存続のための新運営会社への出資依頼を受けた平山。悩んだ末に、出資してオーナーになることを決断した。
「我々は、トクサンTVで野球を見る文化を変えました。ちょっと上手い草野球でも、磨けば映像コンテンツになると野球界に知っていただいたと思っています。今回のお話を頂いて、ユーチューブを独立リーグと掛け合わせたときにどうなるのかっていうのは興味がありますね。そこに勝算を見出したので参入を決意しました」
平山はかつて神戸大学の不動のエースとして、ライバル校の野球エリートたちと渡り合った。自分が追いかけるのをやめた夢を、独立リーガーたちに託したいという気持ちがあったのかもしれない。
「独立リーグっていうところは、燃え尽きてない人たちが行くところなんです。プロ野球とは言うものの、月給は10万円そこそこで、オフの間にバイトして貯めたお金を取り崩してシーズンを送る選手もいます。地方で寮に住んで、野球だけしていれば生きていけるかもしれないですけど、やっぱり体を鍛えなければならないので、食費もかかるし、道具も買わねばなりません。高い能力があっても、よほど強い思いがなければ、あそこでプレーできないでしょうね」
今回、平山に声をかけたリーグの小松原は、かつて筑波大学野球部の主力として、同学年の徳田と神宮大会代表決定戦で相まみえている。ともに現在は、平山が率いる草野球チームでプレーしていて、トクサンTVが人気になっていくのを眺めながら、この新メディアを独立リーグ事業に生かすことはできないだろうかと考えて、平山にアプローチした。
平山に声をかけるのと同時に、BCリーグは、新運営会社の出資者の公募もしていた。それに手を挙げたのが、弁護士事務所を経営する事業家、石原一樹(34)だった。以前からトクサンTVのファンだったいう元高校球児の石原は、出資を即決した。新たな運営会社、FBA(Fukui Baseball Association)は、前身球団の後継ではなく、新球団の発足と自らを位置づけ、チーム名も「福井ワイルドラプターズ」と改めた。新運営会社の社長は小松原がやることになった。
新たなビジネスモデルの模索
従来の独立リーグ球団の多くは、功成り名を遂げた地元企業家が、地域貢献を謳って出資し、運営会社を立ち上げるものが多かった。それに対して、新生球団、福井ワイルドラプターズ、通称ワイラプは、とにかく「若い」。ふたりのオーナー、社長、そして39歳の福沢監督を含め、組織のトップは皆アラフォー世代だ。この若さを武器にこの新球団は、独立リーグに新風を吹き込もうとしている。
独立リーグ球団の1年間の運営費は、1億から1億5000万円と言われている。これを賄うための収入は、本来ならば、プロスポーツとしての興行収入が柱となるべきなのだが、日本の独立リーグは、いまだチケットや物販による収入を柱としたビジネスモデルを確立しているとは言い難い。だから、地域貢献をうたい、自治体からの出資や地元企業からのスポンサー料によって、かろうじて収支のバランスを保っている。
福井球団の場合、年間運営費はおおむね1億2000万円だったという。これをペイすべく、球団はチケットや物販の興行収入やスポンサー収入を確保するのだが、昨年まで球団が確保していたスポンサー収入は7000万から8000万円。これも地元新聞社の「顔」で地元財界から集めたというのが現実だった。その地元メディア傘下の運営会社が撤退したということは、スポンサーはゼロとなったということだ。
その厳しさについては、オーナーの平山も十分に理解している。
「今回の話をいただいた時点で、覚悟はしていましたが、実際、去年までのスポンサーはすべて撤退、ゼロになりました。費用対効果が明示できるお金を集めることができない球団に存在価値があるのかということですね」
新球団の筆頭オーナーになった平山は、GMとして編成にもかかわることになった。そして、独立リーグの持続的可能性を自らが手掛けるユーチューブに求めた。
ユーチューブという新メディアは独立リーグを救えるのか?
日本に独立リーグが発足してすでに15年が経過した。本場北米のそれと同じく、複数のリーグや球団が消滅したが、パイオニアの四国アイランドリーグplusとそれに続いたBCリーグは、創設以来多くの選手をNPBへ送り、選手供給源として球界において一定の地位を確立している。
この両リーグが現在まで生き残っているのは、地元新聞社との関係構築に成功したことが大きい。地方紙のスポーツ欄には、NPBと並んで独立リーグの試合が写真付きで取り上げられている。
独立リーグの観客動員は年々下降している。BCリーグの場合、発足の2007年がそのピークで、昨年の1試合当たりの平均観客動員数は、その3分の1の595人にまで落ち込んでいる。また、「活字離れ」が加速的に進む中、新聞というメディアそのものも斜陽を迎えていることは否定のしようがない。新聞社の独立リーグ球団運営からの撤退はある意味、時代の必然だったと言える。
出資の決め手は
その中で、弁護士の石原が出資を決めたのは、平山という新メディアの使い手に期待を寄せたからである。「プロ未満」の選手からなる独立リーグは、いわば大部屋俳優の集まりである。彼らを使っていかに人を惹きつける「芝居」を作るのか、その難行をテレビ番組のプロデューサーであった平山ならできるのではないか。
「トクサンTVのアニキなら期待できると思ったんです。ワイラプというネタをそのまま出しても、NPBにはかないっこありません。独立リーグにも、足が速い、球が速いという選手はいますよ。でも、それを年間通してずっと見てもらえるかと言うと、そうではないでしょう。独立リーガーというネタを平山さんならお客さんを呼べるくらいにうまく料理してくれると思ったんです」(石原)
平山は新生ワイルドラプターズのGMに就任すると、トクサンTVとは別にもっていた「アニキ」名義のチャンネルを「ワイラプTV」と改称。元からあった2万弱のチャンネル登録者をそのまま新球団のチャンネルに囲い込み、そこからさらに登録者を増やそうとしている。
「まずは、『独立リーグっていうのは、こう見るとおもしろいよ』というのをユーチューブチャンネルを通じてつくらないといけないですよね。だからトクサンTVとの比較もないと思います。NPB未満の試合をただ流しても誰も見ない。だから、最後の野球の夢にかける若者の人生ストーリーをどう掘り返せるかっていうことを考えています。安い給料で、オフはバイトもしなければならない環境なんだけれども、野球が好きで、最後のチャンスをここにかけている選手の戦いっていうのをどう見せていけるかっていうところですね。地元の球場に行けば、そんな選手のプレーを見ることができる。そういう目線に立てば、面白いんじゃないかと。逆に言えば、独立リーグの楽しみ方を提示できなければ、先はないです」
独立リーガーという少々「わけアリ」なネタだが、平山という凄腕の料理人によってその「旨み」を引き出すことができれば、ファンの注目、つまり商品価値を高めることができるのではないか、そのための「隠し味」がユーチューブというニューメディアということだ。
それでもユーチューブチャンネルが収益の柱になることはないと平山は考えている。実際、現在のところユーチューブからの収益は、その制作人件費を賄えている程度だ。しかし、ユーチューブの発信力は観客動員数を引き上げるポテンシャルをもっているし、スポンサー獲得の大きな武器になる。
小松原社長が東奔西走して集めたスポンサーはすべて新規のものである。その半数が東京に拠点を置く企業であることは、「トクサン効果」と言っていい。地元福井からも、ユーチューブの底力を知る若い経営者がスポンサーに名乗りを上げている。
新たな独立リーグの可能性に向けて
東京五輪を延期に追いやった新型コロナは、福井球団の再出発の出鼻をくじいた。BCリーグは6月20日にようやく開幕を迎えたが、ワイラプは7月半ばまでは無観客試合を強いられ、その後も、他球団と同じく観客動員には苦戦している。
GMの平山は、現在のところ手弁当で活動している。
「ビジネスなんで儲けないといけないんですけど、そこが基準ならば、そもそも球団経営なんかやらないです。球団に関わることで、本業のユーチューブ事業は広がっていくからそれでいいかなと。野球界の裾野を守りたいという気持ちがまず第一です。その上で、球団を存続させられるかどうかの基準は、ペイするかどうかでしょうね」
ユーチューブに独立リーグ球団の収支を健全化させるまでの力があるかどうかはまだわからないと平山は続ける。
「やはり、そもそもの力が独立リーグになければならないと思います。彼らに素材としての力があって、それが次世代メディアのユーチューブの力とが掛け合わさって、いい化学反応が起こればと今は信じたいです」
新メディアと地域密着型の「小さなプロ野球」の化学反応が、野球界や地方になにをもたらすのか、ワイラプの挑戦に目が離せない。
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