口の中のフローラ改善で新型コロナ感染に克つ! 「おやじベンチャー」が始めた新たな挑戦
口腔ケアでインフルエンザ発症率が激減した!
ステイホーム週間の直前に発売された雑誌「PRESIDENT」(5月15日号)の特集タイトルは「コロナに負けない! 免疫力&歯みがき入門」だった。60ページを超える特集の中に、こんな記述があった。
〈インフルエンザが流行する冬季6ヵ月間にわたり歯科衛生士による口腔ケアを受けた人と受けなかった人との間で、その時期のインフルエンザ発症率が約10倍も違った(前者の発症率1%に対して後者の発症率は9.8%。つまり前者は後者に比べ発症率が89.8%低い)というのです(「日本歯科医学会誌」25号)。〉
口や鼻などからのどに粘着したウイルスは、その後、細胞壁を壊す働きがある酵素の手助けを得て、細胞内に入り込んで感染症を引き起こす。
では、なぜ、口腔ケアをした人としなかった人で、インフルエンザの発症率に差が生じるのか。
答えは、「口腔ケアをした人は、口内の悪玉フローラ(細菌)の量が少ないから」だ。では、口内の悪玉フローラの正体とは?
諸悪の根源は口の中にいる「歯周病菌」だった
最近の研究で、細胞壁を壊す働きがある酵素を活発化させるフローラが、「歯周病菌」であることがわかってきた。つまり、歯周病菌を退治すると、インフルエンザにかかりにくくなるというわけだ。
【参考動画】インフルエンザ予防と歯周病菌(日本歯科医師会)
インフルエンザとcovid-19(新型コロナウイルス感染症)のメカニズムはほぼ同じと見られている。だから、「PRESIDENT」は「きちんと歯みがきをしてコロナを予防しよう!」という特集を掲載したのだろう。
前置きが長くなってしまったが、同じ文脈で、新型コロナに打ち克とうと奔走する会社がある。東京都中央区にあるワールドフュージョン(以下WF社)という会社だ。
社長の川原弘三さん(62)は島津製作所を経て、1996年に起業した。もともとは、製薬会社や化粧品会社から、口内や肌、腸内に常在するフローラの検査・分析を受託する会社だったが、2000年を過ぎたころからフローラの研究案件が急増する。昨年12月にはインフルエンザの型判定をするアルゴリズムの特許を取得した。社員11人で次々と新たな領域にチャレンジする姿勢は、創業から四半世紀経ったとはいえ「おやじベンチャー」という呼び方がふさわしい。
[[image:image04|right|「おやじベンチャー」を率いる川原社長](筆者撮影)]
「フローラは将来、薬や化粧品などあらゆる商品開発につながる」と目をつけた川原社長は、自社の研究・分析の知見に加え、世界中の医療情報をネットで集めてデータベースを作り始めた。
特殊なデータベースに7万7000種類の細菌が……
それが細菌(フローラ)データベース「ライフサイエンス・ナレッジ・バンク」(LSKB)だ。(1)フローラ、(2)化合物(薬の成分)、(3)病気、の3要素がデータベース化され、(1)(2)(3)のどこからアプローチしても相互の関係がわかる逆引き辞書のような機能を備えている。
例えば、
・フローラAが関係する病気はなにか。どの化合物を投与すると抑制効果があるか
・病気Aと関係が深いフローラはなにか。病状を改善するフローラを増やしたり、病状を悪化させるフローラを退治したりできる化合物はなにかといった具合に、3つの要素を相互に検索し、病状を改善させる効果のある物質を特定したり、予測したりすることができるシステムだ。
登録数は現在、細菌が約7万7000種類、化合物は約2億3400万種類、病気は約13万種類で、「米国に似たシステムを作っている会社があるのは知っているが、登録数はこちらのほうが圧倒的に多い」(川原社長)という。この発言を裏付けるように、国内の大手製薬会社や、世界的に有名な化粧品会社が商品の成分配合を決める際にLSKBを使っている。
口内環境をよくする「フローラ歯磨き剤」を開発
WF社は、このLSKBという強みを活かして、covid-19対策の商品として口内フローラ検査キットとフローラ歯磨き剤を開発した。
前述のとおり、口内ケアをすることは感染症予防の効果が見込める。その前提として「自分の口内環境がどうなっているのか」を知るのが口内フローラ検査キットで、「歯周病菌など口内の悪玉フローラを退治したい」と開発したのがフローラ歯磨き剤だ。
[[image:image02|left|口の中の細菌環境を知ることが病気の予防に役に立つ](撮影筆者)]
口内フローラ検査キットは、利用者がキットに唾液を入れて郵送するだけ。
利用者の唾液を受け取ったWF社は、ヒトの口内に存在しているとされている約700種類のフローラのうち、約400種類を一度に解析する。さらに、歯周病や虫歯などの「口内の病気」と、糖尿病や肺炎、がん、骨粗鬆症などの「全身の病気」の計22種類の病気につながる「35種類のフローラ」について存在量や比率を分析することで、22種類の病気ごとに発症リスクを判定する。
利用者は、唾液を送ってから約3週間後にリスク判定の結果と、35種類のフローラの数値が書かれたレポートを受け取ることができる。
一方、歯磨き剤は、歯周病や全身の病気につながる「35種類のフローラ」について、LSKBを駆使して退治効果がある化合物を厳選し、歯磨き剤のすべての成分を天然物にしたものだ。試しに使わせてもらったが、無色透明のペースト状で長い時間磨くことができる「おいしい歯磨き剤」だった。すでに医薬部外品の申請をしているという。
[[image:image05|left|「悪玉フローラ」を退治したい、と開発したのがこれ](撮影筆者)]
日ごろの口内ケアでかなりの病気が予防できる!
川原社長はこう話す。
「歯磨き剤は、薬機法(旧薬事法)の関係で、『covid-19を予防できる!』と断言はできませんが、口内ケアをすることで感染症の予防効果が見込まれることは間違いありません。私たちは、口内フローラ検査キットとフローラ歯磨き剤を併用して日ごろの口内ケアを続けることで、病気を予防できる社会の実現に貢献したいと思っています。実現すれば、医療費の抑制など国家的な課題解決につながると思うからです。今回のクラウドファンデイングで多くのフローラ検査結果を得られれば、検査結果をAIを使ってデータマイニングするなどして、『病気予防社会』が一日も早く実現できるよう研究を続けていきます」
2つのcovid-19対策商品は、まだ市販されていない。WF社はこれまで、製薬会社や化粧品会社の検査受託会社として「黒子」のことが多く、販売網を持ち合わせていないからだ。今回開発した商品はまず、クラウドファンディングサイト「Makuake」を通じて、世に送り出すことにし、5月18日にクラウドファンディングが始まった。
※新型コロナウイルス禍で「新しい生活様式」が求められるなか、新型コロナに克つためのテック(新技術)&ベンチャーを随時報道していきます。今回はその第1回目、口の中の細菌(フローラ)を改善するためのテクノロジーでした。