Yahoo!ニュース

難航するラグビー新リーグ Bリーグ前チェアマンが語る状況打開の重要ポイント

大島和人スポーツライター
2019年のW杯でジャパン(日本代表)はベスト8に進出した(写真:ロイター/アフロ)

難航するラグビー新リーグの改革

ラグビー界から、少し気がかりなニュースが聞こえてくる。日本ラグビー協会は2022年1月から、現行のトップリーグを再編・刷新した新リーグを立ち上げる。しかし構想を主導していた清宮克幸副会長が2020年秋に退任。今年3月に入ると動きを引き継ぎ、新リーグ法人準備室の室長を務めていた谷口真由美・室長の退任も明らかになった。(4月2日16時25分修正)

実業団スポーツのプロ化は茨の道だ。順調に成功したと言い得るプロセスは1993年に立ち上がったJリーグのみ。バスケットボールは10シーズンにわたってトップリーグが二つに分立した。そもそもリーグと協会、オーナー企業の力関係はプロアマを問わずハンドリングが難しい。ラグビーも当初のプロ化構想がトーンダウンし、改革の針路が部外者から分かりにくくなっている。

トップリーグはバブル後の成功例

ラグビー界は2003年に東西の社会人リーグを統合し、ジャパンラグビートップリーグとして再編した。プロ的な要素と実業団的な要素を絶妙に混合した仕組みで、現実的な制度設計でもある。有力チームを見るとクラブ化などで体制を縮小した例はあるものの「廃部」がない。

ラグビー界はバブル崩壊以後の荒波を乗り越え、結果としてジャパンも2015年と2019年のワールドカップ(W杯)で躍進を果たした。20世紀の強豪チームがほぼ全て消滅したバスケに比べれば対照的で、バブル後のサバイバルと強化に成功している。一方で過去の成功は改革のインセンティブを落とす。変化は必ずリスクが伴い、内部対立を誘発する火種ともなる。

もちろん今の体制がサステナブル(持続可能)かは疑問で、だからこそ改革も模索されている。新リーグはまずリーグが独立し、試合の興行権も協会からチーム側に移管される。ホーム&アウェイ方式の導入も、ラグビー界にとって画期的な挑戦だ。ただし運営体制が完全なプロへ切り替わるわけでなく、プロアマ混合による不安定な状況が危惧されている。

スポーツにおける同種の改革に成功した例が、バスケ界にある。2015年から16年にかけて進められた協会刷新、Bリーグ設立の動きだ。今回はBリーグの前チェアマンで、川淵三郎・日本バスケットボール協会前会長とともに改革に関わった大河正明氏(現びわこ成蹊スポーツ大学副学長)から、ラグビーの新リーグ問題を聞いた。<以下敬称略>

パワーはすごいが「儲からない」

まずリーグとチームのプロ化について、大河は懐疑的だ。彼はこう述べる。

「2019年(のW杯)で示した、あの圧倒的なパワーはすごいと思っています。一方でラグビーは世界的なトップ選手の年俸がせいぜい1億、2億(※つまり世界のメジャースポーツに比べて一桁少ない)。競技上の宿命として、リーグ戦では儲からない仕組みになっているという意味です。試合数と選手数を考えたら、突拍子のないことをやらない限り、チームの採算性確保はなかなか厳しい」

野球やバスケ、サッカーに比べてラグビーは選手の消耗が激しく、試合数も少ない。19年の男子バスケW杯で日本代表は9日間に5試合を戦った。ラグビーは同じ5試合を丸1ヶ月かけて戦っている。しかも15名という選手数がバスケの3倍だ。その人件費を踏まえて経営目線で考えると、どうしても効率が悪い。

ただしラグビーという競技のパワーは間違いなく大きい。好成績、日本開催の追い風があったにせよ19年のW杯は猛烈な盛り上がりを見せた。テレビの視聴率、チケット単価を見れば少なくとも短期的には「日本一価値の高いスポーツ」まで上り詰めている。

「稼ぐ」余地の大きいジャパン

大河はラグビーの改革にあたって、3つのポイントを挙げていた。1つ目が代表ビジネスだ。

「代表ビジネスを見たときに、サッカーの日本代表に比べてチケット単価は倍以上です。例えば親善試合でもニュージーランドなんかとやると1万円以上取れている。サッカーは4千円台くらいですよ。新秩父宮がVIPラウンジまで用意される全天候型になったとしたら、スポンサー収入も含めて相当に取れる余地がある」

もちろんジャパンの強化には相当なコストがかかる。しかし経済的に「成り立つ」「釣り合う」可能性は個別チームのプロ化に比べて間違いなく高い。そしてこれはガバナンスに関わってくる。リーグがチーム側に対して求心力を持てていないのがラグビー界の現状で、改革前のバスケ界と同様だ。

代表で儲けた分をチームに配分

ガバナンスには「お金を払う側の発言権が、お金を受け取る側より大きくなる」という鉄則がある。ラグビーの新リーグを考えたとき「チーム側が負担する会費」と「リーグがチームに支払う分配金」のバランスはかなり大きなポイントだ。

大河のアイディアは「ジャパンで稼いだお金をチームに還元する」ものだ。代表ビジネスで稼いで、それをリーグの原資に使うという発想だ。

「代表として儲けた分を、選手を出してくれているチームに配分してあげる仕組みを入れて、参加のメリットを出す方法が僕はベストだと思っている。(協会経由でなく)リーグを通したほうがいいと思いますけれども。アメリカのNFLだって、そんなに試合数はないけれども、圧倒的な視聴率があり、スポンサー料も入っているじゃないですか。2019年を見て、ラグビーの代表ビジネスはやれると思いました。グッズなどB to C(一般消費者向け)も含めて売る努力をすれば、化けるコンテンツだと思っています」

大河正明・びわこ成蹊スポーツ大学副学長:筆者撮影
大河正明・びわこ成蹊スポーツ大学副学長:筆者撮影

「ラグビーを見ていた世代」が中枢に

なぜ改革を今するのか?という疑問を持つ人も多いだろう。もちろんW杯の余熱があるうちに……という視点はあるだろうが、1958年生まれの大河は「世代」に着目する。

「ラグビーの試合を見にいくと僕の年代くらいのお客が結構いるわけじゃないですか。僕はいつも『松尾さん(雄治氏/1954年生まれ)から平尾さん(故・誠二氏/1963年生まれ)まで』と言っています。今55歳くらいから70歳くらいのゾーンが、もっとも大学ラグビーや社会人ラグビーを見ていた世代だと見ています」

早大学院で故・大西鐡之祐氏の指導を受け、1978年度の花園(全国高等学校ラグビーフットボール大会)に出場したメンバーからはTBSの佐々木卓社長、伊藤忠の石井敬太新社長と大企業のトップが相次いで誕生している。ふたりは大河よりひとつ下の学年だが、この世代は競技者やファンとしてラグビーブームの核となり、今は社会の中枢を担っている。

企業のスポーツに対する支援は属人的な“縁”から生まれる場合も多い。例えばラグビーを扱ったTBS系列の人気ドラマ『ノーサイド・ゲーム』は元早稲田大ラグビー部出身の社長、慶應義塾大ラグビー部出身のプロデューサーという体制から生み出された。

「10年、15年経ったらサッカーに」

大河は続ける。

「(ラグビー部出身者は)割と会社で成功している方が多くて、総じて会社で実権を持っている層にラグビーへの理解がものすごくある。だから、社内力学的にお金を出しやすい。これがあと10年、15年経ったら、たぶん(お金を出す対象が)サッカーに替わっちゃうんです。そうなったときに企業が10億から20億くらい、部活動の費用として支えてくれますかというと疑問です」

「ラグビー世代」が現役のうちにサステナブルな仕組みを作っておかないと、より悪い条件の後ろ向きの変化となる可能性が高い。代表ビジネスのポテンシャルを活かして改革のインセンティブに使いつつ、可能な限り早く改革を実現させる。それが大河の主張だ。

「いかに社長に上げて上手く通すか」

2つ目のポイントは企業との向き合い方だ。新リーグの立ち上げに向けた大きなハードルが企業との関係で、カテゴリー分けに関して企業の反発があるという報道もされている。競技力だけで1部から3部までの割り振りを決めるならば単純だ。ただ事業性や社会貢献、地域密着のような「数字で測りにくい」ポイントでチームを評価することは技術的に難しい。低評価を受けた側は当然ながら反発をする。

大河は2015年の夏に、翌秋の開幕に向けたカテゴリー分けの実務を担った。企業チームの反発を抑え、1社の離脱も出さずにBリーグへ引き込んだ。大河は以前の取材で成功の理由に「丁寧なコミュニケーション」と述べていたが、今回の取材ではこういう言い方をしていた。

「サラリーマンの部長クラスは、これをいかに社長に上げて上手く通そうかと考えている。彼らに武器、情報を与えてあげない限り動かない」

部長クラスとはラグビー部を担当する企業の中枢メンバー、リーグのトップと向き合うカウンターパートに相当するポジションだ。体制変革や投資は、母体企業にとって手間で、当然ながらリスクもある。ラグビー部の関係者はリーグの敵でなく、チームや選手がいい方向に進むことを願っている。間違いなく板挟みとなりやすい立場で、振る舞いが難しい。

カテゴリー分けの審査で低い評価がつけば、「部長クラス」は上に責められる。「なぜそういう評価になったのか」と社内に向けて説明せざるを得ない。そこに納得感がないと不信感が増し、リーグへの帰属意識も薄れる。中長期的には脱退の火種ともなる。それを避けるために審査は数字ではっきり出るポイントで行う、内容を丁寧に説明する配慮が必要だ。

バスケ以上に影響する「企業の論理」

ラグビーの新リーグ立ち上げを見て、危惧を感じるのは企業へのリスペクト欠如だ。ラグビー界の未来を明るいものにしよう、ファンを楽しませようという大義は極めて重要だ。一方でチームのオーナーは企業で、彼らは選手を雇用し、施設面でもこの競技を支えている。ファンや選手のために、企業が“仲間”でいてくれる状況を維持しなければならない。

バスケは2015年の改革の時点で、B1からB3までのカテゴリー分け審査に参加した47チームのうち、37チームがプロだった。企業チームは少数派だったわけだが、それでもバスケ協会の川淵三郎会長(当時)や理事だった境田正樹弁護士、そして大河は企業に対する細やかな気遣いをした。ラグビーはトップリーグに参加する全チームが企業チーム。なおさら企業の論理に寄り添う必然性がある。

川淵は古河電工、大河は三菱銀行(現三菱UFJ銀行)という大企業の出身で社内政治の要諦を知り、対企業の向き合いも経験していた。まず改革、制度設計は企業にとってもメリットがある内容でなければ実現しない。社内調整を進めやすくする気配りも不可欠だ。

ラグビーでも新リーグのリーダーにとって極めて大切な仕事が、大河がいう「部長が社長を説得するときに使える武器」を提供するサポートだ。説得の対象は企業、自治体と“ラグビー界の外”にも多くいる。そういった相手に向けてデータなど客観的な数字を提示しつつ、内輪の論理を「一般社会、企業の論理」へ翻訳する必要がある。

法人化への拒否感をどう消すか

仮にリーグをプロ化するならば、チームの法人化は必須だ。プロスポーツは典型的なサービス業で自立した運営、迅速な意思決定が求められる。株主の保有は是でも「経営」が分離していないと非効率は生じやすい。大河はラグビーの新リーグがいわゆるプロ化をしなくても、チームを法人として切り分けるべきという考えだ。

「東芝さんがなぜDeNAさんに川崎ブレイブサンダースを売れたかというと、Bリーグが発足するときに会社化したから株を譲渡できたわけです。スポーツがもう少し日本で産業化してきたら、『ラグビーチームを買いたい』という投資家が出てくるかもしれません」

基本的に企業はチームの法人化を嫌がる。法人設立のプロセスが面倒という事情もあるが、「チームを潰しにくくなり、負担が固定化する」「プロ化で支出が増える」といった懸念を持っているからだ。逆に言うと「チームを背負いきれなくなっても新たなオーナーに引き継げる」「今以上にラグビーへの支援が増えない」という確証があれば、企業はトップリーグのプロ化とチームの法人化を拒否しないだろう。

「鎖国政策はやめたほうがいい」

大河が強調する3つ目のポイントは外部人材の登用だ。Bリーグの立ち上げを主導したのはサッカー、野球などのビジネスを経験したメンバーたちだ。大河自身はバスケ経験者で、退任後も会場へ足を運ぶ観戦愛好家だが、バスケ界へ移る直前はJリーグの常務理事を務めていた。そんな経緯も踏まえて彼はこう説く。

「鎖国政策はやめたほうがいいと思うんです。日本ハンドボールリーグに葦原(一正/元Bリーグ事務局長)が行ったのと一緒で、ラグビーにもそういう知恵を持った人が行けばいい。プロリーグ、トップリーグのトップはビジネス感覚が必要です。サッカーの人も結構そうだけど、ラグビーの人はラグビーが大好きですね。だからラグビーじゃない人の話を聞こうとか、そういう人を中に入れて本気で改革しようというのがない。そこは変えたほうがいい」

ラグビー経験者が優秀なビジネスマンである例は多い。例えば経理、営業などに強みのある人材は確保できるだろう。一方でプロスポーツの現場、世界的な動向を知っている人材がラグビー界に多いかと言われると疑問だ。データベースなどのIT化、マーケティング、ファンサービス、そして制度設計のような分野は国内外のプロスポーツを経験している人材が必要になる。

なお3月26日にラグビー協会が発表した「JAPAN RUGBY中期戦略計画 2021-2024」にも「システム・データ活用の最大化」「既存事業の価値最大化と収益機会の多様化」といった項目があり、記者会見では多様性ある人材登用の必要性が述べられていたという。それは同意できる方向性で、問題はそれをいかに「詰めるか」「やり切るか」だろう。

改革のボトルネックは同じ

もちろん誰彼構わずよそ者を連れてこればいいというわけではないが、改革にはラグビー人と違う思考回路を持った人材が不可欠だ。ジャパンは外国出身の選手を受け入れ、時間を費やしてダイバーシティ(多様性)のある文化を作り上げ、世界8強を達成した。ビジネスサイドでも異なるバックグラウンドを持つ人材が結束する「ワンチーム」のカルチャーを築ければそれは理想だ。

筆者が知る限り30代、40代のラグビー関係者は総じてオープンマインドで、ラグビー界の外と関わりを持っている人材が多い。新世代は改革志向が強く、テクノロジーに明るく、海外や他競技の動向にもアンテナを張っている。悪い意味でアマチュアリズムを引き摺っていたカルチャーが、一気に変わる転換点が来ている気配がある。過去の印象で「ラグビー界は変われない」と見る人がいるなら、その予感はきっと外れるだろう。

日本バスケが長く陥っていた混迷と、今のラグビー界が差し掛かっている状況はよく似ている。バスケは幸運もあったが、適切な打ち手でそれを乗り越えた。競技は違ってもトップリーグが持つ「ガバナンス」「対企業の関係」というボトルネックは同じだ。課題を整理し、国内外の事例を学び、適切な人材を登用し、ヒトとカネの流れを整える――。それができれば日本ラグビーは間違いなくよくなる。

新リーグか、その次のリーグになるか、そこはまだ分からないが……。ファンと選手、そして企業にとって「三方よし」な仕組みを、我々はいつか作れるはずだ。

スポーツライター

Kazuto Oshima 1976年11月生まれ。出身地は神奈川、三重、和歌山、埼玉と諸説あり。大学在学中はテレビ局のリサーチャーとして世界中のスポーツを観察。早稲田大学を卒業後は外資系損保、調査会社などの勤務を経て、2010年からライター活動を始めた。サッカー、バスケット、野球、ラグビーなどの現場にも半ば中毒的に足を運んでいる。未知の選手との遭遇、新たな才能の発見を無上の喜びとし、育成年代の試合は大好物。日本をアメリカ、スペイン、ブラジルのような“球技大国”にすることを一生の夢にしている。21年1月14日には『B.LEAGUE誕生 日本スポーツビジネス秘史』を上梓。

大島和人の最近の記事