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熊本県南部豪雨 「九州の小京都」人吉を襲った球磨川氾濫の爪痕

田中森士ライター・元新聞記者
(写真:陸上自衛隊第8師団/ロイター/アフロ)

熊本県南部などを襲った記録的豪雨で4日、球磨川(くまがわ)が氾濫し、県内各地で土砂崩れや浸水被害が発生した。球磨川流域の人吉(ひとよし)市では、市街地を中心に広範囲にわたって浸水や冠水が発生。一夜明けた5日、市内の景観は一変していた。

球磨川の氾濫で流された車=5日、熊本県人吉市
球磨川の氾濫で流された車=5日、熊本県人吉市

道路沿いの歩道は、途切れることなく泥が続いていた。泥は高さ10~15センチ程度で、粘り気が強い。歩くのも一苦労だ。周囲を見渡すと、横転した車や、道路の中央に流されてきた自動販売機が目に入ってくる。スマートフォンでインターネットは使えたが、電話は一度も通じなかった。いくつかの信号機は動いていない。交差点では、警察官が2人がかりで交通整理をしていた。

浸水した青井阿蘇神社=4日、熊本県人吉市(住民提供)
浸水した青井阿蘇神社=4日、熊本県人吉市(住民提供)

国宝の青井阿蘇神社の前にある池は、蓮の花と朱色の手すりの橋が印象的だ。その手すりは、大きく損傷していた。同神社も被害を受けており、4日に楼門が冠水、拝殿が床下浸水している。この日、敷地は泥で覆われていた。

損傷した橋の手すり=5日、熊本県人吉市
損傷した橋の手すり=5日、熊本県人吉市

中心市街地ではあらゆる建物が浸水し、住宅や飲食店、宿泊施設では雨の中大勢の人たちが片付け作業にあたった。ある事業所では、1階部分が浸水。仕事で使用するパソコンがすべて壊れた。従業員の男性は「泥やゴミは片づければいいが、パソコンのデータが消えてしまったら仕事に支障が出てしまう」と不安げな表情だった。

道路脇にはゴミ袋が積み上がっていた=5日、熊本県人吉市
道路脇にはゴミ袋が積み上がっていた=5日、熊本県人吉市

筆者は大学院生時代に、人吉・球磨地方を調査で訪れている。ゼミ生で3班に分かれ、観光、球磨焼酎(※筆者の班)、農業について「熊本大学地理学研究 第3号 熊本県人吉・球磨地域調査報告」にまとめた。「観光」の中に人吉市の記述があるので、少し長くなるが引用したい。

(人吉市の中心市街地は)球磨川流域の約3キロ圏内に発達し、川の北岸にはJR人吉駅を中心に温泉街や蔵などの観光施設や中心商店街が形成され、南岸には市役所、官公署などの各行政機関が集積している。歴史的な建造物が数多く残る人吉市は「九州の小京都」として古くから観光産業が盛んであり、上記の他にも神社や仏閣など数多くの観光名所が存在する。その中でも、球磨川下りは地域の人々の生活と深くかかわってきた球磨川から誕生した重要な観光資源である。

筆者は調査をきっかけに人吉・球磨地方に魅了され、仕事やプライベートで足を運ぶようになった。豊かな自然、良質な温泉、米を用いたまろやかな球磨焼酎、おいしいお米と川魚。さらには球磨川下りやラフティング、鍾乳洞、SLなど観光資源にも恵まれている。筆者が住む熊本市内から車で1時間ちょっととアクセスもいい。そして何より「人」が優しい。「人吉は人が良いから人吉と名付けられた」と、県民は冗談を言う。ここはとにかく笑顔が素敵な人が多い。県外から訪れて、人吉のファンになる人は筆者の周りにも多数存在する。人吉は「癒し」の場所なのだ。

国土地理院が公開した浸水推定図(国土地理院のサイトより)
国土地理院が公開した浸水推定図(国土地理院のサイトより)

国土地理院が公開した浸水推定図を見ると、中心商店街などが位置する球磨川の北側一帯が浸水していることが分かる。筆者は2週間前にこのあたりを訪れているが、景色のあまりの変わりようにショックを受けた。

氾濫で水につかった人吉市中心部=4日、熊本県人吉市(住民提供)
氾濫で水につかった人吉市中心部=4日、熊本県人吉市(住民提供)

被災した人々の生活再建へ向けて、近い将来ボランティアの力も確実に必要になってくる。新型コロナの感染リスクを考えると、ボランティアを募る地域は限定的になるかもしれないが、受け入れ準備が整った後に多くの支援が集まることを願いたい。(提供写真を除き写真は筆者撮影)

ライター・元新聞記者

株式会社クマベイス代表取締役CEO/ライター。熊本市出身、熊本市在住。熊本県立水俣高校で常勤講師として勤務した後、産経新聞社に入社。神戸総局、松山支局、大阪本社社会部を経て退職し、コンテンツマーケティングの会社「クマベイス」を創業した。熊本地震発生後は、執筆やイベント出演などを通し、被災地の課題を県内外に発信する。本業のマーケティング分野でもForbes JAPAN Web版、日経クロストレンドで執筆するなど積極的に情報発信しており、単著に『カルトブランディング 顧客を熱狂させる技法』(祥伝社新書)、共著に『マーケティングZEN』(日本経済新聞出版)がある。

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