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MLB今季実施案採択は「7月開幕に向け大きく前進」ではない

豊浦彰太郎Baseball Writer
現コミッショナーは94年スト時はオーナー側弁護士だった(写真:USA TODAY Sports/ロイター/アフロ)

現地時間8月11日、MLBのロブ・マンフレッド・コミッショナーは、選手会に提示する今季の実施案へのオーナー達の合意を取り付けた。本件に関する日本のメディア報道には「開幕へ大きく前進」とする好意的な論調も多かったが、そう簡単には実行にこぎ着けられないだろう。その内容に関し選手会の同意を得るのは至難の技と思えるからだ。

悪くはない公式戦・プレーオフのフォーマット

今回のMLB案の骨子のうち、運営に関するものは以下の通りだ。

・7月上旬に開幕し、各球団とも本来の162試合のほぼ半分となる82試合を戦う

・地域自治体や州政府の許可を得た上で本拠地球場を使用

・対戦は同リーグ同地区球団および別リーグ同地区球団

・少なくとも開幕時点では無観客開催

・両リーグでDH制を採用

・ロースター枠を26人から30人に拡大

・プレーオフ出場枠をこれまでの10球団から14球団に拡大

今季のみの措置としては、リーグ戦やプレーオフのフォーマット自体は悪くないと思う。

本来の162試合の半分という「短期決戦」だと番狂わせが起きやすい。しかも、プレーオフ出場枠も拡大されている。例年通り、7月末にトレード期限が設定されるのかどうかは不明だが、シーズン中の主力切り売り&再建に着手しづらいことは間違いない。ペナントレースはそれなりに盛り上がるのではないか。

移動極小化のためのリーグの垣根を取り払った同地区球団との対戦とは、具体的にはア・リーグ東地区球団は、ア・リーグ東地区、ナ・リーグ東地区とのみ戦うということだ。対同リーグ球団2に対し、対別リーグ球団1くらいの比率なのではないか。強豪球団の分布を見ると、両リーグに強豪がひしめく東地区とそうではない中地区のレベルの差が一層拡大することが懸念されるが、今季だけの措置なのでまあ良しとしよう。

拡大プレーオフや全試合でのDH制採用も、もともと検討されていた。特殊なシーズンということで推進派には渡りに船だったろう。

それでも選手会との合意は難しい

しかし、それでもMLB機構側がこの案で選手会の了解を取り付けるのは至難の技だ。それは、今回のMLB案にはこのような考えも盛り込まれているからだ。

・総収入を球団と選手間で折半する

選手会専務理事のトニー・クラークにとって、これを呑むことは自身の解任動議を受け入れることを意味する。

労使協定での規定では、自然災害や戦争などの国家の非常事態により開催されなかったゲーム分に関してはサラリーは支払われない。大統領が非常事態を宣言した今回の新型コロナウィルス禍も同様だ。このことは、すでに選手会も了承していた。

しかし、総収入に対する歩合制の導入となると話は全く別だ。本来、球団側の収入としては、チケットおよび球場内での飲食売上、球団ごとの個別契約となるローカルテレビ放映権料、MLB機構が一括管理する全国放送テレビ放映権料やネットビジネス&スポンサーシップ収入の配分、などが挙げられる。

今季に関していうと、開催試合数が例年の半分なので、最も大切なテレビ放映権料関係は基本的には半分になる。加えて、当面は無観客での開催だと、来場者数に応じて発生する入場料や場内飲食関連は、半分を大きく下回ると予想される。もちろん、それを補う意味も含めプレーオフが拡大されるのだけれど、それでも選手の取り分は既合意の「半額」を下回る可能性が高い。

しかも、球団の収益はニューヨークのような超大市場を抱える球団とレッズやブルワーズのようなスモールマーケット球団では大きな隔たりがある。このあたりは、何らかの是正措置が盛り込まれるのかもしれないが、公平性を重視する選手会が疑心暗鬼になるのは必然だ。

サラリーキャップ議論はかつてのストの要因

そして、何よりも大きな問題になりそうなのは「総収入の◯%」というサラリーキャップの概念を再び持ち出してきたことだ。これは他の北米4大スポーツでは導入済みだが、ベースボールに関して言えば、1994年8月にその導入をめぐってのオーナー側と選手会の交渉が泥沼化し、史上最悪最長のストライキに至った経緯がある。その時は双方が歩み寄ることなくシーズン残りもポストシーズンもキャンセルされた。2度の大戦下でも、開催都市での開催中の大地震発生という事態(1988年アスレチックス対ジャイアンツ)でも行われたワールドシリーズまで中止に追い込まれるという汚点を歴史に残したのだ。MLB機構は、その醜い争いの争点であったサラリーキャップをもう一度交渉の俎上に乗せようというのだ。

あれから四半世紀。当事者達は選手側はもちろん、球団オーナーもその大多数が入れ替わった。しかし、マンフレッド・コミッショナーは当時オーナー側の弁護士として渦中にあった人物だ。サラリーキャップを持ち出すリスクは誰よりも理解しているはずだが。

MLBは現時点では過去最長の労使和平状態にある。前回の忌まわしいストライキ以降はアメリカ国内の長期にわたる好景気にも支えられて、(もちろんそれだけではなくMLBの経営手腕も高く評価すべきだが)そのビジネスは驚異的に拡大した。労使関係が良好だったのは、スト以前の限られたパイの奪い合いが拡大するパイの山分けに移行したからだ。それが、少なくとも今季に関しては、新型コロナショックで最初から半分しかないパイを両者で争うのだ。

世界経済は、今後かつてない不況に陥るとの観測もある。今季のパイはさらに小さくなるかもしれない。しかも、今回暫定的にせよサラリーキャップを導入することは、2021年オフに失効する労使協定の更新交渉において大きな前例になる。これは容易に妥結できないだろう。

Baseball Writer

福岡県出身で、少年時代は太平洋クラブ~クラウンライターのファン。1971年のオリオールズ来日以来のMLBマニアで、本業の合間を縫って北米48球場を訪れた。北京、台北、台中、シドニーでもメジャーを観戦。近年は渡米時に球場跡地や野球博物館巡りにも精を出す。『SLUGGER』『J SPORTS』『まぐまぐ』のポータルサイト『mine』でも執筆中で、03-08年はスカパー!で、16年からはDAZNでMLB中継の解説を担当。著書に『ビジネスマンの視点で見たMLBとNPB』(彩流社)

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