デジタルリーダーなら40歳以上でも転職は可能だ NTTデータ経営研の調査を考える
3月25日、NTTデータ経営研究所は「デジタルリーダーの志向性調査」の結果を発表した。
同社がデジタルトランスフォーメーション(DX)人材について調べたところ、デジタル人材は全体の8.5%しかいないことが分かった。内訳は、デジタルエンジニアが6.1%、デジタルリーダーは2.4%である。さらには、デジタルリーダーのうち約半数が、1年以内の転職を検討しているようである。
かねて筆者は、「デジタル人材」には技術側の者とビジネス側の者の二種類が存在することを指摘し、一般の見解の誤りを指摘してきた。あるいは、後者をチェンジリーダーとかイノベーション人材と捉え、DX推進においてはむしろ、統括者である彼らを積極的に抱えるべきだと主張してきた。NTTデータ経営研も同様に、デジタル技術に秀でた人材をデジタルエンジニア、彼らを率いてDXを推進する人材を、デジタルリーダーと定義しているようだ。
記事にあるように、デジタルリーダーは、デジタルエンジニアよりも年代が上がるほどボリュームが大きくなる。その理由は、DXを推進するには知見や実行力が重要であり、経験が必要となるためである。また、デジタルリーダーの約85%が転職経験者であり、約83%が現在も転職する意向をもちつづけているという。
したがって、デジタルリーダーのうち40代は約46%、30代は35%となる。裏を返せば、デジタルリーダーやイノベーション人材と呼ばれる人たちは、企業内部に適当な人材が不足しているがゆえ、40代でも転職が可能ということだ。かつては35歳前後が転職限界年齢であると謳われてきたが、デジタル時代においては、経験を積んできた30代後半以降の方が、重宝されることになる。
かくして、先行きの見えない世の中において、歳をとっても必要とされる人材となるには、デジタル技術に目を向け、それらを用いてビジネス上の価値向上を実現する経験を積める仕事に就いたほうがよいのである。NTTデータ経営研が示すように、それは業務改革、事業立ち上げ、組織マネジメント、そして営業の仕事などだ。それらの仕事において、デジタルな新興テクノロジーを用いた活動に勤しむことが、自己防衛の最良の手段といえよう。
ところで、デジタルリーダーの資質は、単にデジタル技術を用いたビジネスに従事することで身につくものではない。資質を育むために必要な姿勢や考え方、活動があるため、次の通りまとめておきたい。
デジタルリーダーの資質と行動
DXにおけるデジタルリーダーは、新興テクノロジーを用いて、変革を興す人材である。そのためリーダーは、第一に、いかなる変革を興すのかを考えなければならない。ゆえに彼は、デジタル技術に詳しいだけではなく、それをいかに活用するのかを「構想する」人材である。これをピーター・ドラッカーは、テクノロジストと呼んでいる。
また、新興テクノロジーを用いることは、前例に従う余地がないことを意味する。したがってデジタルリーダーは、従来の計画プロセスから離れて、失敗を繰り返しながら学習し、試行錯誤の中で糸口を見つけ出して、現実世界に実装することを目指すのである。このような、試作をスピーディにつくり、ビジネスへと至るプロセスを描いていくための手法を、ラピッドプロトタイピングという。
しかしながら、単なる思いつきではビジネスは成功に至らない。ビジネスリーダーは、いま生じている変化を捉えつつ、いかなるテクノロジーが生まれているのかについて、深い知見 insight をもたなければならないのである。よって彼らには、一人でもの思いにふける時間が必要である。日常の煩雑な業務や作業から解放し、学習と思索を繰り返させることで、ビジネスリーダーの素養は育まれる。
さらには、デジタルリーダーは「やらされ感」を嫌う。なぜなら、すべての創造的な仕事は、内発 inside out によって実現に至ることを、知っているからである。ペンシルベニア大学のランドン・モリスは、創造性には、創造的な考え方と専門知識のほかに、好きな気持ちも必要だと述べている。課題 task は、誰かに与えられるものではない。現実の問題を踏まえ、自ら設定し、実現に向けて活動するものである。
最も強い動機を生み出すものは、使命感 mission である。すなわち、世の中が間違っていると思うとき、それに向けて自分にできることは何かという思いと、実際にやり遂げようとする、強い信念である。だからデジタルリーダーは、自らの考えを周囲に語り、また他者にも反論を企てる。現状のままではいけないと考え、自分の手で変えようと、行動を起こすためである。
以上が、デジタルリーダーの資質と行動である。NTTデータ経営研の調査による傾向と、おおむね合致していることが分かるであろう。そして筆者は、これらの見解を、創造性研究の文脈の中から拾ってきた。だからデジタルリーダーとは、根本的にいってイノベーション人材のことだというのである。
足りないなら、育てよ
デジタルリーダーが転職するのは、自分の使命を邪魔する要素を取り除き、自分の活動しやすい場所を求めて、さまようからである。
彼らの意識は、〇〇会社の自分、というものではない。逆であり、自分が〇〇会社で仕事をしている、というものである。彼らが価値基準やアイデンティティとしているものは、所属会社の評判ではなく、自分らしい仕事かどうかである。もっといえば、自分の取り組んでいる仕事が、天職といえるかどうかである。ポジティブ心理学の創設者の一人、マーティン・セリグマンは、天職について次のように述べている。
「天職は、それ自体の目的のために完遂されるものだ。給料や昇進なしでも従事するものだ。『私を止められるものなら止めてみなさい!』というのが、天職を妨害されたときの心の叫びとなる」(『ポジティブ心理学の挑戦』)。
かくしてデジタルリーダーを採用するには、まずもって、次のような内部改革が必要なのである。まず、彼らを邪魔する、すべての生産価値のない仕事を「なくす」。また、彼らのやる気を削ぐ、やらなくてもよい業務や作業を「けずる」。そして最後に、彼らの好む、より価値のあるビジネスを創造する時間を「ふやす」。これらのプロセスによってしか、日本のDXは実現しない。
しかしそれでも、正規の従業員としてデジタルリーダーを採用するのは、人材の希少性の観点からいって困難である。そのため、内部の人間をデジタルリーダーに育てるための活動が、ただちに必要となる。よってDX推進チームは、上記の内部改革に加えて、多様性によって互いに刺激を与え続けるための、クロスファンクショナルチームによって編成されるのが望ましい。そこでは、外部のデジタルリーダーを呼び込んで、文化を醸成することも必要となる。
育成には時間がかかる。しかし居心地のよい組織には、人は居続けようとするものだ。否むしろ、すべての人が転職したいと思うのは、何らかの理由で居心地が悪いからにほかならない。デジタル人材には、デジタル人材のための組織やチームが必要である。そうでないから、半数以上ものデジタルリーダーが、一年以内の転職を検討するような事態が生まれるのである。最後に、ドラッカーの『テクノロジストの条件』から次の言葉を引用することで、記事を終えたい。
「まさに出現しようとしている新しい経済と技術において、リーダーシップをとり続けていくうえで鍵となるものは、知識のプロとしての知識労働者の社会的地位であり、社会的認知である。もし万が一、彼らを昔ながらの社員の地位に置きその待遇を変えなければ、製造テクノロジストを職工として扱ったかつてのイギリスの轍を踏むことになる。その帰趨も同じところになる。」