「ペロシ台湾訪問」に殺到したフェイクニュース、その中身とは?
「ペロシ台湾訪問」に殺到したフェイクニュースの中身とは――。
米下院議長、ナンシー・ペロシ氏の台湾訪問をめぐっては、中国軍による大規模な軍事演習が展開されたほか、台湾政府などへのサイバー攻撃、さらにはフェイクニュース(偽情報・誤情報)の氾濫も注目された。
「台湾政府はペロシ氏招致に300万ドル支出」「中国政府が台湾にいる自国民に退避指示」――そんなフェイクニュースが、次々とネットを駆け巡った。
軍事演習とサイバー攻撃、フェイクニュースの同時進行は、ロシアによるウクライナ侵攻を巡って見られた「ハイブリッド戦」とも重なる。
台湾政府も、これらを一連の脅威と捉えている。
地政学的な緊張の高まりによってネット上で何が起きるのか。その一端が垣間見える。
●「ペロシ氏招致に300万ドル」
台湾外交部は8月4日、ホームページにそんな声明を公開した。
米下院議長で対中強硬派のペロシ氏が、台湾を訪問したのは8月2日夜から3日にかけて。声明が出されたのは、その翌日だった。
声明によれば、4日午前、ネット掲示板に、「米司法省が公開している文書によれば、台湾政府の4部門が米国のPR会社に対し、ペロシ氏の台湾訪問の働きかけのために、300万ドル(9,400万元、約4億円)を支払った」との投稿が掲載されたという。
外交部は翌5日にも改めて声明を出して拡散防止を呼びかけている。
与党・民主進歩党も虚偽の内容だとの声明を公開している。
この投稿については、台湾のファクトチェック団体「台湾ファクトチェックセンター」も8月5日に検証結果を公表。「米司法省が公開している」とされた文書は存在せず、捏造であると結論づけている。
台湾メディアの蘋果日報などによると、北東部・宜蘭の男性が、ネット掲示板への投稿に使われたアカウントは盗難されたものだとして、地元警察に届け出ているという。
●「中国政府が自国民に台湾退避指示」
台湾政府の対中国部門、大陸委員会は8月4日午後、フェイスブックの公式アカウントで、そう投稿している。
それによると、同日正午前、中国国営の「中国中央テレビ(CCTV)」のスクリーンショットと称する画像がネット掲示板に投稿され、キャプションには「中国共産党は台湾の自国民を退避させることを決定し、2022年8月8日までに退避を完了させる予定だ」と記されていた。
「台湾ファクトチェックセンター」とやはり台湾のファクトチェック団体「マイゴーペン」の検証によると、画像はCCTVのロゴと女性キャスターの姿が写っているものの、そのような放送や決定がなされた事実はなく、いずれも虚偽である、との判定をしている。
台湾メディアの聯合報や自由時報などによると、この投稿をめぐって南部・屏東県の男性が4日午後、地元警察に出頭したという。男性はネット掲示板への投稿は認めたものの、中国籍の女性が投稿したものを転載したのだという。
●「中国軍が集結」「戦闘機を撃墜」
ペロシ氏が台湾に到着した8月2日以降、多数の自走砲の画像と「中国軍が集結」とコメントする投稿もネットに広まったという。
画像では、海岸線に3列にわたって並べられた無数の自走砲が、砲身を一斉に海に向けている。投稿は、台湾海峡を隔てた中国福建省の海岸線への中国軍の配備、だとしていた。
だが両ファクトチェック団体の検証によれば、これらは5年前の2017年に北朝鮮の軍創設85周年の演習を撮影した画像で、CNNやオーストラリアのABCなどが掲載していたものだった。
また、ペロシ氏が対中強硬派の立場をとる理由は、「中国で逮捕歴があるから」とする投稿も、広がっていたという。
両ファクトチェック団体の検証によれば、これは2年前に中国のソーシャルメディアに投稿されていた内容が拡散されているのだという。
ペロシ氏は天安門事件から2年後の1991年9月に、北京の天安門広場を同僚議員2人とともに訪れ、事件の犠牲者への連帯を示す黒い横断幕を掲げたことで知られる。
当時のロサンゼルス・タイムズの報道などによると、この際、取材をしていたCNNの記者らが一時拘束されたが、ペロシ氏は拘束や逮捕はされていないという。
このほか、台湾国防部(国防省)が、いずれもフェイクニュースだと公表しているネット上の主な情報は下記の通り:
・「夜間飛行で行方不明となった台湾のF-16戦闘機は中国に亡命」
●軍事演習、そしてサイバー攻撃
中国国防部は2日夜、ペロシ氏の台湾訪問に「軍事作戦で対抗する」と表明。新華社通信によると、中国軍は8月4日午後1時ごろ、台湾周辺で「空前の規模」の軍事演習を展開した。演習は7日まで続いた。
台湾総統府によると、中国軍は4日午後2時前から、弾道ミサイル「東風」11発を発射した、としている。
また、日本の防衛省によると、このうち5発が日本の排他的経済水域(EEZ)内に落下したという。
ペロシ氏の台湾訪問をめぐっては、台湾に対するサイバー攻撃も確認されている。
台湾総統府によると、ペロシ氏の到着に先立つ8月2日午後5時すぎには、総統府のウェブサイトにサイバー攻撃(DDoS攻撃)があり、通常の200倍のアクセスを受けたものの、20分後には運用を再開したという。
ロイター通信によると、2日のサイバー攻撃では、1分間に850万回のアクセスがあったという。
3日に行われた台湾行政院の記者会見で、デジタル担当政務委員の唐鳳(オードリー・タン)氏は、2日のサイバー攻撃のデータ量は1万5,000ギガバイトを超え、平常時の23倍に上ったと説明した。
また国防部によると、3日午後11時すぎにも同部ホームページへのDDoS攻撃があり、11時半前にサービス中断、午前0時すぎに復旧したという。
ロイター通信によると3日には、中国製のソフトを使っていた駅の電光掲示板や、コンビニエンスストア「セブン・イレブン」がサイバー攻撃を受けるなどの被害もあったという。
中国のハッカーグループ「APT27」を名乗るアカウントが、「犯行声明」の動画を公開しているという。
●「ハイブリッド戦」の片鱗
2月24日のロシアによるウクライナ侵攻の際に展開されたのは、武力攻撃とサイバー攻撃、フェイクニュースが連係して展開される「ハイブリッド戦」だった。
※参照:「偽政府サイト」でウイルス拡散も、武力侵攻に先立ちサイバー波状攻撃(02/25/2022 新聞紙学的)
※参照:フェイクツイート3,000%増が軍事的緊張を後押しする(02/14/2022 新聞紙学的)
台湾政府は、今回のフェイクニュース、サイバー攻撃と軍事演習を、一連のものと捉えているようだ。
「中国は集中的な情報戦を仕掛けてくるだろう」。台湾総統の蔡英文氏は、中国による軍事演習についての声明で、そう指摘している。
台湾をめぐる緊張の高まりからは、そんな「ハイブリッド戦」の片鱗を見てとることができる。
(※2022年8月8日付「新聞紙学的」より加筆・修正のうえ転載)