Yahoo!ニュース

5月19日集会で袴田巖さんと村山元裁判官の劇的対面、そこで議論された再審法改正とは

篠田博之月刊『創』編集長
5月19日の集会で袴田巖さんと姉のひで子さん(筆者撮影)

袴田巖さんと村山元裁判官の劇的な対面

 2023年5月19日正午から参議院議員会館で「袴田事件の再審確定、つなげよう再審法改正へ」と題する「再審法改正をめざす市民の会 結成4周年記念集会」が開催された。私も「市民の会」の運営委員を務めており、当日は30分以上前に会場に入ったのだが、報道陣の多さにまず驚いた。

 なぜそうなったかといえば、その集会には2014年に静岡地裁で袴田事件再審開始決定が出されたその時の裁判長である村山浩昭元裁判官が出席、再審開始を求めた袴田巖さんと初対面が行われたからだ。袴田事件はその2014年の決定の後、検察側が抗告して9年2カ月もの歳月が流れた末の2023年3月に東京高裁でまたも再審開始決定が出たのだが、最初に開始決定を出した元裁判長と巖さんの2ショットは大きなニュースバリューがあると各マスコミが判断したのだろう。

すばらしい3ショット(袴田さん支援クラブ提供)
すばらしい3ショット(袴田さん支援クラブ提供)

 実際には巖さん、村山さん、そして袴田ひで子さんの3ショットは、巖さんらに同行した支援者が撮ったものが各社に提供され、新聞はほとんどがその写真を掲載していた。今回のニュース自体は多くの新聞・テレビが報じたのだが、あいにくその日はG7広島サミット初日で、そのニュースに多くのスペースがさかれ、袴田事件のニュースは3ショットが紹介されただけに終わってしまった感がある。

 恐らく今後、解説記事が出ると思うので、それに期待するしかないが、19日の集会については、それがどこの主催でどんなテーマだったかほとんど報道されていない。ニュースが多かった日なので仕方ないとはいえ、ここで基本的な報告だけはしておかないといけないなと思い、この記事を書いている。

袴田事件再審開始から再審法改正へ

 その日の集会は、袴田事件再審開始決定について振り返り、さらに再審法改正について議論したいというものだった。袴田事件再審で問題となった捜査側の証拠捏造や、静岡地裁決定から9年2カ月もの間、検察側の抗告による妨害で歳月が費やされたといった現状を話し合い、それを改めるべく再審法改正について考えるものだった。袴田事件弁護団や日本弁護士連合会、各政党、冤罪犠牲者などが次々に発言を行い、再審のルールを今こそ改正すべきと訴えた。

「再審法改正をめざす市民の会」共同代表の周防正行監督(筆者撮影)
「再審法改正をめざす市民の会」共同代表の周防正行監督(筆者撮影)

 この集会については既に全編の動画が公開されているので関心のある方はぜひご覧いただきたい。中身の濃い議論というだけでなく、様々な立場の方の発言を聞くことで何が問題になっているのか全体像が把握できる。動画は下記からアクセスいただきたい。

https://www.youtube.com/watch?v=YxctgECpPSA

 さらに再審法改正については「再審法改正をめざす市民の会」(通称RAIN)のホームページをご覧いただきたい。

https://rain-saishin.org/

村山元裁判官と水野元裁判官の中身の濃すぎる対論

 その集会のハイライトは12時40分頃から行われた袴田事件弁護団の水野智幸弁護士(元裁判官)と、前述した2014年の決定を出した村山浩昭弁護士(元裁判官)の対論だった。対論といっても、水野弁護士が聞き役になって村山元裁判長から当時の決定を出すに至る胸中や判断状況、さらには今回の高裁決定についての感想なども聞くという進行だ。

水野智幸元裁判官(左)と村山浩昭元裁判官(筆者撮影)
水野智幸元裁判官(左)と村山浩昭元裁判官(筆者撮影)

 村山元裁判官は、既に袴田事件再審については幾つかの場で発言しているのだが、この19日の発言は、まとまった時間がとれたこともあって、あまり知られていない部分にまで踏み込んで語ってくれた。当時、決定をくだすにあたってどういうことを考えていったのかなど、かなり率直な内容だ。

 そもそも裁判官の心情などを聞く機会自体があまりないのだが、今回の村山弁護士の話は、極めて貴重なものだった。前述したURLから今も視聴できるのでぜひアクセスしてほしい。再審法改正をめぐって何が問題で、改正が裁判官などにどんな影響や受け止め方をされるかといった具体的な内容まで、普段なかなか聞けない話だ。

再審法改正はいま大きなうねりに

 国会議員などもアピールしていたように、再審法改正はいま大きな山場にさしかかりつつある。ぜひ多くの人がこの問題に関心を持ってほしいと思う。

袴田巌死刑囚救援議員連盟などに尽力してきた鈴木宗男議員(筆者撮影)
袴田巌死刑囚救援議員連盟などに尽力してきた鈴木宗男議員(筆者撮影)

議員発言の口火を切った社民党の福島みずほ議員(筆者撮影)
議員発言の口火を切った社民党の福島みずほ議員(筆者撮影)

 19日の集会には、他の再審事件関係者などのアピールもなされた。元東住吉事件請求人の青木惠子さん、日野町事件再審請求人の阪原弘次さん、今市事件の勝又拓哉さんの弟の高瀬有史さん、名張事件全国の会の田中哲夫さん、そして冤罪犠牲者の会事務局長のなつし聡さん、大崎事件弁護団事務局長の鴨志田祐美弁護士だ。

 特に鴨志田弁護士は、日弁連でも再審法改正実現本部で活躍しており、この問題のシンボル的存在。この19日のスピーチも、かつての死刑再審事件などでも今議論されているのと同じ問題が提起されていたのに、十分な取り組みがなされなかったために現在に至っていると、熱く迫力のある内容だった。

 ちなみに私が最初に取材などに取り組んだ冤罪事件がまさにかつての死刑再審4事件のひとつ、仙台の松山事件で、月刊『創』(つくる)編集部に入った1970年代末に、地元との間を何回も往復し、請求人だった斎藤幸夫さんのご家族と親しくなった(1979年再審開始決定)。特に幸夫さんの母親のヒデさんが、息子の幸夫さんの無実を信じてものすごく精力的に活動を展開した。袴田事件の袴田ひで子さんと名前もイメージも似ているのだが、この家族の取り組みが大きな影響を及ぼしたことは間違いない。私は何度か現地に取材に行って、一人暮らしのヒデさんの所に泊まって、夜、いっしょにテレビを観たりしたのを懐かしく覚えている。

 免田事件を始め元死刑囚の再審開始が相次ぎ、再審問題が社会的関心を集めた時期だったが、今回、鴨志田弁護士が指摘したように、そこからもう40年が経っているのに、再審法改正はようやく今、動き出したところだ。

 今のこのうねりを再審法改正の実現まで押し上げていかないと、もうあと10年チャンスは訪れない、と木谷明元裁判官も指摘している。この問題をめぐって、3月の袴田再審開始決定の直後に木谷弁護士、鴨志田弁護士、江川紹子さん、周防正行監督で議論した『創』5月号の座談会は、下記ヤフーニュース雑誌に全文公開した。ぜひ読んでいただきたい。

https://news.yahoo.co.jp/articles/a88ba633b828807b0a3a930a23126733a9cae40d

袴田事件再審開始決定!今こそ再審法の改正を  鴨志田祐美[弁護士]、木谷明[弁護士]、周防正行[映画監督]、江川紹子[ジャーナリスト]

月刊『創』編集長

月刊『創』編集長・篠田博之1951年茨城県生まれ。一橋大卒。1981年より月刊『創』(つくる)編集長。82年に創出版を設立、現在、代表も兼務。東京新聞にコラム「週刊誌を読む」を十数年にわたり連載。北海道新聞、中国新聞などにも転載されている。日本ペンクラブ言論表現委員会副委員長。東京経済大学大学院講師。著書は『増補版 ドキュメント死刑囚』(ちくま新書)、『生涯編集者』(創出版)他共著多数。専門はメディア批評だが、宮崎勤死刑囚(既に執行)と12年間関わり、和歌山カレー事件の林眞須美死刑囚とも10年以上にわたり接触。その他、元オウム麻原教祖の三女など、多くの事件当事者の手記を『創』に掲載してきた。

篠田博之の最近の記事