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大坂なおみの取材拒否宣言について、全仏会場に居て思うこと

内田暁フリーランスライター
(写真:REX/アフロ)

 フランス時間の朝7時に、日本のテレビ局から電話が掛かってきた。

 大坂なおみが、全仏オープンで一切のメディア対応を断ると宣言したことについて、コメントや意見が欲しい……という内容だった。

 正直、嫌だと思った。

 まだ、彼女の発言の真意が分からない、大会やツアー運営組織等がどのような対処をするかも分からないなかで、上手く話せると思わなかったし、こちらの意図が正しく相手に伝わるとも思えなかった。

 会見に出ているメディアの一員として、取材拒否にショックを受けていたこともある。

 次の瞬間、あっ、と思った。

 彼女たち選手は常に、こういう状況下で、会見や取材にのぞんでいるのだ。勝った時でさえ真意が伝わらぬことは多々あっただろうに、ましてや負けて心が傷つき、頭が混乱した中で口にしたことが、メディアに乗るとはどういうことなのか。

 信頼していた記者や媒体に、本意でない解釈をされ、ショックを受けたこともあるだろう。それなのに会見を断れば、罰金を科されることになる。

 テレビ局からの電話に応じながら、自身の心の動きの皮肉さに悄然とした。

 テニス選手の取材対応ノルマは、恐ろしいほどに多い。

 試合直後のオンコートインタビューに始まり、記者会見はトップ選手ともなれば勝敗限らず必ずセッティングされる。それも、“会見の公用語”としての英語、そして母国語の両方になるのが慣例。さらには、放映権を有しているテレビ局からのインタビュー。グランドスラムなどでは、男女ともトップ5クラスになれば、記者会見以外に3~4のテレビやラジオの個別取材が入っていることが常だ。

 もちろん今のような取材形態は、長い歴史の中で構築されたフォーマットでもある。運営側とすれば、トップ選手の露出を多くすることで大会の知名度や人気を高め、スポンサー獲得につなげたいとの狙いがあるだろう。記者会見というシステムも、記者たちが選手に直接接触して混乱を招いたり、それこそ不躾な質問などがされないよう、大会やツアーサイドで管理する目的もある。大会、メディア、そして選手たちで意見交換をしながら成立したのが、今のシステムだと諸先輩からも聞いてきた。

 ただ時代の変容の中で、歪みや非合理的な側面も生じてきたはずだ。とりわけ最近の顕著な変化として、リモート取材があげられる。

 選手と記者が近い距離で対面するプレスルームは、独特の緊張感もある。質問する側も、超一流アスリートの値踏みするような鋭い眼光を浴びながら口を開くのは、それなりの知識と自信が要るものだ。会見室に行くということは、選手から自分が見られていることでもある。だから聞くべきことや、聞き返された時に応じられるだけの準備はして会見室に足を運ぶ。

 一方リモート取材では、その緊張感や準備のハードルが明らかに下がる。これは自戒も含めて言うのだが、とりあえず見ておこう、聞いておこうという気分で会見にアクセスしてしまいがちだ。そのために、リモート参加者は多くても、質問が一つも出ないまま終了になった会見もあった。

 また、知人のイタリア人記者にこのような話も聞いた。あるイタリア人選手は、取材拒否をしている記者がおり、その記者も対面の会見では、ここ何年も質問をしたことがない。だが最近の大会では、その選手のリモート会見で早々に質問が途絶えた。そこで絶縁状態にあった記者が質問をしたところ、その選手は帰ってしまったという。

 ただ大坂自身はメディアに愛されている選手であり、会見でトラブルが起きたこともほとんどない。記憶にあるところでは、一昨年のウインブルドン敗戦後に、会見途中で「泣いてしまいそう」と言い残し中座したくらいだ。

 彼女自身も、テニスやスポーツのみならず、社会問題等への意見も口にし、若者たちのロールモデルになろうと意識している。メディアの向こうには、多くのファンや彼女に憧れる子どもたちが居ることも、十分に理解しているはずだ。

 そんな彼女が、なぜ今回、このような行動に出たのか?

 現地全仏オープンのメディアルームでも、各国の記者たち(すごく少ないですが……)が、それぞれの情報や意見を交換している。

 それらの会話のなかで思い出したのが、昨年の夏に彼女が、人種差別に反対する種々の競技団体の動きに同調するかたちで、試合を辞退したことである。あのとき彼女は、「自分の行動が、この問題に対しみんなが議論するきっかけになれば」と声明文に記していた。

 ならば今回の行動も、彼女の友人や仲間の選手たちを代表しての行動ではないだろうか? 自ら旗幟を鮮明にすることで、記者会見やインタビューの在り方について、話し合いを促進しようとしているのかもしれない。それぞれの立場の者が意見交換しあい、膿を出し、良い関係性やシステムを構築することを望んで。

 思えば今回の取材拒否を伝えるソーシャルメディアの投稿では、声明文のほかに、少女時代のビーナス・ウィリアムズの父親が取材者に対し怒りをぶつける場面や、NFLの選手が「罰金を払いたくないからここに来た」と記者に応じる動画もあげている。これらの中に、彼女の真意があるのかもしれない。

 だとすればわたしたちは、胸に手を当てて考え、議論しなくてはいけない。現に今回、複数の国の記者や異なる立場の人たちと話すことで、考えたこともない意見を聞いたり、思わぬ視座を与えられもした。そのうえで、彼女の真意も聞かせて欲しい。

 まだ大会運営サイドやツアーの広報も、今回の件について状況を把握できていない様子だ。

 今後の対応については、ITF(国際テニス連盟)が決定権を持つという。

フリーランスライター

編集プロダクション勤務を経て、2004年にフリーランスのライターに。ロサンゼルス在住時代に、テニスや総合格闘技、アメリカンフットボール等の取材を開始。2008年に帰国後はテニスを中心に取材し、テニス専門誌『スマッシュ』や、『スポーツナビ』『スポルティーバ』等のネット媒体に寄稿。その他、科学情報の取材/執筆も行う。近著に、錦織圭の幼少期から2015年全米OPまでの足跡をつづった『錦織圭 リターンゲーム:世界に挑む9387日の軌跡』(学研プラス)や、アスリートのパフォーマンスを神経科学(脳科学)の見地から分析する『勝てる脳、負ける脳 一流アスリートの脳内で起きていること』(集英社)がある。

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