なぜ「マジ☆部」は0円で感動を売るのか? 無料でも”オヤジ体験”をすり込みたい本当の理由。
「〇〇マジ!キャンペーン」という20歳前後の若者を対象にした一連のキャンペーンがあります。
スキー場での割引が受けられる「雪マジ!」をはじめ、ゴルフ場での「ゴルマジ!」、温泉地での「お湯マジ!」、Jリーグ観戦が出来る「Jマジ!」、生ビールが無料で飲める「ビアマジ!」といった具合に、対象年齢の人であればこうした様々な場面で割引などのサービスを受けられるとあって、若い世代の中では常識となりつつあります。
ホームページの説明には「マジ☆部は、19歳~22歳世代を対象とした、タダで素敵な体験を提供する魔法のアプリです」とあります。
「コミュニケーション心理」「SNSと人づきあい」を専門とする作家であり、以前は広告会社でマーケティング戦略を立案していた者として、この「タダで素敵な体験を提供する魔法のアプリ」(笑)のことは、とても興味深く見ています。
無料だったら体験してみたい
こうした一連のキャンペーンは、株式会社リクルートライフスタイルが運営するもの。スキー場へと若者層の客を取り戻そうと2011年に始まったのがきっかけです。
ラインナップには、学生が「無料だったら体験してみたいかもな」と思うようなサービスや商品が並びます。例えばゴルフなどはその最たる例で、「社会人の人が接待でやっているイメージはあるし、石川遼くんをテレビで見てスポーツとしての面白さもなんとなくわかる。でもなんだかお金がかかりそうだし、始めるきっかけも特にない」といった時に、もし「無料で体験できるよ?」と言われたら、ちょっとやって見ようかな、と食指が動く。そこをうまくついているというわけです。
「若者を振り向かせたい」は時代遅れ?
さて、「マジ☆部」が扱うジャンルをよく見てみると、ゴルフ場や温泉地、ビールなど、若者離れが目立つ業界・ビジネスが並んでいることに気づきます。言ってしまえば「時代遅れの若者ウケしない、オヤジ・オバチャンレジャー」ばかり。
それはそうですよね。そうでなければ、無料にしなくても、若者は勝手にやるわけですから。
団塊世代・バブル世代に比べて人口も少なく、消費意欲も低いと言われる最近の若者世代を、振り向かせたい。早い年齢のうちから一度体験させ、その後の消費習慣の中に自然に組み込ませたい……。
多感な時期に自分の意思で始めた、経験した行動は、習慣として生涯に渡って続けることは想像に難くありません。無料でもいいからとにかく体験をしてもらって、ファンになってもらう。オトナになってからお金を払ってくれればそれで回収できるから、という先行投資の姿勢がそこには伺えます。
少数派もいずれ多数派に
人口が減少していく日本で、市場の大きなパイを占める「お客さん」は、もちろんシニア層です。
そうした中で「やっぱり若い人に来てもらわないと」「若者向けマーケティング」という発想は、一見、時代遅れのように感じます。そんなことをするよりもシニア層へのサービスを充実させる、あるいは、海外観光客向けの産業を発展させる方が、目先の利益としては賢いはず。
ですがいっぽうで、「若者はいつまでも若者ではない」というのも、また事実。
現在はお金がないうえにパイも小さい「若者たち」も、数年、数十年たてば立派な中年層となり、さらに減った人口の中ではそこそこのパーセンテージを占めるマジョリティに。
近い将来、大きなパイを占めるお客さんになること間違いなしなのですから、今のうちに”オヤジレジャー”への消費習慣をつけておくというのは、あながち間違いではないのかもしれません。
オヤジ習慣をすり込む
というか、いまの消費を支えているシニア層も永遠ではないのですから、「オヤジ・オバチャン予備軍」に今のオヤジ・オバチャン習慣をうまくすり込めるかどうかは、文字通り死活問題なのです。
逆に言うと、若いうちにしかやらないようなこと(たとえば恋愛。たとえばゲーム。たとえばアニメ)などは、ほうっておいてもいい。
年を取ってからもやる可能性のあること(たとえば温泉。たとえばゴルフ。たとえば飲酒)などは、無理をしてでも早くから経験させておくべき。なぜなら将来お金を落としてくれるから。
そうした「将来子供と一緒にやれたらいいな、と思って、早くから子どもにゴルフクラブを持たせる父親」にも似た感覚で、若者を取り込もうとしているわけです。
モノよりも体験
ちなみに、じゃあなんでもかんでも、マジ☆部でうまくいくかというと、そうではありません。
現代の消費の特徴は「モノ」よりも「体験」。ライブに行ったり、旅行に行ったり、泡まみれでマラソンをしたりと、「友達と体験して、SNSでシェアする」のがトレンド。
友達を誘いやすく、他の同世代がやっていないことを体験できそうで、SNS映えすることが最低条件で、そうでなければ、いくら無料でも、時間を割いてくれないのが実情です。
新旧レジャー、客の奪い合い
クルマ、酒、ギャンブル、紙の本……。現代日本ですでに「オワコン」と見なされている業界・サービスが、ここでどうやって踏ん張るか。完全に死んでしまう前に、いかに若い世代に先行投資をできるか。
もう手遅れかもしれないけれど、いま手を打たないと、あとがない。旧レジャーが正念場を迎えるいっぽうで、新レジャーだって、うかうかしてられません。いまは若い世代の心をとらえられているけれど、いつまで続くか分からない。
たとえば、本やCDに使うお金を奪ったとされるケータイコンテンツやゲーム業界にしてみれば、いまの若い世代にはずーっとスマホをいじっていてほしいのであって、他の趣味は持たないでほしいわけです。
温泉やゴルフ、クルマなんていう時代遅れのレジャーには見向きもしないでほしい。そのためにはどうすればいいか?
そうした「将来の見込み客の奪い合い」という視点で見ると、次に「マジ☆部」と組むのはどの産業なのか、どんなサービスなのか、興味が尽きません。
(作家・心理カウンセラー 五百田 達成)