菊地直子被告の裁判で確認しておきたいことー裁判員裁判の評決についてー
先月27日、オウム真理教信者であった菊地直子被告の裁判で、第一審の有罪判断が高裁で否定され、無罪判決が下されました。
菊地直子被告、逆転無罪判決で釈放される オウム真理教の都庁小包爆発事件
この判決に対しては、市民感覚を刑事裁判に反映させるための裁判員裁判なのに、それが高裁でプロの裁判官に否定されるとは裁判員制度そのものを否定するに等しいといった極端な意見が見られます。もちろん、この裁判では証拠の評価が中心的な問題であることは事実ですが、しかし、その前に裁判員裁判の評決の仕組みについて確認しておく必要があると思います。
裁判員裁判は、プロの裁判官3名と市民裁判員6名で裁判が行われます。そして、判決は多数決ですが、「裁判官及び裁判員の双方の意見を含む合議体の員数の過半数の意見によ」らなければならない(裁判員法67条1項)とされており、単純多数決ではなく、条件付き多数決の仕組みがとられています。
したがって、意見が分かれたにもかかわらず有罪の結論とするためには、有罪の多数意見に少なくとも1名のプロの裁判官の意見が含まれている必要がありますので、
(有罪の意見)プロ1名+市民4名=5名
(無罪の意見)プロ2名+市民2名=4名
の場合や、
(有罪の意見)プロ1名+市民5名=6名
(無罪の意見)プロ2名+市民1名=3名
の場合、または、
(有罪の意見)プロ1名+市民6名=7名
(無罪の意見)プロ2名
の場合は〈有罪〉となります。
このような条件付き多数決の仕組みは、刑事裁判の鉄則である「疑わしきは被告人の利益に」、つまり、有罪か無罪かが疑わしい場合には無罪という判断を下さなければならないという原則を保障するためです。
だから、極端な場合ですが、
(有罪の意見)市民6名
(無罪の意見)プロ3名
の場合は、いくら市民裁判員全員が有罪だと思っても、その判断はかたよっているということになり、市民感覚だけでの単純多数決原理で有罪とすることだけは避けて、慎重に判断して有罪の心証に至らなかった場合として〈無罪〉としようということなのです。
そして、このような評決の数については、評議において出された意見や内容とともに、「評議の秘密」(裁判員法70条1項)として守秘義務が課されていますので、菊池直子被告の第一審判決のときの評議が具体的にどのようなものであったのかは推測するしかなく、あくまでも仮定の話ですが、上のようにプロの裁判官の判断が分かれていた可能性も否定できないのです。
だとすると、プロの裁判官だけで構成されている高裁も判決は多数決ですので、一審二審を通じてプロの裁判官の判断としては、本件では「合理的な疑いを超える程度の有罪の証明」がなされておらず、有罪の確信に至ることができないケースと判断された可能性も否定できないのです。
したがって、一審の裁判員裁判がプロの裁判官が行う控訴審で否定されたからといって、ただちに「最高裁、裁判員制度をやめますか?」と問うことには論理の飛躍があると言わざるをえません。(了)
[証拠の評価について参考となる意見]