自分の専門性とは畑違いのスペシャリストたちをマネジメントするにはどうすればよいのか
◾️管理職なら昇進すればよくあること
これだけ世の中の仕事がそれぞれ専門化が進んできていると、表題のような問題に突き当たる人は多いのではないでしょうか。私自身も自分は人事畑ですが、過去、総務や広報、健康保険組合などのマネージャーをしたこともあります。
ライフネット生命時代には経理部長まで拝命しました。管理会計経験はありましたが、本格的な経理業務などしたことはありません。メンバーたちは公認会計士や看護師など高度なスペシャリストであり、私はマネージャーでしたが知識などはまったく及びませんでした。
私も不安でしたが、メンバーの方もとても心細い気分だったと思います。ですので、そういう管理職の皆さんの悩みはイメージできるつもりです。
しかし、管理職という仕事では、昇進をして自分が見る範囲が広くなれば、このような状況ことはよくあることです。
◾️スペシャリストは依頼人からの信頼がやる気の源
私も人事のスペシャリストとしてもやってきたので、そちらの側の気持ちもわかるつもりですが、まず、自分の領域においてプロではない上司には、「ぜひ任せてくれ」となるのではないかと思います。
上司が力不足なのに、無理に首を突っ込んで的外れな口出しをしたり、自分が理解できないからという理由で提案を却下したりしていると、メンバーのやる気はみるみる失われていくことでしょう。
会計士でも弁護士でも技術者でも、スペシャリストは依頼人がいて成り立つ受け身な仕事です。そのため、やる気の源は依頼人からの信頼や感謝です。
信頼されていないと思えば、やる気が下がるのは当然です。
◾️どれだけリスペクトの念を抱くことができるのか
ただし、「任せる」ことは「丸投げ」ではありません。
面倒臭いと思うかもしれませんが、「僕にはわからないから適当にやっておいていいよ」ではなく、その人の真価をきちんと評価するからこそ頼って任せるのだ、というやり方でなければ、スペシャリストのテンションは上がりません。
例えば、あまり食に興味がなく、何を食べても感動もしないような人に対して、プロの料理人が腕をふるおうと考えるでしょうか。
おいしい料理を作ることができる人に対するリスペクトを持ち、期待感を見せるからこそ、料理人は頑張っておいしい料理を作ってくれるのです。
その際、参考になるのは食レポのタレントの表現力です。彼らは出てきた料理を享受するだけの人ですが、料理を食べた感想について「おいしい」とかだけでなく、豊かな語彙を用いて表現しています。
スペシャリストをメンバーに持つ畑違いの上司は、そういう人にならなくてはいけないのではないでしょうか。自分がプロになるのは難しくとも、プロが出したアウトプットを味わう評価力と表現力を身につけることはできるはずです。
そのためには、中身は完全にはわからなくとも、少なくともスペシャリストたちの使う「専門用語」の意味だけはわかるように、しっかりと勉強しなくてはなりません。
◾️実行できなくても、評価することはできる
使っている言葉を覚えることができても、評価することは難しいと思うかもしれませんが、食レポに限らずとも、あらゆる領域で、自分は実行できない領域で人を評価することは日常的な行われています。
芸術家もプロスポーツ選手も医者も弁護士も、もちろん、プロ同士の評判もそれはそれでありますが評価するのは基本的には素人たちです。
素人たちがプロ同士の評判も参考にしながら「あの先生はすごい」「あの選手は素晴らしい」とふつうに評価しているわけですから、ビジネスでもできない理由はありません。
つまり、実践家になれなくとも、「●●評論家」になっていけば良いということです。
◾️他人を評価することは管理職のコア業務
そもそも管理職のコア業務は人の見立てや評価すること、つまり評論です。
自分が直接手を下していない、見えていないことに対し、必要情報をできる限り収集して評価をする仕事です。どんな場合でも、評価に必要な情報が完璧に集まることはありません。最後は「えいや!」で意思決定しなければなりません。
つまり、スペシャリストに限らず、既に管理職はいつもやっていることなのです。それが「なんとなく勝手に想像できる」ことか、「あまり想像できないことか」だけの違いです。
それが、前者は自信を持って評価できるかもしれませんが、後者はあまり自信を持って評価できないものです。
◾️管理職は「質問し続ける人」になる
ところが、評価に自信が持てるか持てないかは、極端に言えばその評価が真実であるかどうかとは関係ありません。
管理職が自分の知識が明るい領域だからと適当に評価していては、むしろ間違った認識をベースにマネジメントすることにもなりかねません。ですから、本来は、今、スペシャリストのマネジメントに感じている恐怖を、自分と同じ畑のメンバーをマネジメントする際にも抱いておく必要があります。
わからないことを知るには、質問をするしかありません。スペシャリストであろうがなかろうが、管理職はメンバーの実態を掴むために、永遠に「質問し続ける人」でなくてはならないのです。
◾️スペシャリストにはプレゼンをしてもらおう
ただ、自分のよく知らない領域について知ろうと思っても、質問を考えること自体が難しいものです。ふつうのメンバーであれば、管理職は自然に知りたいことが思い浮かび、質問も尽きないことでしょう。
しかし、畑違いのスペシャリストのメンバーのことを知るための質問はなかなか思い浮かばないでしょうから、その場合は、彼らにお願いをしてプレゼンテーションをしてもらうことがよいと思います。
「自分はこの領域に疎いので、皆さんの仕事を完全にはわからないかもしれません。だから、お手数をかけますが、自分にわかるように、皆さんが仕事で出した価値をプレゼンしてもらえないでしょうか」と。
◾️最後は「判断して責任は自分が取る」
スペシャリストのマネジメントの好例が、希代の人心掌握術を持つ宰相、田中角栄です。
彼は大蔵大臣(現財務大臣)に就任したときのエリート官僚を前にした演説で、「皆さんは天下の秀才で専門家。我と思わん者は遠慮なく何でも言ってほしい。できることはやる。できないことはやらない。しかし、すべての責任はこの田中角栄が背負う。以上(抜粋)」と述べました。
これには要素として、スペシャリストへのリスペクトも、スペシャリストへのプレゼンテーションの要望も入っています。そして、重要なのは「責任はトップである自分が取る」と言っていることです。
ここまで言われれば、スペシャリストたちは力を尽くさずにはいられないでしょう。「敬して」「提案を聞いて」「判断し責任を取る」。
スペシャリストのマネジメントとはこれに尽きるのではないでしょうか。
※OCEANSにて20代のマネジメントに関する連載をしています。こちらもぜひご覧ください。