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新庄氏の薬物使用問題から考えたいMLBで選手たちが2006年までグリーニーを常用していた背景

菊地慶剛スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師
新庄氏が在籍していた当時のMLBではグリーニーの使用は認められていた(写真:権藤和也/アフロスポーツ)

【文春オンラインが報じた新庄氏の薬物使用問題】

 文春オンラインが6月8日、元日本ハム球団代表だった小島武士氏らの証言を元に、現日本ハム監督の新庄剛志氏が現役時代に薬物検査で陽性反応を示していただけではなく、「メジャー(MLB)の時から使っていた」と本人も使用と認めていたという告発記事を世に出し物議を醸している。

 その上で同記事は、新庄氏の薬物使用について以下の3つの問題があると指摘している。

 1.スポーツパーソンとしての倫理違反

 2.監督としての説明責任

 3.薬物使用を知りながら監督就任を決めた日本ハムの責任

 まず断っておくが、『文藝春秋』に掲載されているというオリジナル記事は読んでいないので、的外れな指摘になってしまう可能性があるかもしれない。だが文春オンラインの記事を読む限り、長年MLBを取材してきた立場からするとどうしても疑義が生じてしまう点があるのだ。

【覚醒剤成分検出で迅速に対処したNPBと日本ハム】

 まず2006年の薬物検査で新庄氏から陽性反応が出たものが覚醒剤成分だったわけだが、NPBはすぐさま警視庁に相談に行き、覚せい剤取締法等で規制されている薬物ではなかったため、当時は事件化されなかったという。

 つまりNPBは、新庄氏の陽性反応が単なるドーピングに止まらず違法行為の可能性があると考え、隠蔽することなく警視庁に届け出ているのだ。十分に社会的責任を果たしていると考えられる。

 あくまで当時新庄氏の陽性反応が公にされなかったのは、NPBと選手会の間で非公表、罰則無しの合意がなされていたからだ。それは記事でも指摘している通りだ。

 その上で日本ハムも新庄氏から個人聴取を行い、MLB時代からサプリメントを使用していたが、その成分まで把握していなかったとの回答を得て、本人に注意を促しているわけだ。

 この両者の対応を見る限り、問題点はなかったように思える。

【2006年までMLBで使用が認められていたグリーニー】

 あくまで個人的な憶測ではあるが、この記事が問題視したいのは、新庄氏からMLB時代から薬物検査で陽性反応が出るような薬物を常用してきたという事実なのだろう。

 だが球団関係者の証言を元に、新庄氏が使用していた薬物が興奮剤の「グリーニー」と予想している時点で、当時グリーニーに対するMLBを取り巻く環境について無視することはできないはずだ。

 まずMLBでは、グリーニーは2006年まで使用が認められていたという点だ。MLBは2004年から薬物検査を正式採用しているのだが、当初グリーニーは対象外だったのだ。

 つまり2001年から3年間MLBに在籍していた新庄氏が、当時グリーニーを使用していたとしても何ら問題がなかったということだ。

【全体の85%の選手がグリーニーを使用していた?】

 しかも使用禁止前のグリーニーは、多くの選手たちが常用していたことも忘れてはいけない。

 当時の状況を解説する現地記事をチェックした限り、グリーニーはクラブハウスやベンチにチューイングガムやひまわりの種と並列して置かれ、一時は全体の85%の選手たちが使用したとしている。

 実際現場取材をしていた自分も、ある日本人メジャーリーガーと談笑していた選手が、グリーニーを示しながら「オレはこれがあるから大丈夫だ」と笑顔を見せた場面に遭遇した経験を有している。

 それほど当時のMLBでは、グリーニーが選手たちから認知されていたのだ。

【ステロイド等とはまったく異なった使用目的】

 そもそもMLBが2004年から正式採用した薬物検査から当初グリーニーを除外したのは、筋肉を増強しパワーを増すステロイドなどとはまったく違った目的で、選手たちがグリーニーを使用していたからだ。

 元々グリーニーは、第2次世界大戦中に軍が使用していたものだ。戦地に向かう兵士たちが抱く不安や恐怖を少しでも緩和し、戦闘を行えるようにする効果があると考えられていた。

 その効果に注目したMLB選手たち(噂の域を超えてないが、第2次世界大戦に従軍していたテッド・ウィリアムス選手たちだといわれている)が、重圧のかかる試合に臨む際に緊張や不安を和らげるためにグリーニーを使用し始めたとされている。

 重圧のかかる試合に出場し続けることは、いうまでもなく精神的負担を伴う。その負担を軽減する効果があると考えていたからこそ、球界全体に波及していったというわけだ。

 ちなみにグリーニーの使用が禁止された後も、選手たちは日々の重圧と向き合い続けており、今もグリーニー同様の効果を求め続けている。現在ではエナジードリンクを常用する選手もいれば、試合前にハードリカーを口にしている選手がいる。そうやって今も選手たちは重圧と戦っているのだ。

【使用が許可された薬物使用が倫理違反なのか?】

 こうした背景を無視して、新庄氏がMLB時代から薬物を常用していたことを理由に、スポーツパーソンとしての倫理違反を問題視するのはかなり無理がないだろうか。

 新庄氏は2004年からNPBに復帰したわけだが、当時はMLBに関してはグリーニーの使用を問題視していなかったし、2006年に陽性反応が出た頃もMLBではまだ使用が認められていたのだ。

 もちろんNPBで正式採用された薬物検査で陽性反応が出ていた事実がこうして明るみに出たのだから、新庄氏に非があるのは間違いないし、彼の説明責任が発生することになるだろう。

 だが当時使用が許可されていた薬物を使用していたことで倫理違反を問われることになれば、現在MLB(マイナーリーグを含む)で監督やコーチを務めている多くの人たちが同様に、倫理違反を追及されることになってしまう。

【コカイン使用が明らかになった後も現場に残り続けるワシントン氏】

 さらに新庄氏の監督就任を決めた日本ハムの責任も問題視しているのだが、MLBの2つの事例を紹介しておきたい。

 まず今年殿堂入りが決まっているデビッド・オルティス氏についてだ。

 彼はMLBが2003年のキャンプ中に行った一斉薬物検査で、陽性反応が出た選手の1人だった。この検査は2004年から正式採用される前にMLBが実施したもので、陽性反応が出た選手名は非公表になっていた。それがメディアの取材により2009年になって発覚したのだ。

 その辺は、今回の新庄氏と類似しているだろう。

 メディア報道を受けオルティス氏は釈明会見(薬物使用を否定している)を実施しているが、その後彼は2016年まで現役を続け、引退後はレッドソックスで彼が使用していた34番は永久欠番になり、チームの殿堂入りも果たしている。そのレッドソックスの処遇に対し、批判する人は誰もいない。

 また2010年に当時レンジャーズの監督を務めていたロン・ワシントン氏が、前年にコカイン使用の陽性反応が出たことと、実際に使用していたことを認め全面的に謝罪をしている。彼の場合はコカインなのでまさに麻薬を使用していたわけだ。

 それでもワシントン氏は2014年までレンジャーズで監督を続け、退任後すぐにアスレチックスでコーチに就任し、現在もブレーブスでコーチを務めているが、どのチームも任命責任を問われたことはない。

 日本と米国で取り巻く環境が違うのは重々承知しているが、新庄氏が在籍していた当時のMLBの状況についてはしっかり把握しておくべきではないだろうか。

スポーツライター/近畿大学・大阪国際大学非常勤講師

1993年から米国を拠点にライター活動を開始。95年の野茂投手のドジャース入りで本格的なスポーツ取材を始め、20年以上に渡り米国の4大プロスポーツをはじめ様々な競技のスポーツ取材を経験する。また取材を通じて多くの一流アスリートと交流しながらスポーツが持つ魅力、可能性を認識し、社会におけるスポーツが果たすべき役割を研究テーマにする。2017年から日本に拠点を移し取材活動を続ける傍ら、非常勤講師として近畿大学で教壇に立ち大学アスリートを対象にスポーツについて論じる。在米中は取材や個人旅行で全50州に足を運び、各地事情にも精通している。

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