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患者さんからの「袖の下」 医師は受け取る?

中山祐次郎外科医師・医学博士・作家
医者の4割は患者さんからの謝礼金を受け取るという(ペイレスイメージズ/アフロ)

50人中46人が「患者さんからお金を受け取ったことがある」

昨年、あるテレビ番組が話題になった。がんの名医と呼ばれる医師50人に対する「患者から“袖の下”をもらったことがあるか」という内容の質問に、50人中46人が「ある」と答えたのだ。後日ネットで大きく話題になった。(TBS系「直撃!コロシアム!!」2016年4月11日放送)

私はこの番組を観ていた。患者さんから医師へ、謝礼のお金が渡されるという現象は、噂レベルで医師である私の耳にも入ってくる。患者さんからの謝礼金は、古くは医師の間で「ゲシュンク」という隠語で呼ばれていた。ゲシュンクとはドイツ語で「geschenkt」と書き、「贈り物」を意味する。

医師2065人のうち4割は「受け取る」

いったいどれくらいの割合の医師が、患者さんから謝礼として渡されるお金を受け取っているのだろうか。ここにアンケート結果がある。

それは医師2065人に「患者から謝礼金(品物は含まず)を渡された場合、受け取っていますか。」と質問したもので、結果はこうだった。

「医師2065人に聞いた、患者からの謝礼への対応『気持ちを尊重して受け取る』が約4割」(「日経メディカル Online」2014/4/11掲載記事より、許可を得て転載)
「医師2065人に聞いた、患者からの謝礼への対応『気持ちを尊重して受け取る』が約4割」(「日経メディカル Online」2014/4/11掲載記事より、許可を得て転載)

これによると、38.2%の医師が「相手の気持ちを尊重し基本的に受け取っている」と答え、「基本的に受け取らないが断れないこともある」は40%という結果だった。

私の経験

私は胃や腸の手術などを専門とする外科医だ。患者さんやそのご家族から謝礼のお金を100%受け取らないと決めている。しかしそれには、それなりの困難が伴う。

つい先日も、私が手術を執刀した患者さんから、退院間際に現金の入った封筒を渡された。「私は受け取らない主義なので」と固辞したが、どうしても無理やりに白衣のポケットに入れて渡そうとなさった。最終的に押し問答になり、「私の生き方に関わりますので、やめて下さい」と大声を出したところ、やっとあきらめていただけた。それからその患者さんとの関係は少しギクシャクしたように感じた。こういうことは時々ある。

あちこちで聞いていると、外科医にこの謝礼金が発生することが多いようだ。手術前に渡したり、手術後に渡すといったことは小説やドラマなどでもしばしば描かれてきた。

医者にお金を渡すといい治療が受けられるか?

患者さんが医師に謝礼金を渡すとき、2つのパターンに分けられる。一つは治療前に「よろしくお願いします」と言って渡す時で、もう一つは治療が終わった後に「ありがとうございました」と謝意として渡すパターンだ。

私の考えだが、前者の場合は、お金を渡すことで「これを渡すので、いい治療をして下さい」という気持ちが少なからず込められているのではないだろうか。受け取る医師の側には、「お金を受け取ったから、その分あの患者さんにはいい治療をしよう」という考えを持つ医師は存在しないことを個人的には信じるが、いないとも限らない。

前提として、日本国内において医師が治療法を選択する時、常に考えるのは「患者さんにとって医療上最適なもの」であり、原則的には治療費や金銭などとは無縁である。もちろん高度な治療は高額だが、それを全て支払わなくてもいいような制度(高額療養費制度など)があるため、医師は基本的に「あの患者さんはお金持ちだからこの治療にしよう」などとは思わない。

医師はお金をもらい喜ぶ?嫌がる?

患者さんからお金を受け取ることについて、医師はどう感じているのだろうか。

私は色々な医師とこのテーマで話した経験がある。あるかなり高名な医師の中には「受け取ればいい」と言い切った医師がいた。また、「患者さんからの謝金が重要な収入の一部になっている」と言った医師も存在した。金額は数万円から、裕福な患者さんであれば数十万円を渡すこともあるという。某有名病院では、飲み会の前にたくさんの個室を「回診」してお金をもらい、軍資金を得るという噂も聞いた。

その一方で、「医師にお金を渡すなど、失礼に感じる」という医師もいた。日本には30万人以上医師がいるので、色々な受け止め方があるだろう。

公立病院なら収賄、そうでなくても脱税

では、患者さんから医師がお金をもらうことについて法的な問題はあるのだろうか。まず前提として言っておきたいのは、医師から金銭の要求をすることは論外だということだ。

その上で、AI横浜法律事務所の若林豪史弁護士に尋ねたところ、2つの可能性があると指摘した。

1, 賄賂罪の可能性

2, 脱税の可能性

以下、Q&Aで一つずつ続ける。

1, 収賄罪の可能性

Q. どんな医師でも賄賂罪になる可能性があるのですか?

A. 国公立病院勤務の医師に不正な金銭を渡す行為には、刑法の賄賂罪が成立する可能性があることになります。私立病院の場合には、従業員は公務員でもみなし公務員でもないため、賄賂罪の対象とはなりません。刑法197条1項は、『公務員が、その職務に関し、賄賂を収受し、又はその要求若しくは約束をしたときは、五年以下の懲役に処する。この場合において、請託を受けたときは、七年以下の懲役に処する。』と定めます。

Q. 「請託(せいたく)」を受けると罪が重くなるのですね。請託とはどんなことを指しますか?

A. 「請託」というのは、具体的に何かの行為を行うよう(行わないよう)求めることをいい、漠然と便宜を図ってほしいという場合には当たりません。「どうか先生、よろしくお願いします」という程度であれば、成立するとしても、同項前段の単純収賄罪に該当することが多いのではないかと思います。公訴時効期間は、5年となります(刑事訴訟法250条2項5号)。

Q. お金を受け取ったら医師は必ず収賄罪に問われるのですか?

A. 金銭(または金銭類似の商品券等)を受け取ったら必ず収賄罪になるというわけではなく、賄賂ではなく、いわゆる「社交儀礼」に該当するかが問題となります。判例では、公立中学校に通う児童の母から5千円の贈答用小切手を受け取ったという教師の事例において、最高裁は、収賄罪の成立を否定しています。

Q. 金額によって罪に問われるかどうかが決まるのですか?

A. いくらであれば賄賂ではなく社交儀礼に当たるかというのは、具体的事例によるため、何とも言えません。職務行為との間に対価関係が認められる以上は千円でもだめだとも言われます。つまり、仕事の対価として渡されたのか、あるいは、純粋に尊敬する医師に対して、慕い敬う気持ちで渡されたのかによって区別されることになります。ですが、一般的に、数万円を社交儀礼と評価することは難しいのではないでしょうか。

Q. 私立病院勤務の医師はどんな問題がありますか?

A. 刑法に違反しなくとも、病院の内規において患者-医師間の金銭の授受を禁止しているのであれば、それに違反するものとして、減給や懲戒解雇等、内部的な懲戒処分の対象となる可能性はあります。

2, 脱税の可能性

Q. 税務申告していない場合、脱税にはなりますか?

A. 患者さんから受け取った謝礼金を医師が税務申告していなければ、脱税行為となり、追徴課税や刑事罰(所得税法違反)の対象となる可能性はあるでしょう。

一般論として、給与所得を継続的に得ている勤務医の場合、このお金は雑所得に該当するものと思われます。年20万円以下の場合には、申告する必要がありませんが、これを超える場合には申告の対象となります。

ただ、開業医の場合には、事業所得に該当する場合もあるかと思われますので、具体的には税理士に相談すべきでしょう。

Q. お金を渡す患者さん側には問題がありますか?

A. 患者さん側の法的責任ですが、医師の側に収賄罪が成立する場合には、理論的には、患者さんには贈賄罪が成立することとなります(刑法198条により3年以下の懲役又は250万円以下の罰金)。

しかし、そもそも、「袖の下」と言われるように、賄賂罪は証拠が残りにくく、裁判における立証が難しいこと(これは、贈収賄罪に限らず、脱税の点においても同様です)が挙げられます。また、患者さんの側は、少しでも良い治療を受けたいという切なる願いのもとに金銭を渡しているのであり、はたして本当に患者さん側を非難することが妥当かという問題もあります。

金額の多寡にもよりますが、立件されるケースは少ないのではないでしょうか。

私のジレンマ

法律家に聞くと、患者さんからお金を受け取ることに多々問題はあるようだ。

しかし退院間際の患者さんから、感謝の気持ちをお手紙などでいただくことは本当に嬉しいことだ。これだけが苦しい臨床医を続ける唯一の報酬と感じることさえあるほどだ。そしてそのお気持ちをいただくことは、むしろ礼儀のようにも感じる(これには医師の間でも異論があるかもしれない)。ただ、その感謝の気持ちの表現の仕方が、患者さんによって金銭であったりクッキーであったり栄養ドリンクであったり、手紙であったりするだけなのだ。

そのお気持ちを受け取るのに、法的に問題がある状態のままでは良くない。であれば、どうすれば良いだろうか。

新しい提案

ここで私は一つの新しい提案をしたい。

それは、感謝の気持ちなどから謝礼金を渡したい患者さんは、医者個人への謝礼としてお金を渡すのではなく、病院への寄付として病院に渡すというものだ。

そして病院はその寄付金を公表する。しかも「◯◯医師へ◯◯円」として公表するのだ。病院はその一部を給料として支払っても良いし、全額を病院の修繕費や経営に当てても良い。なんなら使い道をいくつかから選べるようにして、「病院の修繕費」「人件費」「最新の検査機器の導入費用」などとしても良いだろう。さらに公表されているので、患者さんにしてみればどの医師がどれくらい評判が良いかのヒントにもなるかもしれない。この方法ならば、前に述べたような法的問題もクリアでき、渡したい患者さんのお気持ちを損なうこともなく、さらに昨今苦しい病院経営は少しはマシになるかもしれない。

ただしこの提案には、いくつかの懸念がある。それは、医師・病院の広告を厳しく規制している現行の医療法に抵触する可能性や、こういう制度を作ることで患者さん側に寄付を要求する無言の圧力になる懸念、そして一律同じ額を支払う保険診療のシステムそのものに影響がある、などだ。そして医療法人に対する寄付を所得税控除の対象としたり、受け取り側の病院への課税をなくすため、法改正が必要だろう。米国では政府もしくは民間非営利組織の病院への寄付は所得控除の対象であり課税もされないと聞いた。

なぜ私がこの問題提起をしたか

長年にわたり、この問題はグレーなままであった。医師ならば誰もが知っているが、誰もが口をつぐんでいた。時に私は別の医師から、「今度手術を受けるが、主治医にいくらくらい渡せば良いか」と相談を受けることもあった。

本記事の目的は、まず患者が医師に渡す謝礼金の実態を明らかにし、そしてその法的問題点を指摘し、さらにその解決策を提言することだ。

外部からの指摘や内部告発などで公になり、問題が顕在化して初めて対応するようなみっともない流れではなく、それを医療界内部の医師という立場にいる私から問題提起することで、医療界の自浄作用としたい。

(参考)

日経メディカル 医師2065人に聞いた、患者からの謝礼への対応 「気持ちを尊重して受け取る」が約4割

※本記事はあくまで筆者個人の意見であり、所属団体などの意見を反映したものではない。

外科医師・医学博士・作家

外科医・作家。湘南医療大学保健医療学部臨床教授。公衆衛生学修士、医学博士。1980年生。聖光学院中・高卒後2浪を経て、鹿児島大学医学部卒。都立駒込病院で研修後、大腸外科医師として計10年勤務。2017年2月から福島県高野病院院長、総合南東北病院外科医長、2021年10月から神奈川県茅ヶ崎市の湘南東部総合病院で手術の日々を送る。資格は消化器外科専門医、内視鏡外科技術認定医(大腸)、外科専門医など。モットーは「いつ死んでも後悔するように生きる」。著書は「医者の本音」、小説「泣くな研修医」シリーズなど。Yahoo!ニュース個人では計4回のMost Valuable Article賞を受賞。

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