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金正恩訪中と習近平の思惑――中国政府高官を取材

遠藤誉中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士
金正恩委員長4度目の訪中(写真:ロイター/アフロ)

 金正恩委員長4度目の訪中に関して、習近平国家主席の思惑を解く日本メディアの解説には「日本好み」のものが多かった。真相はどうなのか、中国政府高官を単独取材した。事実は日本の報道とかなり異なる。

◆そもそも「習近平の招聘」に対する誤読

 外交関係者なら誰でも知っていることと思うが、たとえば安倍首相がどんなに国賓として招聘されて習近平国家主席と会談したいと切望しても、習近平と会うためなら、習近平からの招聘状がなければ中国入国はできない。

 それと同じように、金正恩委員長がどんなに訪中して習近平と会いたいと思っても、習近平の招聘状がなければ中国入国はできないのが常識だ。

 しかし日本のメディアは「わざわざ習近平主席が招聘した」と、まるで「習近平が主導的に懇願して金正恩訪中があった」かのように報道し、日本国民をミスリードしている。

 実際、どうだったのか。先ず、この点に関して中国政府高官に聞いてみた。

 以下、Qは遠藤、Aは中国政府高官。

 Q:日本では習近平がわざわざ主導的に金正恩を招聘したような報道がなされていますが、実態はどうなんですか?

 A:何をバカなことを言っているのか。外交のイロハを知らない者たちが言っていることになど、耳を傾ける価値もない。当然のことながら、今般の金正恩訪中は金正恩側が懇願してきた。それによって、中方(中国側)は、米朝首脳会談が近づいたなというのを実感したくらいだ。

 Q:なるほど、そうなんですね。

 A:そうだ。安倍首相の時だって考えてみるといい。二階や山口あるいは谷内といった周辺の幹部が何度北京に足を運び、安倍を国賓として招聘してくれと懇願してきたことか。特に二階は安倍の親書まで携えて、中国の望むとおり一帯一路に協力するからとまで言ってきたので、習近平はやむなく安倍を国賓として招聘する招聘状を書いた。これを以て、「習近平が自ら望んで主導的に安倍を招聘した」と言えるのか。日本の場合を考えただけでも、そうではないことは明らかだろう。

◆米中貿易交渉とタイミングが合ったのはなぜか?

 日本では習近平は米中貿易交渉を中国に有利に進めるために、わざわざ米中通商交渉団の訪中と金正恩訪中の時期を合わせたという解説が多い。昨夜(1月9日)のNHKでは、わざわざ中国研究者に「誰が見たって同じ日を選ぶなんて、それを狙ったことは明らかだ」という趣旨のことを語らせている(他の原稿の締め切りのためにキーボードを叩きながら、チラッと耳に入っただけなので、一言一句正確には記憶していない)。

 非常な違和感を覚えた。それは違うだろう。いかにも日本人的で、部外者による「日本人好み」の、素人的な分析にしか聞こえない。ここでその理由を説明する前に、先ずは中国政府高官との質疑応答をご紹介したい。

 Q:日本では金正恩訪中を米中の次官級通商協議の日程に合わせたのは、中国が米中貿易摩擦で困窮し、北朝鮮問題でアメリカに対して有利に立とうとしているからだという報道があるが、この関連性をどう思うか?

 A:日本がどう言おうと勝手だ。好きなようにすればいい。ただ、事実は異なる。そもそもアメリカの通商交渉団が北京入りしたのは、あくまでもアメリカからのオファーであって、中国が要望したわけではない。昨年も劉鶴(現在、副首相)までが訪米したが、これとてアメリカの要請に中国が従っただけだ。

 Q:そうだったのですか。

 A:そうだ。中国側から要請したのは習近平のアメリカ公式訪問のときだけだ。

 Q:となると、今回のタイミングの一致は?

 A:これは金正恩側の都合だ。習近平はいま、北朝鮮にかまっている時間などない。しかし金正恩側から、「どうしても」という強い要望があった。アメリカより中国を重んじている証拠に、「何なら自分の誕生日を習近平との会談に捧げる」とまで言われて、断れなかった。アメリカの通商交渉代表団は8日には帰国するはずだったわけだから、時間的前後関係から言っても逆で、そのような解釈は全く説得力がない。中朝の現状を知らない者の邪推に耳を傾ける時間はない。

 Q:たしかにアメリカの通商交渉代表団の帰国が9日まで延期されたのは、交渉内容が長引いたからで、本来、7日に交渉して8日には帰国することになっていましたね。

 A:その通りだ。帰国した後に金正恩が訪中しても、「圧力」という視点から言っても整合性に欠ける。それに、金三(金正恩に対する蔑称。金一:金日成、金二:金正日、金三:金正恩)が習近平に要求する内容は、アメリカが喜ぶ内容ではなくて、アメリカを怒らせる内容だ。トランプは別で、トランプは喜ぶかもしれないが、アメリカ政府としては嫌がる。

 Q:つまり、「米朝は話し合いをしているのだから対北朝鮮の制裁をやめろ」ということと、「北朝鮮国内の軍隊を説得するために早いとこ、一枚の終戦協定にサインしろ」という要求をアメリカに出したいので力を貸してほしいということですね?

 A:その通りだ。トランプはイエスと言うかもしれないが、アメリカ政府は非常に嫌がる。通商交渉している相手は「アメリカ政府」だ。アメリカ政府が嫌がることを金正恩から引き出して、中国に有利になる要素が一つでもあるだろうか?日本のメディアの報道と、その中国研究者の分析というのは、論理破綻を来している。

◆それでも中国にも旨みはあるはず

 Q:それでも中国にも旨みはあるんじゃないんですか?たとえば金正恩は新年の辞で「朝鮮戦争以降の休戦体制を平和体制に転換するための多国間交渉も積極的に推進し」と言っていますよね?中国は、中国こそはその最大の当事国なので、中国を無視して終戦協定を締結するのはおかしいという主張ですから、金正恩のこの発言は歓迎しているのでは?

 A:それは当然のことで、そもそも中国外(はず)しをしようとしてきた金三も金二も金一も、金ファミリーはみんなおかしい。いま金三は、ようやく中国なしではアメリカに太刀打ちできないと計算して、北京詣でを始めただけだ。

◆習近平はなぜ訪朝しないのか?

 Q:それにしても、金正恩が4回も連続して訪中し、習近平が1回も訪朝しないのは、国際的な儀礼として、やはり失礼なのではないのですか?

 A:それは分かっている。ただ、金三が2017年まで、核実験やミサイル発射に関して、中国に対してどれだけ挑戦的なことをしてきたかを考えれば、十分反省させる必要があるだろう。その反省が本物だと見極めるまでは、訪朝する訳にはいかない。

 Q:どこまで行けば、反省が本物だと判断するのですか?

 A:ん……、それは難しい質問だ。回答しにくい。ただ、本気で非核化するなら、少なくとも核申告リストに関しては、もう少しレベルを上げたものを提出すべきだろう。米朝、どちらも相手が信用できないので、アメリカは制裁をやめないし、金三は完全な核申告リストを出す勇気を持っていない。この平行線は、トランプが大統領である内に乗り越えないと、金三はチャンスを失うだろう。

◆金正恩が「非核化堅持」を表明:習近平の説得があったのか

 Q:今朝(1月10日)のCCTV(中央テレビ局)ニュースで、ようやく中朝首脳会談の様子を公開しましたが、そこで金正恩が「非核化の立場を堅持し、対話で核問題を解決する」と表明したと発表しましたね。これは習近平の説得に応えたものなのか否か、教えて下さいませんか?

 A:その質問には答えられない。ただ、習近平がなぜ訪朝しないのかに関して、先ほど説明した通りだ。

 Q:なるほど。でしたら、それはこちらで類推しましょう。ただ、朝鮮中央通信は金正恩が習近平に対し、都合のよい時期に公式に訪朝するよう要請すると、習近平もこれを受諾して計画を伝えたと報道しています。ということは、安倍さんに「一帯一路に協力するなら公式訪中の招聘状を書いてあげてもいい」という条件を付けたように、金正恩に対しても「核申告リストに関して、もう少しレベルの高いものを出さないと、チャンスを失う」というようなアドバイスをして、それを金正恩が納得したので習近平が公式訪朝を受諾したのではないかと推測されますが、この点は如何ですか?

 A:推測するのは勝手だが、少なくとも中方は、そういう発表をしていない。したがって承知していない。

 Q:なるほど。ありがとうございました。

以上だ。

長くなり過ぎたので、あとは賢明なる読者の判断にお任せしたい。

中国問題グローバル研究所所長、筑波大学名誉教授、理学博士

1941年中国生まれ。中国革命戦を経験し1953年に日本帰国。中国問題グローバル研究所所長。筑波大学名誉教授、理学博士。中国社会科学院社会学研究所客員研究員・教授などを歴任。日本文藝家協会会員。著書に『中国「反日の闇」 浮かび上がる日本の闇』(11月1日出版、ビジネス社)、『嗤(わら)う習近平の白い牙』、『習近平が狙う「米一極から多極化へ」 台湾有事を創り出すのはCIAだ!』、『習近平三期目の狙いと新チャイナ・セブン』、『もうひとつのジェノサイド 長春の惨劇「チャーズ」』、『 習近平 父を破滅させた鄧小平への復讐』、『毛沢東 日本軍と共謀した男』、『ネット大国中国 言論をめぐる攻防』など多数。

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