「呼気検査」の結果だけ信じてよいのか? 飲酒交通事故遺族が訴える理不尽と、血液検査の必要性
◼️国会で追及「現在の呼気検査は正確性に欠ける?」
2月21日、国会(参議院内閣委員会)で、「呼気アルコール検査」についての興味深い質疑が行われました。質問者は、緒方林太郎参議院議員、答弁者は警察庁交通局長・早川氏です。まずはそのやりとりから、一部抜粋したいと思います。(12:15)からご覧ください。
●緒方林太郎議員
私は(*筆者注/飲酒事故のご遺族から)いくつか要望を伺い、呼気検査の有効性について、現在使用されている「北川式」という方式は、正確性に欠けるんじゃないかという指摘を受けました。私もいろいろ調べてみたのですが、少なくとも、有罪と無罪の境目を判断する基準としては弱いのかもしれないなという印象を受けました。呼気検査のみならず、血中アルコ―ル濃度検査が判定できるような、何らかの仕組みを導入するべきではないかと思いますが、警察庁、いかがでしょう 。
●早川政府参考人(警察庁)
身体に保有するアルコ―ルの程度を測定する方法といたしましては、呼気中のアルコ―ルの濃度を測定する方法と血中の濃度を測定する方法がございます。ご指摘の北川式飲酒検知器は、呼気中のアルコール濃度を測定するものであります。本検知器の使用温度範囲は10度から35度までとされており、例えばこれよりも低温となる場合には、正確な測定を行うため、パトカーの車内等本検知器を用いて測定を行っております。また、警察におきましては本検知器以外にも機械式の呼気中のアルコール測定器を導入しており、これら測定器につきましては、より低温での使用が可能となっております。
さらに警察庁は、緒方議員が「導入すべきではないか?」と指摘した血中アルコ―ル濃度検査について、こう答弁しました。
●早川政府参考人(警察庁)
血中のアルコ―ル濃度を測定する場合には、血液を本人の身体から採取することから、裁判官が発付する鑑定処分許可状等の令状を得て、医師により血液を採取し、血中のアルコール濃度の鑑定を行っております。この場合には、一般的に、呼気による検知と比べまして、鑑定までに時間を要することから、時間の経過とともに体内のアルコ―ル濃度が減少するということも考慮する必要があると考えております。
血液を採取するには「裁判官の令状」を取ってから医師に依頼するよう法律で定められているため、現状の制度では時間がかかりすぎる、そのため、結果的に交通事故などの捜査では、直後に血中アルコール濃度を検査することはできない、というのです。
■「飲酒交通事故」で被害者死亡。それでも「過失」とされた理由
実は、今回の緒方議員の質問は、飲酒運転による事故で我が子を亡くした二人の母親による要望意見がきっかけとなって行われました。
一人は、2015年3月23日、長野県佐久市で長男の樹生さん(当時15)を亡くした和田真理さん、もう一人は、同年5月11日、大阪市のアメリカ村で長女の恵果さん(当時24)を亡くした河本友紀さんです。
それぞれの詳細については、下記の記事をご覧ください。
【和田樹生さん死亡事件】
自宅前で奪われた息子の命「飲酒ひき逃げ」なぜ問われぬ? 悲しみこらえ訴え続ける両親の思い - エキスパート - Yahoo!ニュース
【河本恵果さん死亡事件】
【アメ村・飲酒逆走事故】は、なぜ「過失」で処理されたのか… 娘亡くした母が驚愕の判決文を公開 - エキスパート - Yahoo!ニュース
まず、和田さんのケースでは、加害者の呼気1リットルから検出されたアルコールが0.1mgで、飲酒運転の基準(0.15mg)をわずかに満たしていませんでした。その結果、速度超過で中央線をはみ出し、横断歩道上の歩行者をはねた事故原因は「飲酒」の影響ではなく「前方不注視」とされました。
一方、河本さんのケースでは、加害者の呼気から検出されたアルコール濃度自体が、検査後になぜか変遷しました。
それだけではありません、加害者は事故直後、飲酒の影響で記憶がほとんどなかったにもかかわらず、一年半後の裁判で突然、「誰も目撃してはいないが、被害者を救護し、救急車を呼ぶよう依頼した」と、当初から鮮明な記憶があったかのような供述に変えてきました。捜査機関は裏付け証拠も取らずに、その供述を支持し、『適切さを欠くことのない行動が取れている。アルコール濃度は1リットルあたり0.25mg程度にとどまっており、運転に影響を与えるほどの酒量ではない』と判断。結果的に判決では「アクセルとブレーキの踏み間違えによる過失」と判断されました。
いずれの事故の加害者も、居酒屋で酒を飲んだ直後にハンドルを握り、車を暴走させて死亡事故を起こしたことに間違いはありません。しかし、「危険運転致死罪」に問われることはなく、罰則の軽い「自動車運転刑罰法違反(過失運転致死傷罪)」で裁かれたのです。
なぜ、こうした結果になったのか、そして、飲酒運転で大切な我が子を奪われた二人の母親は、それぞれの事故捜査にどんな疑問と問題意識を抱いたのか……。
和田さんと河本さんに、お話を伺いました。
■現在のアルコール検知管は気温が10度以下では正確に測れない
和田 現在、警察が主に飲酒検査で使用している手動式の呼気アルコール検査器具(北川式SE型飲酒検知管)の指示値は、運転者の不利にならないよう、真のアルコール濃度よりも2割から2割5分ほど低くなるよう設定されています。刑事裁判では被告人有利の原則があるとはいえ、飲酒検査の数値まで被告人有利に設定する必要はないと思います。まずは正確な数値が検出される検査方法に見直すべきです。
――警察庁の答弁にもありましたが、呼気検査の際の気温も結果に影響するようですね。
和田 はい。北川式SE型検知管は、検査時の気温が低いと、低い数値が検出されます。国会では10~35度で使用すると答弁していましたが、私の息子の死亡事件が発生したとき、現場の気温は氷点下でした。呼気検査は車内で行われたと思いますが、「酒酔い・酒気帯び鑑識カード」にその記載はありませんし、10度以上の環境で検査が行われたのかも不明です。
河本 娘の死亡事件では、当初、加害者の呼気アルコール検査時の数値は、警察の無線で0.25mgと報告されていました。ところが、検知管の着色の境界が読み取りにくかったとのことで、結果的に無難な線で0.05mg低くし、0.2mgに訂正されていました。それだけではありません、後の補充捜査で検事が検知管を確認したところ、本来、境界線に貼るべきマークシールが、まったく違う場所に貼られており、担当警察官がシールの使用方法を間違えていたことも発覚しました。
――死亡事故という重大な結果なのに、あまりにずさんですね。
和田 私は、息子の死亡事件から1年半後に、保管されていた検知管を確認しているのですが、検知管内の橙色から水色に変わる境界は、水銀体温計以上に読み取りにくいと思いました。また非常に驚いたことは、検査当日に読み取った数値である0.11mgに赤いシールが貼られていたのですが、どう見ても境界線は基準値を超え0.25mg付近を示していました。
――検知管に現れている境界線が必ずしも正しいとは限らないと?
和田 はい。確認したところ、検知管は時間の経過で変色することが珍しくないようです。そのため警察官が読み取った数値に、マークシールを貼っているとのことでした。私は、時間の経過で境界線が変わってしまう検知管から読み取られた数値が、裁判では酔いの程度を示す重要な証拠として扱われていることに不安を抱きました。呼気検査自体、息の吹き出し方で数値が変化すると言われていますし、何かを口に含めば、検査結果に影響を与えかねません。飲酒運転が厳罰化されたことを考えれば、時代に合った正確な数値が検出される検査に見直されるべきです。
河本 本当にそう思います。呼気検査の数値が低ければ、危険運転(故意犯)での起訴も難しくなり、飲酒死亡事件が「過失」として扱われてしまいます。私が強く訴えたいのは、曖昧な呼気数値でなく、正確な血中アルコール濃度を検出すべきだということです。
■諸外国では「呼気・血液・尿」をセットで採取
――私は1998年にアメリカのロサンゼルス市警察を取材したのですが、あちらでは飲酒やドラッグによる運転や事故が疑われる場合は、呼気だけでなく、血液と尿もすぐに採取して検査していました。ロス市警の警察官は、「アルコールの有無は呼気で検査できても、薬物は血液や尿を取らないとわからない」と言っていました。
<ロサンゼルス警察密着ルポ(『週刊朝日』1999.2.5)>
河本 やはり日本でも人身事故発生時にはすべてのケースで血液検査もするべきだと思います。実は、私の娘の加害者ですが、現場に居合わせた目撃者から「薬物の可能性はなかったのか?」と聞かれたんです。それで検察官に、薬物の検査はしたのか尋ねたところ、「本人の目を見れば、薬物をやっていないことはわかる」という答えが返ってきました。もう、愕然としましたね。
――目を見ればわかる? それはあまりにあまりに酷い回答ですね、科学を無視しています。いずれにせよ、呼気では不可能な薬物を検出するためにも、すみやかな血液採取が必要ですね。
河本 私は看護師なのですが、医療現場では血糖値を測るために指先から血液を採取する簡易な器具等を使っています。交通捜査の現場にもこうした器具があれば、医師や看護師でなくても、血液を採ることはそれほど難しいことだとは思えません。令状がなくても、現場ですぐに測定ですべきではないでしょうか。国が本気で力を注げば出来ないことはないはずです。
和田 現在は、飲酒の事実が明らかでも、呼気アルコール検査の数値が0.15mg以上が未満かで、その後の刑事裁判において、天と地ほどの差が生じます。私の息子の生命を奪った加害者は事故直後にコンビニへ行き、飲酒運転を誤魔化す目的で口臭防止商品を購入し、食べていました。それでも、呼気アルコール検査の数値が基準値(0.15mg)未満だった場合には、飲酒運転での処分を免れ、実刑にすらならないのです。ですから個人的には、法律の条文に数値を明記することには反対です。今、法務省で開かれている検討会とは別に、検知管について議論して欲しいと思っています。
河本 アルコールは時間の経過とともに刻々と証拠が消えてしまいます。ですから、事故後、すみやかに血液検査もできるよう、まずは令状なしでもすぐさま現場で採血できるよう、法の見直しを行なうべきです。救急隊員が到着時に加害者の採血を行う等の対策も検討して欲しいですね。
和田 「飲酒運転による交通事故発生件数の推移」(警察庁)によると、2022年、飲酒運転基準値以下の事故件数は262件、検知不能は137件でした。でも、血液検査が行われていれば、基準値を超えるアルコールが検出され、罰則が適用されていたかもしれません。
――加害者の「嘘」や「逃げ得」を許さないためにも、後から変遷しようのない客観的な証拠を、すみやかに押さえる必要がありますね。
河本 そう思います。飲酒事件については、いくら再捜査しようとしても、事故時のアルコール濃度や酩酊の状態については、すでに証拠が消えています。だからこそ初動捜査の証拠をきっちりと行い、仮に供述等の変遷があった場合には、こうした客観的証拠等との間に矛盾がないかをよく吟味することが重要だと思います。
和田 とにかく警察には、事故発生時、全ての運転者に対し、すみやかに飲酒検査を行っていただきたい。そして、最低でも気温に左右されず、誰が見ても数値を一目瞭然で読み取ることができる検査器具に変え、飲酒の事実が明らかであれば、今ある法律の中で適正に罰するべきだと思います。
■飲酒・薬物の重大事故では強制採血も必要では?
アルコールや薬物といった証拠は、時間の経過とともに消えていきます。和田さんや河本さんのように、警察や検察の捜査に長年疑念を抱き続けている遺族は決して少なくありません。
今回の国会質疑を終えた緒方議員は、こう語ります。
「血液検査については、現場で本人の同意を取れればよいのではないでしょうか。例えば、明らかに飲酒運転の蓋然性が高いケースについては、『あなた、飲んでますよね。血液検査を受けませんか?』と。そして、本人が承諾すれば血液を採取して検査し、普通の手続きに回せばよいと。しかし、血液採取をあえて拒む者については、飲んでいないことを証明する責任を求める、つまり、挙証責任の転換ができないものかと思ったりします。とはいえ、この問題には、技術的な論点と法的な論点があり、それぞれがハードルになっています。技術的には、どうすればより精度高く判断できるか、そして、人権に関しては法律的にどうクリアするか、その二つをうまく組み合わせながら、少しでも現場での真実に迫れるようにするというのが大事なことだと思います」
また、被害者支援に力を入れている中隆志弁護士は、血液検査の必要性についてこう語ります。
「現行法上は、その場での強制採血が難しいことはご指摘のとおりです。しかし、被害者の立場からすれば、強制採血ができないために、加害者の、いわば『逃げ得』が認められるということは、納得のいくものでないこともまた当然です。要件の整備は必要ですが、捜査機関の判断で、緊急的に医師により採血を可能とする法整備を検討することも、被害者の立場からすればあって然るべきではないかと思います」
現在、法務省では「自動車運転による死傷事犯に係る罰則に関する検討会」が、開かれています。法改正の検討も大事ですが、まずは正確な証拠保全をするための整備が必要です。
遺族の訴え、そして声なき声にしっかりと耳を傾けて、ぜひ意義のある議論をしていただきたいと思います。