私が大学教授を辞めない理由 奨学金制度を批判する自由と義務
中嶋よしふみさんというファイナンシャルプランナーに、大学というブラックビジネス 人生のスタートから借金漬けになる学生たちの記事の件で、大学教授を辞めろと言われた。卒業後の奨学金の返済が、貧困問題の一翼を担っていることが、社会問題になっている現状で、中嶋さんは奨学金の取り立てを強化すべき理由。という記事を書かれたりしているようだ。さらに奨学金を批判する教授が大学を辞めるべき理由。という私への批判記事のなかでも、「自分が普段ファイナンシャルプランナーとして教育費のアドバイスをする際も、限界まで奨学金を借りると良いとアドバイスしている」という。びっくり。
NHK「女性の貧困」取材班による『女性たちの貧困 -“新たな連鎖”の衝撃』(幻冬舎)では、奨学金の負担が随所に出てくる。
これが正社員と契約社員を経たのちに、アルバイトをしながら就職活動をしている4年制大学卒の女性たちのあいだで交わされる会話である。
この本には、本来5万円で立ち行くにもかかわらず、「残ったお金は貯金すればいいのだから、友人との付き合いもあるし、10万円の奨学金を借りたほうがいい」という母親のアドバイスによって奨学金の額をあげた専門学校生の例も出てくる。取材者はやめたほうがいいと助言するも聞き入れられない。借り手は厳しい将来を、予測していないからである。
さて。他人に「辞職しろ」とまで迫るからには、それ相当の論理や倫理があるのかと思えば、中嶋さんの現代の日本社会が置かれている現状とその要因についての理解のなさと、批判の論理のがっかり感は半端ない。しかし大学院時代から、「売られた喧嘩は絶対に買え」と指導されてきた。年度末の繁忙期でうんざりするが、仕方ないから反論する。たぶん何回かにわけて。
中嶋さんの批判の論拠は以下のようなものである。
そして日本学生支援機構の理事長による、「大学が潰れないでいるのは日本学生支援機構の諸学金があるおかげ」「奨学金制度のステークホルダー(利害関係者)は、学生以上に大学」といった発言を取りあげて、私に辞職しろと迫る。
えっ? 不動産会社に勤務したら、金融機関や不動産業界の批判は、タブーになるの? 私はそうは思わない。例えば、不動産会社の社員が、自分は自信をもってお勧めできる物件を扱っている。銀行が購入者に無理のない範囲で貸し付けてくれるおかげで、物件が売れる。その場合、銀行は心強いパートナーになり得るだろう。ところが銀行が、収入に比して明らかに返還不可能だろうと思う貸し付けを行っている。当の購買者も住宅への夢に目が眩んでしまい、どんどん無理なローンを組んだ結果、破産してしまう。となると、そういった状況を知りうる者が警鐘を鳴らすのは、社会的責任なのではないか。「『どんなに素敵な住宅であっても、返済を考えてローンを組んだほうがいいですよ』などというなら、会社を辞めろ。給料を貰っているんだろ。住宅が売れなかったら困るのはお前だろう」という論理がまったく理解できない。会社や業界の批判は許されないとでもいうのだろうか。
そもそも私の記事は、奨学金や授業料そのものを批判していたのですらない(大学が授業料をとること自体は、批判できないだろう)。そういった「状況」がもたらされる社会のシステム、制度構築のありかたについて考察していたつもりなのだが。大学がブラックビジネス化しつつある矛盾に胸を痛め、板挟みになりつつ最も悩んでいるのは、大学教員自身だと思う。
しかしまさに中嶋さんが住宅ローンをとりあげたあたりに、格差問題への理解のなさが、端的に示されているように思う。私がこういった記事を書く際に念頭にあるのは、アメリカ社会の現状である。日本社会で行われているのは、アメリカの新自由主義政策の後追いである。その目標とされているアメリカでは、日本をはるかに超える大学の授業料や奨学金の負担が、貧困をさらにつくりだしているという現状がある。そして多くの破産者を出した「貧困ビジネス」の最たるものが、世界の経済を混乱に陥れたサブプライムローンだったのではないか。
住宅などもてないだろうと思っていた貧しいひとのもとを訪れて、いきなり「あなたにも住宅をもつ権利があります」と高い利率のローンを組ませる。購入者は住宅への夢で舞いあがってしまい、言われるままに契約してしまう。しばらくしたら破たんし、住宅は取りあげられ、莫大な借金だけが残る。事情を知り得る者が警鐘を鳴らすのは、義務であるとすら思う。
【追記】高卒の就職の状況の変化について触れると「学歴差別」であるとか、あまりにびっくりの批判が多岐にわたっていて、とても1回では書ききれないので、ゆるゆると勝手にほかの記事を挟んでの連載状態にしていくと思います(中嶋さんへの直接の批判をしても生産的ではなさそうな感じなので、出された論点に対して深めていくかたちで、大学について考えてみたいと思います)。そもそも高卒就職の変化などは、教育社会学の本を1冊使っても書き尽くせないテーマですし。今回はほんの最初の部分ということです。ご了承ください(2016年2月17日)。