【ラグビーW杯】試合中止の釜石で振られた大漁旗。10月13日に起きた「小さな奇跡」
試合は中止のはず。どうして大勢の人が、スタジアム前で大漁旗を振っているのか。この人達はどこから来たのか――
日本ラグビーの北の聖地ともいえる岩手・釜石。
新日鉄釜石の日本選手権7連覇など栄光の歴史を持つ「鉄と魚とラグビーの街」は、ラグビーW杯日本大会で12開催都市のひとつだった。
釜石鵜住居復興スタジアム(岩手・釜石)ではW杯2試合が予定されていたが、10月13日のナミビア×カナダが、台風19号の影響により中止になった。
開催中止の発表は、試合当日の朝。釜石開催は今大会最後とあって、落胆の声が広がっていた。
だからこそ、釜石・鵜住居からSNSで発信された光景に人びとは驚き、感激のメッセージを寄せた。
鵜住居のスタジアム前で、大量の大漁旗が振られていた。
試合は開催されない。スタジアムには入れない。
それでも人びとはスタジアムに結集し、台風一過の青空に、100旗以上のカラフルな大漁旗をなびかせていた。
一体何があったのか。
この日100旗以上あった大漁旗を手配したのは、東北を支援する一般社団法人「フライキプロジェクト」代表理事の園部浩誉さんだ。
「フライキ」とは、東北の南三陸における大漁旗の通称。「富来旗」「福来旗」とも書く。
元ラガーマンの園部さんは、東日本大震災をきっかけに、東北のラグビーチームへ応援用の大漁旗「フライキ」を贈る支援活動を続けてきた。
釜石初開催となった9月25日の「フィジー×ウルグアイ」でも、園部さんが用意した60旗のフライキを地元中学生らが振り、会場を彩った。
10月13日の釜石でのW杯ラストマッチへ向けては、 W杯誘致を進めたNPO法人「スクラム釜石」などから本物の大漁旗を借りるなどし、110旗を調達していた。
しかし試合当日の早朝、園部さんは宿泊していた鵜住居の名物旅館「宝来館」で、開催中止の知らせを受けることになるのだった。
「朝になって、中止の連絡が入りました。雨はほとんど止んでいたのですが、風は強かったです」
「スタジアムまで行こうとしたら、まず木が折れていて通れなかった。いたるところで崖崩れがあり、スタジアムの裏山も崩れていた。率直に試合は無理だと思いました」(フライキプロジェクト代表・園部さん)
試合が中止となり、旗の振り手だった地元中学生らは来られなくなった。
旅館に戻った園部さんの元には、振り手のいない大量の大漁旗が残った。
どうにかして、大漁旗を振る方法はないか。
組織委員会の担当者に連絡をとると、撤去作業等によりスタジアムには入れないが、スタジアム周辺であれば旗を振っても問題ないだろうという。
旅館の宿泊客に旗を振りませんかと声を掛けた。宿泊客の多くがチケットを持った観戦予定者だったのだ。
しかし110旗を振るには人数が足りない。園部さんは車に旗を詰め込み、午前11時過ぎ、スタジアムや最寄りの鵜住居駅に向かった。
そこに想像以上の光景があった。
「ビックリしました。みんな試合観戦に来たけれど行くところがなくなって、鵜住居駅に集まっていたんです」
「みんな乗り合いのタクシーなど、色んな方法で、キックオフの時間に申し合わせたように来ていた。小さな奇跡です」
中止になった「ナミビア×カナダ」のキックオフ時間は12時15分だった。
駅からスタジアムまで旗を掲げて行進して、キックオフに合わせて旗を振ろう。
そんなアイデアを園部さんが人びとに提案すると、誰もが我先にと大漁旗を手にした。子供達も大喜びだった。
「いわば観戦難民のような人達による、ゲリライベントでした。感動的でした。そのとき出会った人達と、旗を振りながら行進したんです」
スタジアム前に到着したのは12時12分頃。キックオフ予定時間の3分前だった。
100人以上の振り手たちが歩道に並んで、一斉に大漁旗を振った。SNSで反響を呼んだ冒頭のシーンはこの時のものだ。
12時15分。キックオフ時刻が来た。
園部さんが、車に積んでいた法螺貝を吹いてホイッスルの代わりにした。
台風の名残りで風は強く、大漁旗はよくなびいた。勇壮な法螺貝の音が青空に上っていった。
「みんなすごく楽しそうにしていました。『旗を振れて良かった』とお礼も言って頂きました」
100以上ある旗の回収作業は、参加者の協力により迅速に終わった。
この日別の場所では、試合をするはずだったカナダ代表が釜石に残り、清掃ボランティアを行っていた。その様子が発信されると世界中で大きな反響を呼んだ。
中止になったナミビア×カナダについては、試合後にさっそく「釜石で試合実現を」という声も上がった。
困難に直面しても、常に人びとを感化するメッセージを発信してきた釜石。
大会後には、復興を通じてラグビーの価値を高めたとして、ワールドラグビーの年間表彰式で「キャラクター賞」を受賞した。
10月13日の”小さな奇跡”をSNSで発信していた「KAMAISHI SUPPORT PROJECT がんばろう釜石」の記事ページにこんな言葉があった。
「釜石は負けない」
困難があってもへこたれない。釜石からの逞しいメッセージだった。
(了)
※釜石で清掃ボランティアに参加したカナダ代表。ラグビーワールドカップ公式Twitterより