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米国超党派議員が半導体製造を強化する法案を議会に提出

津田建二国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

 米国議会に半導体製造を強化する法案が提出された(参考資料1)。先日、TSMC(図1)に米国の工場を設立するように米国政府が勧めてきたように、米国は今、半導体製造を強化することに躍起になっている。半導体製造を専門とする請負サービスであるファウンドリ企業が米国から1社もいなくなってしまったからだ(参考資料2)。この20年間で、米国における半導体製造の能力は半減してしまった。さらに低下することに対して懸念を示すようになった。

図1 TSMCの最先端5nmプロセスのテストチップ 筆者撮影
図1 TSMCの最先端5nmプロセスのテストチップ 筆者撮影

 そこで今回、CHIP for America Act(Creating Helpful Incentives to Produce Semiconductors for America Act)と呼ぶ法案を超党派で提出した。この法案は米国政府によるITC(投資税額控除)が最大の目玉となる。米国における半導体研究・設計・製造の競争力を増強し、その結果数千人もの雇用を増やし、国家安全保障を強める狙いがある。この法案によって、米国における半導体製造や設備などへの投資を促すためのインセンティブを確保する。SEMIが強くこの法案をサポートすることで、超党派の議員を動かした。

半導体はITサービスのキモ

 半導体こそ、ITサービスやハードウエア、ソフトウエア技術のキモとなることを米国は熟知している。半導体がさまざまなシステムのキモとなり、5G通信や、AI(人工知能)、IoT(インターネットに接続する物)、自律技術、セキュリティなどのITのメガトレンドを支えているからだ。半導体なしで5G通信はありえないし、スマホの通信を支える基地局もできない。エリクソンやノキアなどの通信機器メーカー、HPE(ヒューレットパッカードエンタープライズ)やシスコなどのサーバーやスイッチ機器には自社製の半導体チップを採用している。汎用のチップは入手可能なチップを使うが、肝となる半導体は自社開発している。もちろん、GAFA(グーグルやアップル、フェイスブック、アマゾン)やマイクロソフトも最近、自社製半導体を開発し、半導体設計エンジニアを大量に採用しリクルーティング活動を続けている。Linked-Inなどでは派手なリクルーティング活動が見られる。

 対して日本はどうか。かつての国家プロジェクトは残念ながら失敗続きだった。総合電機の経営者が半導体の重要性を理解していなかったためだ。プロジェクトを推進する側の官僚にとっては絶好の天下り先の確保ができた。こういった人たちが主導してきたプロジェクトだからこそ、失敗を続けられたのである。おかげで日本の半導体産業は、台湾、韓国に抜かれ、競争力を完全に失ってしまった。

 このため、半導体メーカーに製造装置を設計・製造して納める半導体製造装置メーカーはいち早く台湾や韓国に活路を見出し、TSMCやSamsungを相手にビジネスを展開し成長してきた。半導体に使うフォトレジストやフッ化水素、純水、シランやジボランなどの化学ガスメーカーも台湾と韓国の製造に強い半導体メーカーに納入することで活路を見出してきた。半導体チップが正常に動作するかどうかをテストするテスターメーカーのアドバンテストの売上の海外比率はなんと90%を優に超えている。半導体製造装置や検査装置・材料メーカーは海外売り上げ比率が圧倒的に大きく、世界での存在感は大きい。

若手官僚の思いを実現するには?

 半導体メーカーは弱いが、半導体製造装置・検査装置・材料のメーカーは強いという、いびつな構造が今の日本半導体産業となっている。そこで、志の高い若手官僚は、日本に海外の半導体メーカーを誘致しようと思っている。しかし、設備投資や研究開発での税制優遇といったインセンティブが全くない。税制に関しては財務省の管轄であり、経済産業省は何もできないという縦割り構造が霞が関だ。これでは若手官僚の思いは実現できない。だったら、米国同様、議員を動かせばよいではないか。

 では議員は、半導体産業の重要性を理解できるだろうか。また、理解しても超党派で動けるだろうか。米国でも日本と同様、選挙の票田の強い分野と弱い分野があるため、単純に政党として提案できるわけではない。そこで超党派の議員が集まり今回のCHIPS for America Actにつなげた。

 日本で、一つの法案に対して、超党派を組めるだろうか。これは極めて難しい。というのは、日本ではどんな法案でも、党に反対すれば党員をはく奪されかねない、ファシズムに近い政党体質だからだ。日本で本当に民主主義が根づくためには、自民党や立憲民主党、日本共産党などに所属していても、法案によっては個人的には反対、賛成があることを互いに認められなければならないと思う。法案によっては野党に賛成、与党に賛成、という案があってしかるべきだと思うが、残念ながら今の日本の政党は、民主主義ではなく全体主義(ファシズム)と言わざるを得ない。

 但し、初めから所属する党の幹部を説得し、超党派で半導体産業へのインセンティブを設ける税制優遇策を議会に提出することを予め与野党幹部に知らせておけば、できるかもしれない。「聞いてないよ」と言われないようにたくさん根回しすることを覚悟しなければならないが。

 一方で政党側は、本当に日本が競争力のある豊かな国になるためには民主主義を認め、忖度を止められるような組織にならなければならない。若手議員、若手官僚の志が折れないような国づくりを目指していただけることを願う。

 

参考資料

1. SEMI Announces Support of Chips for America Act To Increase Semiconductor Manufacturing in the U.S.(2020/6/12)

2. 新型コロナによる新需要、世界半導体は4月も6.1%成長(2020/6/3)

国際技術ジャーナリスト・News & Chips編集長

国内半導体メーカーを経て、日経マグロウヒル(現日経BP)、リードビジネスインフォメーションと技術ジャーナリストを30数年経験。その間、Nikkei Electronics Asia、Microprocessor Reportなど英文誌にも執筆。リードでSemiconductor International日本版、Design News Japanなどを創刊。海外の視点で日本を見る仕事を主体に活動。

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