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引きこもりから犯罪まで、精神疾患が原因? 在米日本人の苦悩や米事情を専門家に聞いた

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
イメージ写真(写真:アフロ)

アメリカでは、メンタルヘルス(心の健康)を保つためのカウンセリング・クリニックが身近な存在にある。人生のライフハック術として、症状が悪化する前に、1人はもちろんのことカップルや夫婦、時には子連れで「カウンセリングに行ってきた」なんていう話は、日常的によく聞く。

移民の多いニューヨークには、慣れない外国生活に適応するためのプログラムも各種提供されている。

中でも、ハミルトン- マディソン・ハウス* の日本部門「日米カウンセリングセンター」は、日本人の心理療法士が常駐し、当地に住む日本人の心のケアや精神的問題に日本語で対応している。

センター長で心理療法士の松木史さんは、1983年の日本部門創設時から36年間、ずっと在留邦人の心のケアをしてきた。5年のキャリアを持つ心理療法士、竹島久美子さんと共に、患者から「心の拠り所」として信頼を寄せられている。

2人のカウンセラーに、アメリカのセラピー事情や在米日本人の心の悩みを聞いた。

「ハミルトン - マディソン・ハウス」(Hamilton - Madison House)とは?

1898年に設立された非営利団体のカウンセリングセンター。アジア諸国の言語を話すカウンセラーが約30人常駐。

── 患者さんはどのくらいいるのですか。

松木さん:日本人の患者さんだけで80人近くです。1回45分のカウンセリングで、1週間に1〜3回、2週間に1回、月に1回などの頻度で通っていて、私は毎日4〜5人の患者さんを診ます。

── 皆さん、どのような症状で来るのですか。

松木さん:この国では、高級官僚や大企業のビジネスマンにお抱えセラピストがいるくらいですから、一般の人も日常生活をより楽に生き抜くために、気持ちの整理でセラピーに来ている印象です。症状が重くなる前に予防として通うクライアントさんも多いです。

予防は、自分の分析にもなります。分析すると生き方、考え方、感じ方、どのような防御体制を取っているかなど、自分をわかってきます。そうすることで、これから深まる問題の防御に繋がります。

── 気軽に来られる感じなのですね。

松木さん:そうですね。健康保険を受け付けているのも、利用しやすい理由の1つです。

うちのセンターでは、通常の健康保険はもちろん、メディケイドやメディケア(低所得者、高齢者、障害者向け公的医療保険制度)、旅行者保険などが使えます。

保険がない方でも、60ドルから(収入によって変更)受診ができます。

竹島さん:オバマケアのおかげで留学生も無料でメディケイドに加入できるので、日本人の学生さんもたくさん来ています。学業が大変で、言語の壁もあるので、ストレスをたくさん抱えていますが、ここで一生懸命に問題を解決していっています。

松木さん:ニューヨークにこのようなセンターがたくさんあるというのも、気軽に通える一因です。私たちのようなソーシャルワーカーの免許保持者の数が多く、ホームレスシェルターにもいるくらいですから。

日本では精神科医の受診しか健康保険が使えませんので、ここのように心理療法士にも保険が適用できるようになれば、気楽に通えてより楽に生活できるようになると思います。

心理療法士の松木(Fumi Matsuki Raith, LCSW)さん。(c) Kasumi Abe
心理療法士の松木(Fumi Matsuki Raith, LCSW)さん。(c) Kasumi Abe

── 患者さんはどのようにして、ここに辿り着くのですか。

竹島さん:プライマリケアドクター(主治医)からの紹介が多いです。体調が悪くなって受診して、医師から紹介状を書いてもらっているようです。

── 日本人にとって、深刻な心の悩みを他人に告白するのは少し抵抗があることだったように思います。最近はどうですか。

松木さん:阪神・淡路大震災(1995年)の後くらいから、マスコミで「心のケア」という言葉を少しずつ聞くようになり、心の悩みに対して偏見が取れていったように感じます。

── 患者の中には、重い心の病気を抱えた方も多いでしょうか。

松木さん:鬱(うつ)が多いです。眠れない、食欲がない、気分が落ち込む、気力がない、ベッドから起き上がれない、会社や学校に行くことができないなどの症状です。パニックアタックも多いです。

── 原因は何でしょう。

松木さん:簡単に言うと人間関係なんですよ。恋人や夫婦の関係、親子の関係、上司との関係...。

竹島さん:職場でのセクシャルハラスメントの相談件数も増えています。日本人やアメリカ人の上司から「言ったら大変なことになる」雰囲気を作り出され、悩んでもなかなか言えなかったけど、最近はMeTooムーブメントの影響で打ち明けやすくなったようです。

パワハラの相談も多いですね。(アメリカ滞在許可の)労働ビザで縛られて、仕事を辞められず悩んでいる人が多いです。

それから、ニューヨークの環境に適応できないという相談も多いですね。

── そのような場合、日本に帰ったら問題解決しそうですが。

松木さん:それが、日本に帰れない場合も多いんですよ。メンツもあるし。

── メンツ、ですか?

松木さん:日本でやっていけなくて、第2の人生としてアメリカだったらやっていけるんじゃないかと、アメリカンドリームという大きな志を持って来米して、こちらで問題を抱えている方も結構多いのです。

でもそのような患者さんでも、友だちにグチるのではなく、ここで問題解決して生きていこうっていうんだから、私は尊敬する気持ちしかありません。いつもこちらが力をもらっています。

竹島さん:私も日々、クライアントさんはすごいと思っています。日本にいるときに鬱を発症して引きこもり状態だったのに、その問題を解決するためにアメリカに来て、大学を卒業して就職する行動力は、本当に素晴らしいです。

心理療法士の竹島(Kumiko Takeshima Asiedu, LCSW)さん。(c) Kasumi Abe
心理療法士の竹島(Kumiko Takeshima Asiedu, LCSW)さん。(c) Kasumi Abe

── 引きこもりも相変わらず社会問題になっていますが。

松木さん:引きこもりの人でも生活がしやすいのは、インターネットのおかげです。ネットでゲームをして、他人とコミュニケーションして社会と繋がって、日常生活を十分楽しめますから。

── ここに通い始めてどのくらいで症状が改善されるのですか。

松木さん:早い人は3ヵ月くらいですね。自分を知りたいということで、その後も通い続けている方もいますし、治療で元気になり帰国する人もいます。そういう方から「日本で出世しました」という現状報告のクリスマスカードが届くと、毎年うれしく思います。

── 症状が治らない人もいますか。

松木さん:30年以上通い続けている方がいらっしゃいます。精神統合失調症という非常に重い、治らない脳の病気です。社会復帰もできず友人作りも難しいため、唯一の繋がりである私と1週間に2回、日本語で会話します。

この方は、ベッドから起き上がり日常生活ができるまで10年かかりました。それまではのたうち回りながら、どうしたら問題を解決できるか必死に考えていました。良い薬が見つかってかろうじて生活ができるようになり、観葉植物の手入れをしたり金魚を飼ったりして、自分でできる範囲で喜びを見つけています。強くてしっかりした方で、尊敬しています。

彼は以前、出世欲の野心であふれていましたが、この10年で哲学が完全に変わりました。彼にとって一番幸せなのは、笑顔で健康で朝日を迎えることなので、日常生活に満足しています。私の患者さんの中で彼が1番幸せな人です。そしてその幸福感はボディランゲージに表れています。穏やかで威厳があって落ち着いた印象なので、何も知らない人が見るとどこの社長かと思うような人です。

竹島さん:精神統合失調症の人は幻聴や幻覚に悩まされたりしますし、不安症の人も普通の人から見ると信じられない点で不安を感じたりするので、変人のように扱われます。それで、ますます落ち込んでいくんです。

松木さん:深刻なケースでは専門医や精神科医を紹介していますが、どのような病気だとしても、人間とのコンタクトは生き延びていくには絶対に必要なんだろうと思います。

── 痛ましい事件がよく起こっていますが、加害者というのは重い精神的な病を抱えていることが多いのでしょうか。

松木さん:その人がどのような問題を抱えているのかを実際に診ないことには、さっぱり判断できないですね。例えば、差別的な人もいるだろうし、統合失調症で精神が分裂して「殺さないと自分の命が危ない」と悪魔の声が聞こえるケースもあるし、殺人で快感を得る人もいます。どんなケースでも、病んでいることは事実でしょうね。

病んでいる場合、コミュニティの大切さが鍵になるのです。自分だけが出世してお金を稼いでいい生活をして幸せになる、のではなく、近所の人がどういう生活をしているのか、気配りをすることが大切なんです。「あの人は病んでいるんじゃないか」と気づいたら、コミュニティ全体で何ができるか考え、助けてあげる社会を作っていかないと、今度はいつ自分が被害に遭うかもわからないです。

── と言うのは?

松木さん:その病んでいる人にいきなり刺されたり、子どもが誘拐されたりして、自分がやられる側になるかもしれないです。自分も社会と繋がっているのだから、弱い人や困っている人を見捨てないことです。これは自分のためにもなることです。

例えばうちの近くでホームレスが寝ていると、私も気分が悪いです。自分が気持ちよく生活するために、ホームレスの人に何かやってあげなければという考え方に自然となります。

「自己責任」や「負け犬」などという言葉がありますが、あれは危険な考え方です。そのような考え方が蔓延る社会は、病人や自殺者をどんどん出していきます。勝ち犬だと思っても、ある日突然負け犬にやられますよ、繋がっているから。

竹島さん:そもそも何を持って「勝ち」かもわからないですしね。

以前ニューヨークタイムズ紙に、働くお母さんの記事が掲載されていましたが、あれを読んで「もっとコミュニティが温かい目でお母さんを見守ってあげなければ」とも思いました。母親が幸せだったら、子どもも伸び伸び育って社会がよくなると思います。

早い段階で気づいてあげれば、救われることも多いですよ。

「気軽にこのようなセラピーを利用してほしい」と2人。120年以上の歴史があるハミルトン - マディソン・ハウスにて。(c) Kasumi Abe
「気軽にこのようなセラピーを利用してほしい」と2人。120年以上の歴史があるハミルトン - マディソン・ハウスにて。(c) Kasumi Abe

インタビュー後記

専門家に話を伺い、症状が重くなる前に気軽に悩みを相談できる場所や機会、人との接点の大切さを改めて感じました。

また、日本でもアメリカでも社会の中で生かされている以上、SOSが出ている周囲の人に対して、慈悲深い心を持って気にかける優しさや愛情も、コミュニティの一員として必要とされることなのでしょう。

(Interview, text and photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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