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”暴言市長”のもう一つの”顔” 明石市長との本を出版する

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
2016年の取材時の写真(撮影:明石市長室)

新しい本が、2月25日に出る。

「あの」明石市長との本。

湯浅誠・泉房穂・藻谷浩介・村木厚子・藤山浩・清原慶子・北川正恭・さかなクン『子どもが増えた! 明石市 人口増・税収増の自治体経営(まちづくり)』光文社新書、2019年2月25日刊行

すべての作業が終わり、今日印刷所に回すというその日に発覚したのが、例の“暴言”事件だった。

本を出すこと自体を、やめることも検討したが、考えた末に、まえがきだけ書き直し、出すことにした。

色々と言われるかもしれないことは、覚悟している。

以下、そのまえがき。

――――

はじめに 〜”暴言市長”のもう一つの”顔”

本書の編集作業が終わり、今日印刷所に回すというその日になって、とんでもない話が発覚しました。

泉市長が市職員に暴言を吐いていたというのです。

2017年6月、道路拡張工事に関して交渉担当だった市職員を叱責する中での暴言で、泉市長も発言を認めて謝罪しました。

職員「(立ち退き対象だった建物の)オーナーの所に行ってきた。概算で提示したが、金額が不満」

 

市長「そんなもん6年前から分かっていること。時間は戻らんけど、この間何をしとったん。遊んでたん。意味分からんけど」

 

職員「金額の提示はしていない」

 

市長「7年間、何しとってん。ふざけんな。何もしてへんやないか7年間。平成22(2010)年から何しとってん7年間。金の提示もせんと。楽な商売じゃお前ら。あほちゃうか」

 

職員「すいません」

 

市長「すまんですむか。立ち退きさせてこい、お前らで。きょう火付けてこい。燃やしてしまえ。ふざけんな。今から建物壊してこい。損害賠償を個人で負え。安全対策でしょうが。はよせーよ。誰や、現場の責任者は」

(中略)

 市長「見通しわかっとったやろ。ややこしいの後回しにして、楽な商売しやがって。ずっと座り込んで頭下げて1週間以内に取ってこい。おまえら全員で通って取ってこい、判子。おまえら自腹切って判子押してもらえ。とにかく判子ついてもらってこい。とにかく今月中に頭下げて説得して判付いてもうてください。

あと1軒だけです。ここは人が死にました。角で女性が死んで、それがきっかけでこの事業は進んでいます。そんな中でぜひご協力いただきたい、と。ほんまに何のためにやっとる工事や、安全対策でしょ。あっこの角で人が巻き込まれて死んだわけでしょ。だから拡幅するんでしょ。

2人が行って難しければ、私が行きますけど。私が行って土下座でもしますわ。市民の安全のためやろ、腹立ってんのわ。何を仕事してんねん。しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ。

後回しにしてどないすんねん、一番しんどい仕事からせえよ。市民の安全のためやないか。言いたいのはそれや。そのためにしんどい仕事するんや、役所は」

出典:神戸新聞NEXT(2019年2月19日)

発言は「火付けてこい」など犯罪強要とも受け取れるもので、どんな事情があれ、許されるものではありません

本書の中で、市長は「排除される人の気持ちがわかる」旨の発言をしていますが、その信用を根底から覆す事件でした。

これでは「他人の痛みがわからない市長」と評価されても致し方ありません。

本書は子どもを大切にする明石市の姿勢を評価するものですが、子どもに対してだけでなく、市職員に対しても、人としての尊厳を尊重した対応をできなければ、市長の唱える「やさしいまちを明石から」というスローガンは、空虚にしか響きません。

事件の発覚を受け、昨日一日、本書を予定通りに出版するかどうか、本当に悩みました。

これまでの明石市の取組みを評価する意図からつくった本書ですが、この事件の後では市長のこれまでの努力も成果も割り引いて見られることは避けられません。

市長と明石市のこれまでの成果を評価されてきた6人の対談者の方々や、住民座談会に応じてくれた住民のみなさんが、批判に巻き込まれてしまうのではないかとの心配もあります。

本当にそのような状況下で、本書を世に送り出す意味があるのか……。

それでもこうして出版に至ったのは、「人」も「まち」も多面的だから、とつくづく思ったからです。

市長が暴言を吐いたことも事実なら、「子どもを核としたまちづくり」を進めてきたことも事実です。

今回発覚した事件をなかったかのように振る舞うことは論外ですが、一方を以て他方の事実を消すのも、またフェアではないと思いました。

信じられないような暴言を吐いたことも市長の一面なら、子どもを増やし、税収増・人口増を達成したのも同じ市長の一面です。

私は、市長の前者の一面を批判し、後者の一面を評価します

本書の中で、市長は繰り返し「誰かが排除されるとしたら、それは自分だ」と述べています。暴言事件の後では、にわかに信じられない発言ですが、それは障害をもった弟さんの経験に由来している、と市長は本書の「あとがき」で述べています。

私には、4つ違いの障害を持った弟がいます。45年前、小学校入学を前にして、弟は遠方にある養護学校に通うように言われました。歩くのが大変なのに、歩くのが大変なことを理由に遠くの学校に行けと言う、なんと理不尽なことを、と強い憤りを覚えました。

両親の懸命の交渉で家の近くの小学校に通えることにはなりましたが、「家族が登下校に責任を持つこと」と「何があっても学校を訴えないこと」という2つの条件がつきました。

両親は仕事があるので、兄である私が、自分と弟の二人分の教科書をランドセルに詰めて通学しました。学校に着いてから弟のランドセルに教科書を戻す毎日に、普通に歩けないのは弟の責任じゃない、家族の責任でもない、それなのに社会はこんなに冷たいのかと悔しくて腹立たしくて、こんな社会は間違っていると思いました。

支援を必要としている人がいるのに、「泣いている人がいますよ」と言って立ち去るような社会ではなく、助けが必要なときには支え合える社会に変えたい、それを自分の力でやり遂げたい、という信念のような思いを抱きました。

私はこの「あとがき」で初めて知りましたが、ここで示されている市長の気持ちは、3つ違いの障害を持った兄がいる身として、共感するものがあります。

市長が小さいころに感じた「強い憤り」は、今の明石市の子育て支援策や障害者施策につながっているのでしょう。

今回の暴言事件の背景にある安全対策への思いも同根なのかもしれません。

しかしその気持ちを、今後は、市長という上司に対しては弱者である市職員にも向けていただきたいと願います。

十分な仕事をしてくれない部下に対しても「やさしく」とは、しんどく、難しいことでしょうが、「しんどい仕事やから尊い、相手がややこしいから美しいんですよ」とは市長の言葉です

「こんないいこと言いながら、あんな暴言吐いて、信用できない」と思うか、「あんな暴言吐いた市長だけど、こんな一面もあるんだ」と思うか、それは本書を手に取って下さった読者のみなさんにお任せします。

私も欠点だらけの人間なので、偉そうなことを言える立場ではありませんが、今回のことでしみじみと、パーフェクトな人間はいないのだな、と思いました。

生涯をかけて、少しずつ長所を伸ばし、少しずつ短所を治していくこと。

そういう成長を経て、何か良いものを次の世代に残していくことが、「人」も「まち」も必要なのだろうと感じています。

2019年1月30日早朝 湯浅 誠

(※2月15日10:50書籍リンクを修正、同日13:45書籍リンクを再修正)

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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