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遊びながら、我が身を守り、生活をきりひらくリテラシーをつける

湯浅誠社会活動家・東京大学特任教授
「ブラック」に負けず、学生たちには自分の人生を切り開いていってほしい

大学生に年金加入の義務はあるか?

「大学生でも20歳になったら、国民年金に入る義務がある」 〇か×か?

「健康保険に入っていると、窓口で支払う金額は、□~□割で済む」 □に入る数字は?

知っている人は知っているが、知らない人は知らない。

教育課程で習わないわけではないが、多くの中高生たちは「受験科目でないから」とスルーするし、そもそも自分で負担しているわけではないので、身につまされない。

そうしている間に大学に入り、サークルや部活に打ち込み、バイトに明け暮れ、家族や友人関係に悩み、「専門」を勉強しているうちに、あっという間に就活が始まる。

アルバイト先は、教育や居酒屋、カフェ、コンビニ、店舗販売などのサービス系が大半。

雇用契約書などもらったことがないというのが「ふつう」だし、30分前出勤とか、片付けしてからの退勤とか、残業代がつかないことも「ふつう」。

周りがどんなふうに働いているかが自分の働き方を決める基準であり、それ以外に拠り所はないし、知らない。

大人も「びっくりするほど、何も知らない」

別に子どもだけではない。

仕事を始めても税や社会保険料などは天引きだし、給与明細をもらっても、手取り額をチェックするだけの人も多いだろう。

せいぜい、税引き前と税引き後を見比べて、差し引かれた金額を「たっけ~な」と惜しむくらいか。

会社の担当者に任せきりという人も少なくないのではないか。

その担当者を長くやってきたのが加藤千晃(かとう・ちあき)さん。

加藤さんは、給与計算などの仕事に長く携わり、かつての自分も、今の同僚も「びっくりするほど何も知らない」ことに驚いてきた。同時に「知れば知るほど複雑で、わかるわけがない」ということも。

加藤千晃さん。「このゲームを主権者(シティズンシップ)教育の一環で活用してもらいたい」と意気込む
加藤千晃さん。「このゲームを主権者(シティズンシップ)教育の一環で活用してもらいたい」と意気込む

税や社会保険料の制度は、別に「知ろうとする気持ちを挫いてやろう」と意図されて、わざと複雑になっているわけではない。だが実際問題として、知ろうとする気持ちを挫く程度に複雑だ。

自分や家族がケガや病気、生活困難に直面し、抜き差しならぬ状況になって初めて、人はその複雑なシステムと真剣に対峙する。

しかしそのときには「時すでに遅し」だったり、他の心配事がありすぎて余裕がなかったり、また人によってはどれだけ食い入るように眺めても理解できなかったりする。

ゲームで学ぶ

そこで加藤さんは考えた。

やはり教育課程で一度は知識と情報を入れておく必要がある。

身につまされていない生徒や学生たちに、それでも学んでもらうためには工夫が必要。

そうだ、ゲームだと。

最初、加藤さんはゲームメーカーを当たった。

ボードゲームの古典「人生ゲーム」のようなものだったら、授業などで使いやすいのではないか。

しかし、取り合ってくれるメーカーはなかった。

あきらめかけて数年が経ったが、やはりあきらめきれない。

結局、彼女は自分で出資し、専門家や教育関係者に協力を仰ぎ、プロジェクトをまとめ、ボードゲームを完成させた。

それで生まれたのが「ライフ・リテラシーゲーム」(以下、LLと略す)。

「ライフ・リテラシー」は加藤さんの造語で、こう定義されている。

社会生活を送るうえで、必要な知識や情報をもち、活用する能力

入門!ライフ・リテラシーゲーム。
入門!ライフ・リテラシーゲーム。

実際にやってみた

どんなものか、大学生たちの協力を得て、実際にやってみた。

協力してくれたのは法政大学の1年生たち。私が担当する「基礎ゼミ」の学生たち23名だ。4~5人ずつ5チームに分かれて、さあスタート。

基礎ゼミでの体験授業には加藤さんも参加してくれた
基礎ゼミでの体験授業には加藤さんも参加してくれた

ボードをパタパタと広げると、出てきたのはまさに「人生ゲーム」のようなすごろく型のボード。一人ひとりが自分のコマを持ち、サイコロを振って、出た目を進む。

違うのは、それぞれがプレイヤーであると同時に「労働」「年金」「健康保険」「税金」そして「ライフリテラシー」の担当になること。一人二役を担う。

そして「テキスト」が配られること。

それぞれの担当札。このアイコンが書かれたコマに進んだら、自分の出番だ
それぞれの担当札。このアイコンが書かれたコマに進んだら、自分の出番だ

ブラックバイトの被害にあったら

スタート地点は「コンビニでアルバイトを始める」ところから。

「さっそく遅刻でスタートに戻る」「お客さんに恋をして1つ進む」「バイトテロをやってしまって1回休み」など、進んだり戻ったりするのは、ふつうのすごろくと一緒。

しかし、ほどなく「バイトの残業代が支払われていないことに気づく!」というマスに行く。

最初の人は、出た目の数にかかわらず、ここでストップ。

画像

盤上には「労働担当」を指し示すイラストがあり、担当者はここでテキストの該当ページを読みあげる。

最近、社会人だけなく、学生アルバイトに対しても違法な働き方を強要する、ブラック企業が増えてきました。知識もなく、一方的に会社の言いなりになっている人が多いようです。

経済的な事情で辞められない場合でも、このような「ブラックバイト」を続けることで、身体を壊したり、精神的に追い込まれたりと、さらなる生活苦に陥る危険性があります。

少しでもおかしいと思ったときには、すぐに辞めるか、それができない場合でも、決して一人で悩んではいけません。労働基準監督署などに、すぐに電話しましょう。

会社の言うことを鵜呑みにせず、アルバイトも労働基準法によって守られている、ということを思い出してください。

賃金不払いの時効は2年間です。

また給与明細書は、大切に保管してください。勤務時間に対して正しい金額が支払われているか、不当に差し引かれているものがないかなどは必ず確認し、不明な部分は聞いてみましょう。給与明細書をもらえない勤務先は、要注意。すぐに辞めたほうがいいでしょう。

すぐに辞めるかはともかくとして、給与明細など見たこともない学生は少しぎょっとする。

労働基準監督署も労働基準法も、中学の「公民」や高校の「現代社会」で一度は聞いているはずだが、それとはまた違った形で情報が入る。

節目節目でテキストを読むことを通じて、基本的な知識を得ていく
節目節目でテキストを読むことを通じて、基本的な知識を得ていく

会社が社会保険未加入だったら…

次の関門は「就職」だ。

このマスでは全員が立ち止まり、サイコロを振る。

1~3の目が出たら「会社の社会保険に加入」、4と5だったら「会社の社会保険がない」、6は「フリーター・個人事業主(自営業)」。

会社の社会保険に加入した人には、年金手帳と健康保険証が配られる。

4~6の人には、配られない。

ホンモノさながらの年金手帳や健康保険証が備え付けられている
ホンモノさながらの年金手帳や健康保険証が備え付けられている

この人たちは、会社の社会保険に加入した人たちとは別コースのう回路を進み、「市役所で手続き」のマスでようやく年金手帳と国保の健康保険証を手に入れる。

なるほど「自分で手続きしないといけない。そして市役所に行くんだな」ということがわかるように工夫が凝らされている。

リアルだ。

たしかに、仕組み以前にどこで自分が加入したことなり、何か相談するとしてその相手はどこなのか、わかっていない人は多い。「いつの間にか加入していた」「気づいたら失効していた」「どこで手続きしていいのかわからない」――そんな話を聞くのも「ふつう」だ。

テキストを片手にコマを進めていく
テキストを片手にコマを進めていく

その後も、コマを進めながら、

1回目の給料で所得税を学び、

2回目の給料で健康保険料や厚生年金保険料について学び、

パワハラでうつ病になって労災申請したり、

年金保険料が払えなくて役所に相談に行ったりする。

学生たちは、その都度、該当する事項についての知識を得ていく。

学生たちの反応は?

こうして進めながら、5人が全員ゴールして終了。だいたい1時間

学生たちの反応はどうだったかと言うと…。

授業の一環として「やらされる」ものである以上、ハマったゲームをやっているときほどの集中と高揚感が得られないのは、まあ仕方ない。

最初は「フリーターね、ハイハイ」「病気ね、ハイハイ」みたいな感じでやっている学生もいた。

他方「へ~そうなんだ!」と関心を持ちながら反応する学生も。

ここらへんは、正直言って、ふだんからいろんなことに興味関心を示す学生はやはりLLにも興味を示し、ふだんから何事にも反応の鈍い学生は、やはりLLにも反応が鈍い。LLで劇的に変わるということはないようだ。

ただ、やはり読み上げることで一定の知識は入ってくる。

学生たちには、ゲームをやる前と後で冒頭の問題を含むワークシート(12問)に取り組んでもらった。

その結果、ゲーム前にはほとんど答えられなかった平均点が、終了後には大幅にアップした(23.6点→93.3点)

ビフォー・アフターのワークシートで理解度をチェック
ビフォー・アフターのワークシートで理解度をチェック

忘れても「何か」が残ればいい

もちろん、学生たちは時間とともに再び今回の知識を忘れていくだろう。

しかし、一度自分が実践的に体験した知識は、中身を忘れても「何か」を残す。

「そういえば、昔、なんかやったなあ」「こういうときってどうすればいいんだっけ? なんかあったはずだけど…」

それでいい。「何か」が残っていれば、その引っかかりが次へのステップへと本人をいざなう。他人に聞いたり、ネットで調べたりすれば、対処法にたどりつくことはそれほど難しいことではない。

法政大学を卒業しても、「もう安泰」とは到底言えない世の中だ。

学生たちには、トラブルがあっても、あわてず、より不利な方向にはまりこむことのないような人生を送ってもらいたい。

まだ18~19歳。なかなか人生のトラブルに現実味はもてないが…
まだ18~19歳。なかなか人生のトラブルに現実味はもてないが…

ライフ・リテラシーゲームに関心を持たれた方は、ホームページまで。

(なお、冒頭の設問の答えは、「〇」と「2~3」)

社会活動家・東京大学特任教授

1969年東京都生まれ。日本の貧困問題に携わる。1990年代よりホームレス支援等に従事し、2009年から足掛け3年間内閣府参与に就任。政策決定の現場に携わったことで、官民協働とともに、日本社会を前に進めるために民主主義の成熟が重要と痛感する。現在、東京大学先端科学技術研究センター特任教授の他、認定NPO法人全国こども食堂支援センター・むすびえ理事長など。著書に『つながり続ける こども食堂』(中央公論新社)、『子どもが増えた! 人口増・税収増の自治体経営』(泉房穂氏との共著、光文社新書)、『反貧困』(岩波新書、第8回大佛次郎論壇賞、第14回平和・協同ジャーナリスト基金賞受賞)など多数。

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