福島第一原発の桜はなぜ全てが伐採されなかったのか ニュースでは拾いきれていない意味

福島第一原発の桜には特別な思いがあります。 写真はイメージ写真。双葉郡の桜。

3月7日、福島第一原発で咲いた桜が、各メディアに公開されました。桜を通じて今の労働環境を見てもらいたい、そんな気持ちが東京電力側にあったように思います。

朝日新聞

廃炉作業続く福島第一原発、400本の桜が満開

河北新報

<福島第1>廃炉へ過酷作業 癒やしの桜

産経新聞

福島原発の春

各社伝えているのは、概ね約1200本あった桜が400本に減った、今が満開、かつては地域住民も眺めた、今の作業員の方にとって癒し、防護服不要エリアが出来た、です。

さて、こちらの記事を読んだ筆者は現場がなぜ桜を残したのか、今も現場で働く方々と交流があるがゆえにそこに秘められた思いを知っています。

癒しのため、それは事実です。とかく暗くなりがちな現場で、一時の気持ちを明るくさせるものとして残したかった。ですが原発事故前、そして原発事故から今までの変遷を知る筆者には、意地でも残す、そんな気概を感じさせる桜の残し方にこそ、注目するべきだと思います。

桜は思い出と被災された地域への責任の象徴

一部の記事では触れていますが、構内の桜はシーズン中、地域住民の方々に開放されていました。原子力発電所は原子炉建屋、タービン建屋といった管理区域内の建屋内以外では、一般環境と同じ、放射線を浴びることのないエリアです。構内にあった運動場が開放され、桜のお祭りが開かれていました。東電社員・協力企業の社員の方々が出店を商い、地域の人達にふるまう、それは時として働くお父さんが子供達と接する場でもあったのです。

原子力と共にあった地域の是非はともかくとしても、その地域で暮らし福島第一原発で働いてきた方々にとっては、かけがえのない思い出となっています。

そのかけがえのない思い出を壊してしまったものこそ、原発事故です。桜は美しい思い出と共に、地域の方々への廃炉の責任とも向き合う、そういった象徴でもあるのです。

これは東京電力社員も、そして協力企業の方々も同じ発電所で働いてきた者として同様に抱いているものです。そして自らの家族・親類・友人・知人が原発事故の被災者でもあるのです。

桜は事故収束とも一緒に歩んできた

廃炉という言葉が使われるようになる前、最前線で働く方々は正に命がけの時代があったことは、皆さまも鮮明に覚えていらっしゃると思います。桜は今年だけ咲いた分けではありません。2011年から毎年、廃炉作業の傍らで咲いてました。

原発事故後から働き始めた方々にとっても、戦友とも言える存在でした。今でこそメディアも中に入れます。付け加えれば、廃炉作業に直接かかわらない立場の方も視察という目的で入ることが出来ます。

ですが、そうした人が来れる、行こうと思える環境の前、誰もが恐れた現場で傍らで咲く桜に、特別な思いを抱くことは当たり前のことではないでしょうか。

苦汁の伐採、だが残せる桜は意地でも残す

増え続ける汚染水、思いはあれでも安定保管するためには、桜を伐採して汚染水タンクを設置する。これは一日でも早い安心と安定を目指す現場では苦汁どころか、やらなければいけないことです。

各メディアでは触れられていませんが、残された桜はタンク設置に影響を及ぼさない通り沿いに限定されています。

先述した理由があったからこそ、伐採することへのためらいはありました。ですが、残せる桜への意地が垣間見えます。構内地下水の抑制を目的としたフェージング処理、こちらは土を削り表面をアスファルトないしモルタルで舗装するものです。効率だけ考えれば、桜を全て伐採し、全て覆ってしまう方法があります。しかし桜はあります。なんと桜の成長に影響をきたさぬよう、必要最小限の表土は残して、廻りを舗装しています。

これからも桜を守る、それは桜への思いを残すということです。

桜を可能な限り残す、これが発電所所長の厳命であったこともお伝えしておきます。

筆者は、桜を通じてとりあげた福島第一原発のニュースに、一つの考えが足りていないのではと思いました。それは現場で働く方の思いが抜けているという事です。

癒しの意味での桜であれば、数本だっていいはず。残せるだけ残した意義は?廃炉現場で働く方々は桜一本に複雑な思いを抱いているのです。その中には、私達にとって大切な廃炉への責任が含まれています。

廃炉はロボットが行っているわけではありません。私達と同じように悩み、苦しむ「」が支えているのです。