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東京2020大会は日本社会の縮図になるーー聴覚障がい者向け 東京2020ボランティア相談会

吉田直人Freelance Writer
『聴覚障がい者向け東京2020大会ボランティア相談会』終了後の様子:筆者撮影

1月30日(水)、日本財団ボランティアサポートセンター(以下:ボラサポセンター)の主催で『聴覚障がい者向け東京2020大会ボランティア相談会』が開催された。昨年12月21日に締め切られた『大会ボランティア』、現在も一部で募集中の『都市ボランティア』に関し、募集過程において「聴覚障害者に対する配慮が不足しているのではないか」という思いを受けてのものだ。本記事では相談会の模様をレポートする。

本相談会に至るまでの経緯は、こちらの記事で触れている。

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「コミュニケーションの壁を超えて」

相談会は3部構成。2017年デフリンピック(トルコ・サムスン)の自転車競技に出場した早瀬憲太郎さん、MTB競技に出場した早瀬久美さんより、選手から見たボランティアの存在、さらに聴覚障害当事者としてボランティア活動に従事した体験談。続いて、文教大学准教授の二宮雅也氏(ボラサポセンター参与)から『東京2020大会ボランティア』に関する説明。最後に相談も兼ねた質疑応答が行われた。

相談会では手話通訳の他、パソコン通訳、磁気ループを手配。情報保障も完備された:筆者撮影
相談会では手話通訳の他、パソコン通訳、磁気ループを手配。情報保障も完備された:筆者撮影

早瀬久美さんは「自身の専門性をボランティアに生かすこと」、加えて「そのための引き出しを増やす」という観点からスピーチを行った。久美さん自身も、『東京2020大会ボランティア』に応募している。

早瀬久美さんは、2017年のデフリンピックで日本選手団の主将を務めた。当初は「自分に何ができるのか」と不安もあったという。しかし、2016年のリオ五輪で日本選手団主将を務め、先日引退を表明したレスリングの吉田沙保里氏が、当時のデフリンピック日本代表応援サポーターになったことで、会話の機会があった。そこで、「主将という立場で他競技の会場にも足を運ぶことで、視野を広げるきっかけになった」という体験談を聞く。それをデフリンピックの会場で実践し、自身の競技と他競技におけるボランティアスタッフの体制の違いにも目を向けるきっかけになったのだという。

早瀬久美さん:筆者撮影
早瀬久美さん:筆者撮影

また、久美さんにはMTB選手とは別の顔もある。本職は薬剤師。薬剤師法の欠格条項撤廃運動にも尽力(2001年に法改正)し、国内で初めて薬剤師免許を取得したろう者でもある。その専門性とアスリートとしての立場を踏まえて「スポーツファーマシスト」(アンチ・ドーピング規則に関する知識を有する薬剤師)の資格も保有。これまでもボランティアとして、アンチ・ドーピングの観点から選手をサポートしてきた経験も持つ。

「スポーツファーマシストはとても好きな仕事です。自分の専門性をスポーツに活かすことができる。ボランティアを、次のステップにつながるきっかけにする。それが大切なことじゃないかと思っています。ろう者のスポーツファーマシストならではの役割も見出すことができるのではないかと考えています」と話した。

デフリンピックの会場にもドーピング・コントロール(ドーピング検査)のスタッフがいる。多くが健聴者であるため、ろう者の選手にとっては手話通訳が必要になってくる。そこで活躍するのが「通訳ボランティア」としての手話通訳者であるという。久美さんは「いろいろな所でボランティアとして関わる余地がある」と強調した。

相談会には約50名の申し込みがあったという:筆者撮影
相談会には約50名の申し込みがあったという:筆者撮影

久美さんは、「(聴覚障害のある)皆さんにとって、『自分に何ができるのか』ということと『コミュニケーションは大丈夫だろうか』という主に2つの不安点があるのではないでしょうか」と話し、自身の姿勢や体験を踏まえてこう続けた。

「1つ目に関しては、私は薬剤師という専門性を生かして、スポーツファーマシストという形でボランティア活動に繋げることができました。また、自転車競技の選手として、競技規則や審判の勉強も少しずつ始めています。もし、仮に自転車競技の会場でボランティアをすることになれば、競技サポートのボランティアに携わることができるかもしれない。今は自分の引き出しを増やしているところです。2つ目に関しては、私が中学生の頃にさかのぼります。当時、障害のある人たちと毎年夏にキャンプに参加していました。聴覚、視覚、身体、知的といったさまざまな障害のある人や、てんかんの症状がある人や、自閉症の人もいました。その中で、私は聴こえないので、仲間の会話が分からない。聴者に対しては、ゆっくり話して欲しい、筆談をして欲しいと頼むこともできるのですが、相手の障害の状況によってはそういったことが難しい場合もあるんですね。それでも“一緒にいる”ということが楽しかった。というのも、会話以外の場面、例えば誰かが薬を服用しないといけない時にサポートをしてあげたり。これは言語のコミュニケーションを超えてできること。その意味で、コミュニケーションに壁はないのです。ですから、自分ができることを探して積極的に取り組む。それが大切なことで、心配することはないと思っています」

「東京2020大会は、日本社会の縮図になると思う」

久美さんの夫でもあり、2017年のデフリンピックでは自転車競技スプリントで6位に入賞した憲太郎さんは、自身のボランティア体験談を中心に語った。

早瀬憲太郎さん:筆者撮影
早瀬憲太郎さん:筆者撮影

憲太郎さんは、自転車競技選手として会場でボランティアスタッフと接する以外に、スポーツの内外で自身もボランティア活動に従事してきた。しかし、ろう者である憲太郎さんがボランティアを申し出ると、他のスタッフから驚かれることも少なくないという。「聴こえる人にとって私は、“ボランティアをされる立場”という意識があるのでしょうか?」と憲太郎さんは言う。

「例えば、地元の町内会のボランティアなどをしています。(参加を)申し出ると、『何をするの? 何ができるの?』と言われる時があります。その際はできることとできないこと、さらに“できることをするために必要なサポート”も伝えます。例えば、手話通訳をつけてもらうことは難しくても、必要な情報を貰えれば動くことができる。情報がなければ当然できることに差が生まれてくるわけですね」

ボランティア活動を通じて「できることを分かってもらえない」というもどかしさを感じることもあるという憲太郎さん。「例えば、作業の効率化のための方法を提案したくても、聴こえる人の会話に加わることが難しく、結果として簡単な作業だけしかさせてもらえないこともたびたび経験しました」と振り返る。

「悔しいのは、“聴こえない=何もできない”と思われることです。これはコミュニケーションの問題だけではないのかもしれません。聴者の人たちも、差別的な見方をしているわけではなくても、無意識の内に聴こえる人同士で話を進めてしまう場合もあるように思うのです」

久美さんと同じく『東京2020大会ボランティア』に応募した憲太郎さんだが、「また同じような体験をするのでは」という不安があり、応募の際に躊躇する気持ちもあったという。

他方で、ろう者としてボランティア活動を下支えした経験もある。昨夏発生した西日本豪雨の時だ。久美さんや他のろう者とともに広島県へボランティアに向かった憲太郎さんだったが、「(ガイダンス等の)話がよく聞き取れず、要点がつかめなかった」という。

西日本豪雨時のボランティアの様子を話す憲太郎さん:筆者撮影
西日本豪雨時のボランティアの様子を話す憲太郎さん:筆者撮影

そこで、広島県ろうあ連盟と災害ボランティアセンターが間に立ち、手話通訳者を含めたボランティアチームが立ち上がり、ろう者と聴者が協業して民家の土砂を除去する復旧作業に取り組んだ。

「ろう者、聴者、手話通訳者が一緒に協議をしました。その時は、ろう者も積極的に意見をかわして、良いアイデアが次々に出ました。どのように土砂を除去するか、トライアンドエラーで効率的な方法を見つけていったんです」

手話を使用するろう者は視覚的なコミュニケーションを行うため、憲太郎さんいわく「瞬発的に会話が進む」という。スピーディな会話から生まれた効率的な作業により、他の民家よりも早く土砂の除去作業が完了する場合もあったといい、「これはコミュニケーションの力だと思います」と力を込めた。

「2020年の東京オリンピック・パラリンピックは、特別な舞台というより、それまでの日本社会の縮図になると思う」と憲太郎さんは話す。

「社会の取り組みの結果、日本の取り組みの結果が反映される場になる。だから、その大会だけを素晴らしくするのではなく、大会の開催が、ろう者の社会的な評価が広がるきっかけになればと思っています」

「意見を言い合える場を増やして」

憲太郎さん、久美さんのスピーチに続いて、ボラサポセンター参与、二宮雅也氏による『東京2020大会ボランティア(大会ボランティアおよび都市ボランティア)』に関する説明が改めて行われたのち、講師、参加者を交え、相談会も兼ねた質疑応答の場が設けられた。主なやりとりに関しては、文末に明記したい。

相談会終盤には質疑応答が設けられた:筆者撮影
相談会終盤には質疑応答が設けられた:筆者撮影

相談会終了後、参加者に話を聞いていると、今回、ボランティア応募促進動画にも出演し、自身もボランティアに応募した林滉大さんは、不安な点もあったという。

「本当に、皆さんが聞きたいことを全部聞くことができたのかというのは不安に思っていることです。質問をしにくいという雰囲気も少しあったかもしれません。今回参加できなかったろう者も含めて、疑問点がある時に相談する場があるのかは確認しておきたいですね」

講師の一人、早瀬久美さんはこう話した。

「今回は東京2020大会のボランティアがどういうものか漠然としたイメージで来られた方も多かったのではないかと思います。次のステップで、バックアップができる環境が整っていくことが必要です。100%、(聴覚障害者の)疑問が解消されるかは別として、互いに意見を言い合える機会や場所を増やして欲しいなと思っています」

<了>

[質疑応答における主なやりとり]

早瀬(憲)さん:(ボランティアの)採用面談に手話通訳は手配されるのでしょうか。

二宮氏:まずは面談の通知に詳細が記載してあるので、そちらを確認して頂ければと思います。

粟野達人氏(東京都聴覚障害者連盟会長):コミュニケーションボード(自身の意思や状態を視覚的に伝達するための図版)や手話通訳が手配されれば聴覚障害者でもボランティアとして仕事がしやすくなります。心配なことは、ボランティアの振り分けがしっかりできるのかという点ですが、組織委員会には手話話者のボランティアスタッフについても考えて頂いています。元々は、(東京2020大会の)ボランティア募集要項には手話のスキルに関する項目の記載がありませんでしたが、現在では明記されています。引き続き、手話通訳や要約筆記を含めて、聴覚障害者が面談の場で十分なコミュニケーションがとれるような環境づくりを希望すると同時に、2020年で終わるのではなく、コミュニケーションに関する配慮の持続を求めます。

参加者:ボランティア向けの研修では、研修内容のレジュメや要約筆記の共有はあるのでしょうか。手話を見ながらメモをとることが難しい場合があります。

二宮氏:研修の情報については、しっかり情報保障を行わないといけません。今ご意見を頂いたので、それは組織委員会に伝えさせて頂きます。また、研修では、自主学習用のテキストブックも配布されます。分量は多いですが、ボランティアの活動やその他の内容に関する詳細が記載されています。合わせて、視覚的、状況的に学習するための、字幕付きのeラーニングも用意されます。

Freelance Writer

1989年、千葉県生まれ。中央大学卒業後、広告会社勤務を経て、2017年よりフリーランス・ライターとして活動中。「Yahoo!ニュース特集」「スポーツナビ」「Web Sportiva(集英社)」「Number」「NewsPicks」「Wired」などで執筆。義肢装具士と義足スプリンターとの出会いをきっかけに、国内外で障がい者スポーツの取材を継続的に実施。共著に『WHO I AMパラリンピアンたちの肖像』(集英社)、『パラアスリートたちの挑戦』(童心社)がある。2020年10月より英国在住。2022年9月より、University for the Creative Arts 写真修士課程在籍。

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