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文字だけでは足りない人もいるーー東京2020ボランティア応募動画を「手話」でつくった理由とは(追記)

吉田直人Freelance Writer
動画に出演したデフリンピック選手(提供:日本財団ボランティアサポートセンター)

<続報につき、1月20日、元記事冒頭に加筆しています>

2018年12月21日17時、『東京2020大会ボランティア』の応募が締め切られた。

応募締切に伴い、1月30日(水)に開催される『聴覚障がい者向け 東京2020大会ボランティア相談会』の要項が、1月19日に発表されている。

合わせて、新たに手話と字幕による同相談会の案内動画が公開された。デフリンピック(ろう者のオリンピック)の2017年サムスン大会代表、岡田海緒さん(陸上)、箭内秀平さん(自転車)、竹村徳比古さん(ビーチバレー)が出演し、相談会の概要紹介と、参加を呼びかけている。

【動画 Ver.3】(2019年1月19日公開)

一連の動画は、亜細亜大学経営学部客員准教授/手話通訳士の橋本一郎さんが中心となり、日本財団ボランティアサポートセンターの協力の下に実施した、聴覚障害当事者に向けた『東京2020大会ボランティア』への応募促進キャンペーンの一環である(本記事下段参照)。

同会では、ボランティアに応募した聴覚障害当事者にとって、「ボランティアメンバーに手話ができる人はいるのか」、「交通機関の遅延時、連絡手段はどのようにすればよいのか」といった、不明点や、疑問点を解消する機会として設けられている。

相談会は1月30日(水)19時から21時まで、日本財団ビルにて実施。手話通訳、パソコン通訳、ヒアリングループといった情報保障も完備されている。

【相談会概要および申込先】:聴覚障がい者向け東京2020大会ボランティア相談会

<以下では『ボランティア応募促進キャンペーン』の背景に触れています>

「当事者の不在」が生んだミスコミュニケーション

「“彼ら”にとっては情報が足りない。文字を読んでおけば理解できるとも限らないのです」

そう話すのは、亜細亜大学経営学部客員准教授/手話通訳士の橋本一郎さんだ。橋本さんは、手話と字幕による『東京2020大会ボランティア応募促進ムービー』を日本財団ボランティアサポートセンター(以下:ボラサポセンター)と共同で作成した。11月27日に第一弾、12月17日に第二弾が公開されている。動画にはそれぞれ、2017年のトルコ・デフリンピック(ろう者のオリンピック)に日本代表として出場した選手が登場し、手話と字幕でボランティア参加を呼びかけている。

【動画 Ver.1】

【動画 Ver.2】

このようなアクションを起こした背景には、開幕まで2年を切った2020年東京五輪・パラリンピックに向けた、橋本さんの危機感があった。ボランティアを希望しても、声をあげられずにいる人がいたのだ。

聴覚障害と一口にいっても、“聴こえの程度”や“聴こえ方”が人によって異なる。その他にも、口話(音声言語に基づく会話)ができる人、できない人、母語が手話であることや、聴覚情報が健聴者よりも少ないことにより、テキストベースの“日本語”でのコミュニケーションや理解が難しい人もいる。したがって、“文字”という視覚情報で表現すればそれでよいとも限らない。

「ボランティアをやりたいが、自分に何ができるのか」

「申し込み方法でわからないことがある」

「そもそも聴覚障害者でもできるのか」

橋本さんのもとには、当事者からの声が届いていた。そのため、ボラサポセンターに「このままでは、聴こえない人の中には、申し込めずに締切を迎える人もいる。機会を対等にするために彼らに向けた動画を作りたい」と提案した。

橋本一郎さん。手話のスキルを生かして、精力的に活動を行っている:筆者撮影
橋本一郎さん。手話のスキルを生かして、精力的に活動を行っている:筆者撮影

東京2020大会のボランティアは大会運営をサポートする『大会ボランティア』と競技会場のある都市で観光客のサポート等を行う『都市ボランティア』に分かれ、一部の都市ボランティアを除き12月21日17時に募集が締め切られる(視覚障害者の募集は2019年1月19日17時まで)。

11月下旬、東京都は都内の障害者スポーツセンターで障害当事者に向けたボランティア説明会を2度開催した。その際の案内には「障害のある方にも大会成功の担い手としてボランティア活動に多く参加いただけるよう……」と記載されているにもかかわらず、手話通訳を「特段の対応」とし、さらに希望者には問い合わせ先として記載されている電話番号に連絡する必要があるとのことだった。聴覚障害者にとっては、電話番号だけが記載されていても問い合わせは困難だ。

「『(五輪・パラリンピックの)レガシー』とか『2回目のパラリンピック』というけれど、言葉だけが独り歩きしてはいないか」という思いが募り、橋本さんの行動を後押しするきっかけとなった。

なぜそのような対応がとられてしまうのか。橋本さんは、「当事者の不在」を理由のひとつに挙げ「“特段の対応”という言葉も、(都の)担当者は悪気なく使っていると思います。でも手話通訳は、聴覚障害者のための配慮だけでなく、(手話のできない)聴こえる人のための配慮でもあるんです。当事者の方と接する機会が少なければ、足を運ぶことが大切です」と話す。

「異なる視点」が集まるきっかけに

ボラサポセンターでは、障害のある人にも積極的にボランティアに参加してもらおうと、さまざまな活動を展開している。9月25日には、日本パラリンピアンズ協会会長も務める河合純一氏らを招き、視覚障害者向けのボランティアセミナーも開いた。同センター・事務局長の沢渡一登さんは橋本さんからの提案をこう振り返る。

「我々は当初、最も参加が難しいのは視覚障害者の方だと思っていました。就労支援でも、視覚障害者に対しては対応が遅れている現状もあります。だからこそ、まず視覚障害者に対するボランティアセミナーを開催しました。結果として、当事者の方からもさまざまな意見があがってきて、まさに今“対話”が始まっている。他方で聴覚障害者の方は、視覚情報があるため、テキストでの情報表示で問題ないだろうと思ってしまっていた。しかし、橋本さんから『手話で呼びかけるのとそうでないのとでは全然違う』と。ならば一度、動画を作ってみようと、橋本さんに選手を集めて頂いて、彼らとも議論しながら、私とスタッフで撮影、編集しました」

動画の第一弾には、山田真樹さん(陸上競技)、長原茉奈美さん(バドミントン)、東海林直広さん(サッカー)の3名、第二弾には林滉大さん(サッカー)、川野健太さん(自転車)、中田美緒さん(バレーボール)が出演している。

第一弾の動画に出演した、トルコ・デフリンピック陸上金メダリスト山田さんも、手話と口話を交えて取材に応じてくれた。

「橋本さんから、当事者が伝えることに意味がある、と言われて(動画に)協力しました。日本代表として大会に出ることは凄いと言われますが、ボランティアも日本の顔。異なる視点の人が集まった方が良いと思います」

動画に出演したデフ陸上選手・山田真樹さん。所属する東京経済大学にて:筆者撮影
動画に出演したデフ陸上選手・山田真樹さん。所属する東京経済大学にて:筆者撮影

橋本さんはさらに言う。

「聴こえる人と聴こえない人との間にある、見えない壁を壊したかった。もう少し早ければ良かったけれど、必要な機会を持つべきだったという気づきが大切です」

障害の有無に関わらず、対等な機会を

9月26日から始まった東京五輪・パラリンピックのボランティア募集。『大会ボランティア』に関しては、11月20日時点で応募者が目標の8万人を突破したが、当初は活動条件に対して批判もあった。

橋本さん自身はそういった批判があることは認識の上で「やりたい人がやる。ボランティアとはそういうもの」という意見だが、「仕事とボランティアの線引きはしっかりとするべき」と考えている。手話に関して言えば、開会式や閉会式、記者会見など公式な手話通訳は仕事として、手話通訳士がアサインされるべき、などである。

では、例えば“手話を使ったボランティア”とは何か。それは“コミュニケーション”ではないだろうか。大会当日の会場には、国内外から聴覚障害の当事者も多く訪れることだろう。其処此処で生まれるであろう手話やジェスチャーを用いた会話の場でも、聴覚障害者のボランティアスタッフは役割を見出すことができるかもしれない。もちろん、手話が苦手な当事者もいる。しかし、その他の大会運営や観光客の対応においても、サポートや配慮で活躍の場はあるはずだ。問題は、応募に至るまでのプロセスにおいて、機会が対等とは言えなかったことにある。だからこそ、橋本さんやボラサポセンター、アスリートたちのアクションには意義があると言える。

橋本さんは、「ボランティアはきっかけ」だと言う。それは「当事者の不在」の解消にもつながる話だ。手話によるボランティア促進動画を公開した後にも、車いすユーザーの友人から感謝されたのだという。

「障害の有無や、聴こえる人と聴こえない人の間にある見えない壁を壊す上でも、動画を作った意味はあったと思います。ボランティアが、日常生活の中で障害当事者との接点が生まれるきっかけになれば」(橋本さん)

12月21日17時のボランティア募集の締切以降は、2019年の1月末に、聴覚障害者向けのボランティアセミナーが開催される予定だ。セミナーでは、実際に申し込みをした人に対し、疑問点の解消や必要な配慮に関する対話の場が設けられる。

※出典

1)日本財団ボランティアサポートセンター

2)東京都

Freelance Writer

1989年、千葉県生まれ。中央大学卒業後、広告会社勤務を経て、2017年よりフリーランス・ライターとして活動中。「Yahoo!ニュース特集」「スポーツナビ」「Web Sportiva(集英社)」「Number」「NewsPicks」「Wired」などで執筆。義肢装具士と義足スプリンターとの出会いをきっかけに、国内外で障がい者スポーツの取材を継続的に実施。共著に『WHO I AMパラリンピアンたちの肖像』(集英社)、『パラアスリートたちの挑戦』(童心社)がある。2020年10月より英国在住。2022年9月より、University for the Creative Arts 写真修士課程在籍。

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