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夏の甲子園。この名勝負を覚えてますか 2016年/今井達也(作新学院)vs早川隆久(木更津総合)!

楊順行スポーツライター
2016年の夏を制したのは作新学院。中央が今井達也(写真:アフロ)

■第98回全国高校野球選手権大会 準々決勝

作 新 学 院 3=102 000 000

木更津総合 1=000 000 100

 両チームの先発は、作新学院(栃木)・今井達也(現西武)と木更津総合(千葉)・早川隆久(現楽天)。いま思えば、豪華な対戦である。いや、このときも注目だった。

 まず、今井。尽誠学園(香川)との初戦は、最速151キロをマークして13三振を奪い、今大会の完封一番乗りを果たすと、花咲徳栄(埼玉)との3回戦は152キロと自己最速を更新。中盤から登板した高橋昂也(現広島)にも投げ勝った。ここまで2試合18回を2失点、23三振だ。

 一方の早川。2試合の奪三振17と140キロ台の球速は今井に譲るものの、唐津商(佐賀)、広島新庄と2試合連続完封は今井をしのぐ。広島新庄戦の投球数・99は絶妙の制球と投球術を示している。そもそも、甲子園のマウンドは2年春、3年春に続いて3大会目だから、実績でも上だ。

 今井自身も、こう謙遜している。

「ここまでくるとは。昨年の秋には県大会ベスト4で、春は8強。関東大会にさえ出られなかったチームですから」

 2年夏の今井も、エース格ではあったのだ。だが不安定な制球が災いし、栃木大会は背番号11も、甲子園ではベンチ入りからもれた。秋に敗れたのも、自身の暴投からだ。この年春の県大会にいたっては背番号18で、マウンドには一度も立つことがなかった。ちなみにこのとき、背番号1を背負ったのが入江大生(現DeNA)である。今井が振り返る。

「2年までの段階では、ただ速いボールを投げるだけ。打者を見るということができなかったんです」

「指先が焦げる」って……

 そこで作新・小針崇宏監督が課したのは、ふだんの練習からエースの自覚を持たせることだった。いわば、取り組む姿勢。今井は、冬場のトレーニングを思い出す。

「今チームは、栃木の夏6連覇を目ざそうと、練習メニューでも6にこだわってきました。シャドウピッチングなら600回、腹筋なら60回を6セット。増量にも取り組みました」

 その6連覇を達成した栃木大会の今井は、21回強で7失点だから特筆する数字じゃない。だが冬からの積み重ねで、「スピード、変化球のキレ……今井にはかなわない。頼りがいがありました」と、ライバルの入江に舌を巻かせる成長を見せている。

 対して早川は、早くから投球に安定感があった。1年秋の新チームから主戦の一角。公式戦では36回を投げて34三振を奪い、無失点だ。この年のセンバツでは、横綱・大阪桐蔭を破る1失点完投などで、ベスト8まで進んでいる。そしてこの大会では連続完封。

「甲子園のマウンドに立ったら、不思議なパワーをもらいました」

 と早川はいう。

 勝つのは今井か、早川か……。試合は、初回から動いた。作新は、この大会ではほぼ打者に専念した入江が、早川の高めストレートをバックスクリーンへ。大会タイ記録となる3試合連続ホームランだった。3回には、山ノ井隆雅が2死から2ランを放ち、過去2試合無失点の早川から早くも3点を奪う。

 今井は、快調に飛ばした。球速はなかなか150に達しないが、3回まで4三振、ノーヒットだ。木更津は4回に初安打は出たが、6回を終わっても無得点と、今井をとらえられない。三振も7。作新の捕手・鮎ヶ瀬一也がいうには、

「カットボール、スライダー、カーブ、チェンジアップ……まっすぐよりも、今井のよさは変化球のキレだと思います」

 152キロのストレートに加え、変化球を低めに集める今井の投球には、なかなかつけいるスキがない。木更津打線はようやく7回、1点を返したが、終わってみれば3対1。被安打は今井、早川ともに6だが、早川には2死からの2被弾が痛かった。

 木更津総合の五島卓道監督はいう。

「7月、練習試合で対戦したときの今井君はまだ、球がばらついていた。事実ウチの打線も、ホームランなどで点を取りました。それがここに来て、まるで別人のような変わり方でしたね」

 おもしろい話をしてくれたのは、作新の控え捕手・水口皇紀だ。

「いつごろからか、今井が"指先が焦げる"というんです。僕は知らない表現でしたが、中指の先に血豆ができ、また固まり、血が出て、また固まるらしい。それだけ指にかかっているということで、プロ野球のピッチャーにはよくあるらしいですね」

 この大会で作新は、54年ぶりに頂点に立った。今井は5試合中4試合を一人で投げ抜き、41回で44奪三振、自責5。防御率1.10と、抜群の安定感で優勝投手に輝いた。高橋、横浜(神奈川)・藤平尚真(現楽天)、履正社(大阪)・寺島成輝(現ヤクルト)ら、好投手が目白押しだった夏。制したのは、プロのように「指先が焦げる」今井だった。

スポーツライター

1960年、新潟県生まれ。82年、ベースボール・マガジン社に入社し、野球、相撲、バドミントン専門誌の編集に携わる。87年からフリーとして野球、サッカー、バレーボール、バドミントンなどの原稿を執筆。85年、KK最後の夏に“初出場”した甲子園取材は63回を数え、観戦は2500試合を超えた。春夏通じて54季連続“出場”中。著書は『「スコアブック」は知っている。』(KKベストセラーズ)『高校野球100年のヒーロー』『甲子園の魔物』『1998年 横浜高校 松坂大輔という旋風』ほか、近著に『1969年 松山商業と三沢高校』(ベースボール・マガジン社)。

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